風邪ひきさんと隣の人




 弟が熱を出した。
 様子を見に行くと、布団で寝ていたはずの弟は床に転がっていた。
 テレビゲームをしながら沈没してしまったらしい。床に放り出したゲーム機のコントローラーを握ったまま、うんうんうなっている。
 もう中学生にもなるのに、風邪をひいてても熱があっても遊ぶこと命な弟のことだ、きっとじっとしていることに飽きてゲームをし始めたんだろう。母さんが目撃したら拳骨ものだ。

「様子を見に来たのが私で命拾いしたな、弟よ」

 と言っても、母さんも父さんも出かけているから叱る人なぞいないのだが。
 どう見ても意識を失っている弟から返事がないことを確認して、せめて布団に入れてやろうと、弟の腕を引っ張る。
 …引っ張る。
 ……引っ張る。

「うむ、重い」

 無意味に重々しく呟いて私は弟の腕を離した。
 意識不明(寝てるだけ)の弟の体からはいい感じに力が抜けていて、重かった。
 これ以上引っ張ると肩が抜けてしまいそうだ。
 もちろん、抜けるのは弟の肩ではなく私の肩だ。弟の肩でも可。
 ともかく、風邪以上に弟の体調を損ねる予感がする。肩の関節をはずしてしまうとか。

「これは手伝いが必要だな」

 生物学上、女に分類される私には少々荷が重かったようだ。
 だから私は、彼を呼び出すことにした。





 隣の家に住んでいる、私と同い年の少年は事実上私のパシリである。
 そう思っているのは私だけかもしれないが、彼は私の頼みごとなら何でもかなえようとしてくれる。
 名は直樹。
 常に柔和な雰囲気を漂わせている彼は、玄関で仁王立ちで待ち受けていた私を見て苦笑した。

「早かったな」

「隣から来たからね」

 呼び出された彼は弟を布団に入れて、熱をはかって汗ふいて、とそれはそれは良く働いてくれた。
 相変わらず意識不明(寝てるだけ)の弟を持ち上げて布団に入れたときはさすがに感心した。
 さすがは、医者の卵である。…病気専門ではないが。

 直樹が働きすぎるので私にはやることがなくなった。
 かいがいしくウチの弟の面倒を見る直樹を仁王立ちで見守っていると、眠っている弟の額に手をあてた彼の目がうす青く光るのが見えた。
 しばらくして彼は手を離しこちらを見て、

「目が覚めたらゼリーとかプリンとか作ってやって」

 と言った。食べたいみたいだから、と。





 3時間ほどで目が覚めた弟は、直樹の言ったとおりゼリーとかプリンとかを食べたがった。
 冷たくてぷるぷるしてるのがいいらしい。
 ゼラチンが家にあって助かったと思いながら、あらかじめ作っておいたゼリーを弟に与えた。
 1個ぺろりと平らげた弟に自分の分も与え、私は携帯を手にとってダイヤルする。
 電話に出た直樹に一言。

「出て来い」

 風邪の弟をおいて家を離れるわけにはいかない。





「手間賃だ。器は明日返せ」

 家の外に呼び出して手作りゼリーを差し出すと、直樹は戸惑ったようだった。
 それでもゼリーを入れた袋を押し付けるようにして渡すと、直樹はそれを私の手ごとにぎった。

「離せ」

「やだ」

 みじかい問答の後、直樹の目がかすかに青く光るのを私は見つめる。
 手を振りほどいてもよかったが、あえてそうはしなかった。

「……照れ屋さんだなぁ」

 そう言った本人の顔こそ赤い。
 赤い顔で嬉しそうに微笑むのを見て、私は眉間に皺をよせた。照れ臭い。

「うるさい」

 そんなこと自分でも分かっている。
 火照ってしまった頬を隠したくて、私は急いで家に戻った。








2008年4月12日

「ぶっきらぼうで偉そうだけど本当はやさしい女の子」を目指してみましたww
いいことをした後、1人になってから照れてたりする彼女です(笑)