「…って訳で!なんかいい方法ない!?」
ばん!とテーブルをぶったたきながら立ち上がったあたしは、若干迷惑そうな相談相手を覗き込んだ。
揺れるテーブルから自分のお茶とお菓子をさりげなくかばった彼女はふぅ、とため息をついてあたしを見上げる。
「いい方法っていったってねぇ…」
なんと言ったものか、と呟きながら考え込む彼女は、今のあたしの唯一の頼みの綱だった。
あたしの名前は瑞月。現在修行中の見習い魔女。
突然だけど、今のあたしは復讐に燃えている。
その原因はあいつ。あたしの家担当の郵便屋さん。
ヤツを家にあげて、日頃のお礼にと菓子をふるまったところ彼はあたしの頬にキスするなんていうことをしでかしやがったのだ!
なんたる侮辱!なんたる屈辱!
「乙女の純情をもてあそぶなんて男の風上にもおけないわ!なんとかして懲らしめてやらないと!!」
「だいたい初心すぎんのよ、あんたは」
握りこぶしで叫ぶあたしに、呆れた顔をする彼女はあたしの姉弟子のアンシュセリア。
一人前になって独立したアンシュセリアは、いま街で薬剤師として暮らしている。ここだけの話、近くで開業してるお医者さんと付き合ってるんだって。
あたしが森から出て行くのはたいてい彼女のところで、目的は森で採れた薬草を売ることだったり相談事だったり。
頼りになるお姉さん的存在なのだけれど、言うことは結構キビシイ。
「今どきほっぺにキスなんて子供でもやってるわよ?そんなことで怒るだなんてあんたはどんだけガキなのよ」
蜂蜜色の金髪を肩からはらったアンシュセリアは頬杖をついて妹弟子を見上げた。
「あんたにとっては今話してたのは相談のつもりなんでしょうけど、はっきりいって惚気にしか聞こえなかったわよ?」
「あう…」
おもわず口ごもったあたしにアンシュセリアは更に言った。
「それにもともとはあんたが毒入りケーキを食べさせようとしたのが始まりでしょ。自業自得ってやつじゃない」
「毒入りじゃないもん!惚れ薬だもん!」
「食べさせられる方にとっては同じでしょ」
まぁ確かに、惚れ薬なんてものは飲まされるほうにとっては害にしかならないもんだけど。
思わず椅子に座りなおして手元のカップを見つめてしまう。
なんだか、相談しにきたのに逆に叱られてしまったかんじ。
「……まぁ、あんたが自分のしたことを分かった上で憂さ晴らしをしたいっていうんなら方法はないでもない」
反射的に顔を上げて視界に映ったのは、ニヤリと口端をつりあげた黒い笑み。
アンシュセリアは、厳しいことを言ってくれるけど最後にはあたしの味方をしてくれるからやっぱり好きだ。
相手の弱味を握りたかったら、まずは泥酔させるのが一番手っ取り早いわよ、と金髪の魔女は笑った。
泥酔させる酒場はアンシュセリアの馴染みの店。はじめはあたしの家でやるつもりだったんだけど、酔った男と女が部屋に2人きりになるだなんてとんでもないと猛反対された。家には師匠もいるんだけど、数には入らないらしい。
今あたしが何やってるかというと、ほぼ貸切状態となったアンシュセリアの馴染みの店で座ってる。はじっこのテーブルで壁を背にして。位置的にはひとめで店の中が見渡せる位置。
あたしにここで待つように言って、アンシュセリアは郵便屋さんを誘いに行った。
アンシュセリアに目立つなと言われたから、ローブのフードを目深にかぶってじっとしてるけど、はっきり言ってかなり暇だ。
「あうー、ひまー」
暇すぎて思わずぼやくと、目の前にジュースが入ったグラスが置かれた。
グラスを置いた手の主を見上げるとそこには人好きがする笑顔を浮かべたマスターがいた。
「あのっ、あたし注文してないんですけど…」
慌ててそう主張すると、マスターはにこにこ笑ったまま勝手にあたしの隣の椅子に座った。
