美緒は睨みつけるようにして目の前のオセロ盤を見つめた。

「う〜〜〜」

 置ける場所をひとつひとつ吟味し、相手の出方を推測する。
 うなりながら考え続ける美緒を、ハクヤは面白そうに眺めているだけだ。
 美緒は必死だった。
 これに勝てなければ、今夜の安眠は十中八九、いや、確実に妨害されるだろう。
 神社の仕事のため、美緒はいつも日の出前には起きる。

 この勝負に負けるわけにはいかないのだ。




〜賭けの行方〜




 ゲームをしよう、と言い出したのはハクヤだった。
 彼が取り出したのはトランプ。
 あいにく、美緒はトランプのゲームといえばババ抜きしか知らなかったので、ババ抜きをすることになった。



「ババ抜きっつってもねー、普通は大人数でやるもんでしょ?」

「だって、今ここには僕と美緒の2人っきりなんだからしょうがないでしょう?」

 始めのうちは文句たらたらだった美緒も、手持ちのカードが少なくなるにつれて夢中になっていった。
 そのまま順調にゲームは進んでいき、最後の2枚。
 美緒が引く番だ。

「……ハクヤ。ふざけてんじゃないわよ」

「何のこと?」

 しらっととぼけてハクヤは肩をすくめた。

「だ、か、ら!私の手元にジョーカーが一枚残ってるってことは、あんたの勝ちでしょうが!
あ・ん・たの勝ち!!いつまでもカードにぎってんじゃないわよ!」

「だってもう少し美緒とババ抜きしていたかったんだもん」

 ハクヤは心底残念そうに2枚持っているカードを表にして置く。カードはエースのダイヤとクローバーだった。

「もう一回。ね、しよ?」

「…ババ抜きじゃなかったらいいわよ」

 上目遣いでねだるハクヤに、ちょっと見惚れながらも美緒はうなずく。頬が赤い。
 ハクヤは少年の姿をした神様で、大人っぽい凛々しい顔から、子供のようなあどけない顔まで、様々な表情を見せる。その度に、美緒はうっかり見惚れてしまうのだった。
 頬が赤い美緒を嬉しそうに見つめ、ハクヤはどこからともなくオセロを取り出した。

「オセロしよう?」

 美緒はただ黙ってうなずいた。




「ねぇ、ただの勝負じゃ面白くないから、賭けをしない?」

 ハクヤが突然そう持ちかけたのは、オセロが盤を半分ほど埋めたころだった。

「賭け?」

「そう」

 訝しげな美緒の視線をうけてハクヤはにっこりと笑った。

「何かを賭けたほうが燃えるでしょう?
負けた方が1つ、相手の言うことをきくというのはどう?」

 ハクヤの言葉に美緒はオセロ盤を眺めて考えた。
 今、盤の上では美緒の白の方が優勢だ。角も2つ取れたことだし、このまま行けば勝てるだろう。
 勝ち目があるとふんで美緒はハクヤにうなずいた。美緒は負けず嫌いなのだ。

「いいよ。その勝負受けて立とうじゃない」

「やった♪じゃ、これ入れて5回勝負ね」

 ニヤリとしそうになるのを必死にこらえてハクヤは微笑んだ。




 1回戦はハクヤの逆転勝利だった。

「なぜ〜〜」

 机に突っ伏して美緒は悔しがった。オセロは角がとれれば勝てるというジンクスはたった今、粉々に砕け散った。

「じゃ、さっそく僕のお願い事を聞いてもらおうかな」

 にこにこと上機嫌なハクヤに、美緒は凍りついた。
 いったい何をお願いされるのだろうか。
 戦々恐々としている美緒を尻目に、ハクヤは両手を広げて美緒を呼んだ。

「美緒、僕の膝の上にのって」

「は?」

 もしかしてそれが1つ目の『お願い』なのだろうかと、美緒が首をかしげた。
 おかしい、こいつがそんな生易しいお願いをする訳がない。

「5回目の勝負が終わるまで、僕の膝の上でゲームをすること。それが1つ目のお願い」

「なんでそんなことするのよ」

「だって、美緒は普段膝の上になんて乗ってくれないでしょ?どうせなら普段してくれないことをしてもらおうかと思って」

「そういうことなら…」

 美緒は席を立ってハクヤの膝に横座りした。座ったとたん、ハクヤの腕が腰にまわる。
 ふと、横を見るとハクヤの顔が間近にあって、美緒は妙にドキドキした。

「さ、じゃぁ2回戦を始めようか」

 耳元に口を寄せてハクヤが囁く。それがくすぐったくて、美緒は少し暴れた。

「ど、どうして口を耳に近づけて話す必要がある!」

「え、だって目の前にあるんだから仕方がないじゃん」

 返すハクヤは妙に嬉しそうだ。さてはこれが目的だったのかと、美緒は歯噛みする。

「さ〜て、あとは回数を稼ごうかなぁ」

 うきうきと話すハクヤに、美緒はこれ以上負けてなるものかと決心した。
 膝の上だと気が散るので、降りようと身をよじる。
 案の定、ハクヤにそれを阻まれた。

「逃げようったって、無駄だよ。賭けが終わるまでね…」

 怪しい囁きに美緒は硬直する。
 膝の上に乗ったままでは、ドキドキしてゲームに集中できそうになかった。



 賭けがハクヤの圧勝で、美緒が次の日寝不足だったことは、言うまでもない。



2005年7月3日

『神様と巫女のお話』の続きのようなもの。
嬉しい反応をいただけたので続けてみました。
今回も美緒ちゃん、後ろから抱きかかえられてます。
ぶっちゃけ好きなんですよ、この体勢(笑)

オセロはね…本当に角2つとっても勝てるとは限らないのですよ。
行きつけのHPのハーボット君に毎回惨敗しています。
途中までいいところいくんだけどなー
読んでいただきありがとうございました♪