続・風邪ひきさんと隣の人





「あ、こんにちは」
「こんにちは…って、大丈夫か!?」

 家の前でばったり会ったお隣さんを見て、私は思わずそう口走っていた。





 隣の家に住んでいる、私と同い年の少年は古くからの私の友人である。
 親同士の仲も良くて、お互いに夫婦水入らずで出かけたいときはお互いに子供を預けあいっこしてたり、同じ幼稚園に行ったり、小学校までは一緒に登下校したりしていた。
 世間一般様ではこれを幼馴染と呼ぶ。

 そんな幼馴染の名は直樹。
 常に柔和な雰囲気を漂わせている彼は、今ものすごく青い顔をしてふらふらしながら家の中に入ろうとしていた。

「大丈夫か、そんなにふらふらして…」

 彼の両親はいつも夜遅くまで仕事で帰ってこないと聞いていた。
 風邪とかだったら、一人にしておくのはまずいんじゃないだろうか。
 たかが風邪、されど風邪。こじらせでもしたらと思うと馬鹿にできるものではない。

「大丈夫だよ、ちょっと鬱病の人にぶつかっちゃっただけで……」
「もらっちゃったのか」
「大丈夫、軽い人だったし。ちょっと寝てれば楽になるから」
「大丈夫と言うのならそんな顔色をするもんじゃない!」

 青い顔でそれでもへらへら笑う直樹に、私はそう怒鳴る。
 そして自分の家の玄関からお隣の玄関に移動し、彼の背を押して一緒に家の中に入ったのだった。





「まったく、なんで体調が悪い時に鬱病もらったりしちゃうんだ」

 お隣の家にあがりこんで勝手知ったる台所、お粥を作りながら私はぼやいた。

 この家に住んでいる私の古くからの友人、直樹にはちょっと特殊な能力がある。
 それは人に触れるとその心や感情、そういったものを読めるという力。
 その力を使うとき、彼の瞳はかすかに青く輝く。小さい時はその光が綺麗で大好きだったけれど、そう言ったとき彼は、自分は嫌いだとはっきり言ったことを今でもよく覚えている。
 小さい時、彼はその力でずいぶん苦労をしたようだった。私などでは想像もできないような苦労だったのだろう。
 そして今、彼は滅多なことではその力を使おうとはしない。

 ……だからそう、逆なのだ。
 彼は鬱病のひとの心や感情を読んでしまったから体調が悪いんじゃなくて、体調が悪いから鬱病の人に影響されてしまった。
 体調が悪い原因はおそらく風邪だろうが、なんでそれを言わなかったのだろう。

 と、そこまで考えて私は昨日、彼が雨の中駅に迎えに来てくれたことを思い出した。
 彼はそんなに待ってないと言ったけれど、いつもなら手を握ってくる状況で服の裾をつかまれた。
 あの時、待ち続けて手が冷えているのを隠そうとしたんじゃないだろうか…?







「待たせた、粥だ。食べろ」

「ありがとう」

 部屋に作ったお粥を持って行くと、熱があるせいか赤い顔でにっこりと、彼は笑う。
 お盆を渡す時に手が触れて、その瞬間、彼はとても不安そうな顔をしたけれど、その瞳が青く輝くことはなかった。
 その代わりすまなそうに、こう言っただけ。

「ごめんね、迷惑かけて。怒ってる?」

 失礼な、この仏頂面は地だ。

「…呆れている」

 嫌われていることを心配するならば私のこの心を読めばいいのに。

 彼の目の前に右の手のひらをかざすように差し出すと、直樹はかなり躊躇ってから私の手を握った。
 ただ握るんじゃなくて、指と指を絡める、いわゆる恋人つなぎ。
 こういう握り方をしてくるくせにそれでもまだ、あの綺麗な青い光は見えない。

「読めばいいのに」

 この仏頂面も、ぶっきらぼうな口調も全てデフォルメ。
 彼に対する私の思いに表も裏もなくて、隠すところなど何もない。
 でも思っていることを表に出すことは恥ずかしすぎて、誰にも悟られたくないだけ。
 私自信だって、こんな自分に気付きたくはない。
 気付こうものなら、照れて恥ずかしくて穴掘って隠れたくなるだろう。

 けれど、彼になら。
 口下手で思っていることを上手く伝える自信がなくて、結局黙り込んでしまう、この私の思いを漏らさず汲み取ってくれるから。
 恥ずかしいけれど、許す。
 それぐらい、信頼している。でも。

「信頼しているのに、信頼されないっていうのは悔しいじゃないか」

 そこまで言えばやっと、私は自分の心が彼に伝わったことを知る。
 それは青い光が見えたからだけじゃなくて、彼が幸せそうに笑ったから。

「…本当は、優しいよね。すごく」
「うるさい」

 いつもどおり、ぶっきらぼうにそう言っても彼はうれしそうに笑ったままだった。








2008年11月2日

前回の2人の関係がちょっと進展しました(笑)
彼の能力について、前回かなり説明が足りなかったことに反省。
…おまけがあります。恥ずかしいので隠しましたww
おまけ

「ていうか、手を差し出されて反射的にこんな握り方をしてしまう自分が憎い」
 そう言って直樹は恋人つなぎという握り方をしている手を軽く振った。
 憎いと言っておきながらその表情は緩みきっている。
「いいから、粥を早く食え。冷める」
「…食べさせてくれる?」
「私は利き手を握られているのだが」
「そっか、残念。でも手は離さないでね」
「ええ!?」
「そんな嫌そうにしなくても…。でもさ、もし君が僕の心を読めたらきっと手を握ってなんかいられないかもね、恥ずかしがりやさんだし」
「…?」
 わけが分からない私に、彼は曖昧に笑っただけだった。