「仕事もあらかた終わっちまったもんでな。暇になったからお嬢ちゃんとちょっとおしゃべりがしてみたいとおもったわけさ」
「は、はぁ」
「酒場なんてのをやってるとな、酔っ払ったじじいばばあの相手ばっかりするはめになってな。お前さんみたいな若くて純情そうな女の子と話す機会がないんだわ。ここはひとつおじさんを救うと思って、潤いになってくれねぇかなぁ」
「…怖くないんですか?あたし、魔女ですよ?」
そう、あたしは世間から恐れられている魔女なのだ。
ここの酒場が今日貸切状態なのも、あたしがここに座ってるせい。
この瞳、この髪の色、すべて街の人からしてみれば異端なもの。いくらフードで隠して俯いてみても、あたしの姿を見た人はその顔に恐れを浮かべて去っていく。
「魔女って言ってもなぁ。アンシュセリアだって魔女なんだろ?彼女を見てたら魔女を怖いものだとは思えないなぁ」
「でもアンシュセリアは綺麗な金色の髪をしてます。あたしとは違う…」
あたしの髪の色は鴉のような黒。ここらへんにはいない色。
街に出たら自分が異端であることを意識せずにはいられないから、あたしはあんまり森から出ない。街の人も、森には近づこうとはしない。
だから、郵便屋さんが躊躇なく森に入ってくることは、嬉しいと同時に不安でもある。
あたしの領域に、あたしの知らない他人が入ってくる。そのことはあたしに言いようのない胸騒ぎを与える。
がちゃ、と入り口の扉が開いてアンシュセリアが顔をのぞかせた。
隅に座っているあたしを見てにやりと笑う。
アンシュセリアが来たことに気付いたマスターは、あたしの頭を優しくぽんぽんとたたいて台所へ入っていった。
「連れてきたよー」
手に掴んでいた腕をアンシュセリアが引っ張ると、若干引きずられ気味の郵便屋さんが現れた。
なぜだか真っ赤な顔をしている。
「あれ?もう酔ってるの?」
「そーなのよー。ここに来るまでぐだぐだ言うもんだから手っ取り早く飲ませちゃった♪」
明るく笑ったアンシュセリアはふらふらしてる郵便屋さんの首根っこを引っつかむとあたしの方へ放り投げた。
ぺしゃ、と床に座り込んだ郵便屋さんはかなり飲まされたんだろう、なんだかふにゃふにゃしている。
なんだかもう既に作戦完了のような気もするんだけど。
だってもう明日は記憶なくなってそう。
「あー瑞月ちゃんこんにちあーーー」
「こんにちあー」
なんかすごいにこにこしてる郵便屋さんを見てると気が抜ける。
思わずつられて挨拶しちゃったけど、こんばんはよねこの場合。だってもう夜だし。
ええと、これからこの人の弱味を握らなくちゃいけないのよね、泥酔した姿でも写真に撮っておこうかしら。
「郵便屋さん、あなたの苦手なものってなに?」
悩んだ末に直球勝負を仕掛けると、後ろで見ていたアンシュセリアが苦笑いを浮かべた。
だって、他に思い浮かばなかったんだもん。
「あのねー、すきなのは瑞月ちゃん〜」
「いや嫌いなもの訊いたんだけど」
思わず早口で返事すると郵便屋さんは満面の笑顔になった。なんで。
「瑞月ちゃんすき〜」
ほにゃらけた表情で抱きつかれる。
あんまり幸せそうな顔をするもんだから突き飛ばすこともできなくて硬直してると、頬に柔らかい感触が触れた。
次いで、耳元に囁き声。
「ほんとにすきだよ」
「…っぎゃーー!!」
絶叫したあと、自分がなにをしたのか実はあんまり覚えてない。
ふと我に返ると足元に気絶した郵便屋さんが倒れていて、頭に大きなたんこぶができていた。
アンシュセリアはお腹を抱えて爆笑していた。
酒場のマスターも、顔をしかめて微妙な表情をしていたから、きっと笑いを堪えていたんじゃないかと思う。
アンシュセリアはあたしが郵便屋さんに何を言われたのか知りたがったけど、教えてない。とてもじゃないけど言えないよ、あんなこと。
|