花を、手向ける。
それは死者を悼む行為。
花を、手向ける。
ここではそれは、種をまくこと。
まいた種は根を張り、芽を出して、やがて白い花を咲かせる。
「なんだ、これは…?」
主人に言われて辺境の村に住む一人の少女を迎えにきた青年は、目の前の光景に首をかしげた。
彼が居るところは墓地。
村から教会に行くためには必ず墓地の中を通らねばならず、彼も教会に行くために墓地の門を通ったばかりだった。
「これが、墓地か…?」
彼が知る墓地は暗く、陰鬱で、こんなに花に溢れたところではなかった。
花が植えてあってもほんのわずかで、それすらも枯れてしまいそうな弱々しい風情だったのに。
ここにある墓地には所狭しと小さくて白い花が咲き乱れ、太陽が降り注いでいる。
花の間に墓石が見えなければ、ここを墓地だと言われても信じるものはいないだろう。
自分の知る墓地との差に違和感を覚えながら、青年は墓地の奥にある教会へと足を進めた。
そこに、彼が迎えに来た少女がいる。
「ようこそ、話は伺っております」
教会の神父は、にこやかに彼を出迎えた。人のよさそうな、穏やかな男だ。
「墓地の様子に驚かれたみたいですね」
はっとして神父を見ると、穏やかに微笑まれ頷かれた。
「ここに来ると、皆さん驚かれますから」
「どうして、墓地なのにあんなに花が…?」
「それは、死者に会ってご覧になれば分かりますよ」
「……いや、それよりも、私が迎えに来た少女はどこにいます?」
墓地にあんなに花が咲いている理由も知りたいが、それは今の自分とは直接関係がない。
忠実な彼は、主人の頼みを優先することにした。
「彼女は、離れに居ますよ」
そう言って神父は、教会の離れに青年を案内した。
「ここに、あなたが迎えに来た少女と死んだ彼女の父親がいます。彼女に会うのは良いですが、何を見ても決して騒いだりしてはいけません」
騒いで、生者の祈りと死者の眠りを妨げないこと。
青年に念を押して、神父は静かに離れの建物の扉を押した。
青年と神父が入った部屋には棺と椅子と、献花台以外、何もなかった。
棺の横に置かれた椅子には、長い黒髪を腰まで流した華奢な少女が座っている。
棺の中を見つめていた少女は、青年と一緒に入ってきた神父に会釈をしてまた視線を戻した。
「神父さま、父さん本当に死んじゃったんだね」
黒髪の少女がぽつりと、つぶやいた。
彼女の前の棺には男の死体。
かつて彼女の父親だったもの。
棺に歩み寄った青年は、棺のなかの死体を見て息を呑んだ。
「これは……!?」
棺の中の死体から生えているのは瑞々しい、緑の芽。
目から、腕から、腹から、足から…
死体から生えた芽は蔦となり、男の体に巻きついている。
「この村では弔いに、死者の身体に種を蒔くのですよ」
いつの間にか青年の隣に来た神父が、そう囁いた。
まかれた種は芽を出して、蔦が死体を守るように巻きついていく。
表面すべてが葉に覆われて、植物の緑しか見えなくなったころ。
白くて小さい花が咲く。
「花が咲いたら、この子の喪が明けます」
「花が咲くまで、もう少しだね」
ぽつりと、涙をひとつ。落とした少女はきびすを返し、神父と共に部屋を出て行った。
父親を墓に葬るために。
死者に種をまく。
それは死を受け入れるための儀式。
死者の花が咲くまでが、残された者たちの喪の期間。
花の世話をして、思い出話をして、そうして死者の死を悼む。
蕾をつけた花は葬られて、地上に芽を出し長い間咲き続ける。
死者がやがて忘れられるまで、長い時を。
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