「だぁ〜っ!なんで試さなきゃいけないのよ!飲ませる相手がいないじゃない!」
「だって試さなきゃソレが成功かどうか分からないじゃにゃいか」
机の上で顔そう言い切った黒猫…いやさ、あたしの師匠、はなんだお前そんなことも分からないのか、という馬鹿にしきった目でちら、とあたしを見やった。
…むかつく。
「だいたい、なんか薬作れって言ったのは師匠でしょー!」
「だったら惚れ薬作りたいって言ったのはお前だろうが!」
八つ当たり気味に叫ぶと同じくらいの強さで師匠に叫びかえされる。
確かに惚れ薬作ってみたかったわよ、魔女のおやくそくってやつじゃない!
「でも試さなきゃいけないって知ってたらそんな面倒くさいの選ばなかったわよー!」
わざと『師匠』である黒猫の耳に響くように叫ぶと、うるさいとばかりに頭を叩かれた。
「いいから早く飲ませるヤツ探してこい」
師匠は机から飛び降りると、そう言って部屋から出ていった。
くそう、猫にお尻見せられながら振り返りざまに言われるととってもむかつくわ……。
あたしは魔女の見習い、瑞月(みづき)。
さっきの黒猫は私の魔女修行の師匠。名前は教えてくれないから、まんま『師匠』って呼んでる。
なんで猫が師匠かは……聞かないで。
今日の修行は魔法薬を作ること、だったの。
魔法薬っていうのは普通の薬とかでは及ばないような出来事を実際に起こしてしまう、文字通り魔法の薬。
病気をたちどころに治すっていうのはもちろんのこと、飲んだ人の姿を獣に変えたり、飲んだ人が透明になったり。
んで、今回あたしが作ったのは惚れ薬。おやくそくってやつよねー。
机の上に置かれたあたしの惚れ薬はうすいピンク色をしていて、とってもキレイ。
無味無臭、のはず。…味見してないから無味のほうはわかんないケド。
これを手作りケーキに混ぜて意中の人に食べさせる、っていうのが伝統的な使い方。
……でも、食べさせる人なんて思いつかないよう。
「とりあえず、作るか……」
食べさせる物作っとかないとチャンスが来ても逃しちゃうかもだし。
薬をつくって更に加工しなくちゃいけないなんて、面倒臭いことするわよね、昔の人は…。
「さ、でーきたっと」
オーブンから天板を取り出すと、あまい匂いが部屋中にたちこめる。
ふふふ、おいしそう。
作ったのはカップケーキ。ホールケーキにしようかと思ったけど、惚れ薬混ぜちゃったらあたしが食べられないもんね。
作ったのは5つ。そのうち、惚れ薬がはいってるのは2つ。てっぺんに乗せたドレンチェリーが目印。
あたしが食べちゃったら大変だもの。
ケーキの出来栄えに満足していると、玄関の扉がコンコン、とノックされた。
「こんちわー、お届けものでーす」
なんとなく間の抜けたようなその声は、私の家担当の郵便屋さん。
街外れの森に建ってるあたしの家って、魔女の家だってんで街のひとに怖がられてるの。
失礼しちゃうわよねー、こっちは普段は人畜無害。可愛い見習い魔女捕まえて怖い、恐ろしい、なんて。
そんな怖がられてるあたしの家に唯一手紙を届けてくれるのが、彼。
怖がらないから好都合とばかりに、私の家専属にされちゃったの。かわいそうに。
「はーい、今行きマース」
玄関の戸を開けると、彼は帽子に手をやって挨拶しながら、足元に置いた段ボール箱を指し示した。
歳はあたしと同じくらい。前髪が長すぎてあんま顔が見えないけど、以前どかしてみたらそこそこ格好良い顔だった。
…あたしの好みじゃないケドねっ!この人みたいにおどおどしてるんじゃなくて、もっと自信がある人が好きなんだもの。
「サインお願いしまーす」
「はーい。ね、いつから配達屋さんになったの?」
あなたは郵便屋さんで、荷物を運ぶのはあなたの仕事じゃなかったような気がするんだケド。
