続々・風邪引きさんと隣の人




「こんにちは…風邪、ひいたんだって?」

「帰れ」

 私の部屋に入ってきた隣の家の幼馴染に、私は開口一番そう言った。

「ひどい…お見舞いに来たのに」
 精一杯睨んでやったのに、幼馴染の直樹は白々しい泣きまねをしながら私のベッドの枕元に座った。

「来るな。これは風邪じゃなくてインフルエンザだ」
 ……と言った瞬間、げほっと咳が出た。その咳はしばらく続いて、咳き込む私の背中を直樹がさすってくれる。
 ああ、喉がイガイガする。

「大丈夫だよ、予防接種してるし。……ああ、苦しいんだったら喋らないでいいよ。手、出してくれる?」
 差し出した私の手を握って、にっこりと笑う直樹。…こいつ、楽しんでやがる。


 隣の家に住んでいる私の幼馴染、直樹にはちょっと特殊な能力がある。
 それは人に触れるとその心や感情、そういったものを読めるという力。

 それを、彼は今喉が痛くてしゃべるのがおっくうな私のために使う、というのだ。
 人の心を読んで傷つくことを恐れている彼には、珍しいことだ。
 私は小さい頃から彼と接するのが慣れているから、ためらいがないのかもしれない。
 でもそのことは、ちょっと特別な感じがして、私を嬉しくさせる。
 …本人には、絶対言わないけれど。


―――予防接種しててもうつるもんはうつるんだ、さっさと出て行け。

「ひどいなぁ、心配してるのに。それに僕の時は看病してくれたでしょ?」

―――あれは風邪。これはインフルエンザ。感染力が段違いだ。皮膚からだってうつるんだぞ、今年のは。

「だったら、もう手遅れってことだよね?いさせてくれないかなぁ、心配なんだよ。だってご両親はお仕事で出かけてしまってるみたいだし、弟さんは看病してくれるどころかゲームに夢中だし。玄関の鍵開いてたよ?おじゃましますって言って入っても、弟さん生返事で気付かないんだもん。これじゃぁ強盗とか泥棒とかが入ってきても、君を守れる人がいないじゃないか」

 本当に心配そうにそう言われて、うっ、と言葉につまった。
 玄関の鍵が開いているというのはまだしも、他人が同じ部屋に入ってきて気付かないというのはどうなんだ、弟よ。

―――…しょうがない、マスクをしろ。部屋を暖かくして加湿もして、ついでに手も石鹸で洗え。私も洗う。帰ったら必ず念入りにうがいをするんだぞ。

「やったー」

 言って彼は立ち上がり、加湿器やらマスクやらを持ってきたり、洗面器にお湯を入れたのを持ってきて手を洗ったり(私の手まで一緒に洗ったり)してくれた。
 最後に、
「エアコンのリモコンが見当たらないんだけど…」
 とか言い出したので、私は枕元に置いてあったリモコンを渡した。
 …布団にくるまって眠る病人に暖房は不要な気がして、私が自分で消したのだ。
「ときどき、自分のことをかえりみない行動をするよね君は…」

 呆れた表情をしながらも、直樹は病人が寝る部屋としては寒すぎるとかぶつぶつ言いながらエアコンをつけてくれた。

―――働き者だな。

 ふう、と達成感に満ちた表情をしながらもとの位置に戻ってきた彼にそう伝えると、「お嫁さんにしたいでしょ?」なんて言葉が返ってきた。

―――寝る。帰れ。
 熱で頭が沸いてる時に、なんちゅう冗談をいいやがるのだこいつは。

「わあぁ、冗談です、追い出さないで」

―――寝るのは本当だ。できれば他の部屋に…。
「ここに居る!」

 同じ部屋だと確実にうつるだろうから、相手ができない時くらいは部屋にいないほうがいいのだが。
 手をぎゅっと握られて断言されると、言い返す言葉が出てこない。
 ああもう、熱のせいだ。

―――好きにしろ。
「うん、好きにする」

 そんなことを言い合いながら、私は眠りへと落ちていった。



 後日。
 結局一日中看病してくれた直樹は、次の日もその次の日も元気に学校へ行ったらしい。
 らしい、というのは私のインフルエンザが予想以上に長引いて治らなかったから。
 お見舞いに来た時に、
「うつればよかったのに。君のウイルスだったら大歓迎だよ♪」
 とか言いやがった奴に、本気で鳥肌が立ったのは言うまでもない。

 気持ち悪すぎたので、その日速攻で完治させたら、直樹は愛の力だと喜んでいた…。




2009年2月

お隣さんが壊れた・・・。