「あはは、森の入り口で配達屋さんに会いまして。この家に来るのが嫌だって荷物頼まれちゃったんです」
「そうなの…」
そうそう、こういう押しの弱いところってゆーか、言いたいことはっきり言わないところがちょっとイラっとするのよね。
サインをしながらしゃべっていると、後で師匠の気配がした。
珍しいわね、人前にはあんま出たがらないくせに。
「にゃあ」
鳴き声に思わず振り向くと、玄関で師匠が物言いたげな目であたしを見てた。
「にゃーん」
催促するようなその声に、あたしはあることに思いあたって青ざめた。まさか。
「そういえば、なんか甘い匂いがしますねぇ」
「け、ケーキ焼いてたの。甘いものは好き?作りすぎちゃったからちょっと食べてかない?」
お願い、甘いものは嫌いだと言って。
そんな私の願いもむなしく、それはそれは嬉しそうな顔になった彼は言った。
「いいんですか?甘いもの大好きなんですよ。なんか悪いなぁ、催促したみたいで」
「いいのよ…」
これからあなたに毒見させるんだから。
……あーあ、どうせならもっと好みのタイプに食べさせたかった。
がっくりしながら、あたしは郵便屋さんを家に招きいれることにした。
「さ、どうぞ。今、お茶淹れるから」
郵便屋さんを椅子に座らせて、目の前のテーブルに惚れ薬入りのカップケーキを置いて。
お茶を淹れるという口実とともに、あたしはいったん台所へひっこんだ。
台所には、にやにや笑ってる師匠が一匹。
「よかったじゃないか、タイミング良く丁度いい犠牲者が見つかって」
「犠牲者とか言うな」
あー、結果が怖い。
成功してもしなくても、どっちも嬉しい結果にはならないような気がする。
成功してても彼は好みじゃないから付き合うなんてもっての外だし、失敗してれば言わずもがな。
「あー、怖い怖い」
でも確かめにはいかないとね…。
カップとポットを乗せたお盆を持って、食堂にむかう。
さすがにもう一口くらいは食べてるわよね…。
「あ、瑞月さん。ケーキ美味しいですよ」
あたしが台所で怖がってる間に、郵便屋さんはもうカップケーキを一つたいらげていた。
はやっ…。
「瑞月さんはお菓子作りがお上手なんですねぇ」
にこにこしながらお茶をすする彼には、変わったところなぞ一つもない。
机の上のお皿を確認すると、確かにドレンチェリーが乗ったカップケーキ1つ減っていた。
…あれ?効果出るまでもうちょっとかかるのかな?
「そ、そう?ありがと。もひとついかが?」
言いながら、彼のお皿にドレンチェリーが乗ったカップケーキをもう一つ置いた。
量が足りなかったのかもしれないし。もう一つ食べればはっきりするかも。
「え?いいんですか?ありがとうございますー」
嬉しそうにしながら郵便屋さんはケーキをたいらげていく。
けど、やっぱり惚れ薬の効果…頬が上気してくるとか、うっとりした目で見つめられる…なんてことがない。
失敗したのかなぁ…。
「ごちそうさまです。本当に美味しかったです」
ちょっと落ち込んでるあたしに、郵便屋さんは能天気にもそう言った。
「そ、それはどうも…」
薬の製作工程を思い返しながら、うわのそらで返事していると、身を乗り出した彼にきゅっと右手を握られた。
はっと顔を上げると、目の前に郵便屋さんの藍色の瞳。
近っ!近いよ!?
「本当に、美味しかったです。瑞月さんは良い奥さんになれますね」
一句一句区切るようにそう囁いた彼はなんだか色気みたいなのがあって、どきっとした。
うう、今絶対顔赤いよ。血が顔に上ってるのが自分で分かるもん。
まさか郵便屋さんにどきっとすることがあるとは…。
いささか混乱気味でそんなことを考えていると、右手を握る彼の手の力がちょっと強くなった。
さっきがきゅ、なら今度はぎゅっ、ってかんじ。そして、
「可愛い」
右の頬にやわらかい何かが触れる感触。
……イマ、ナニガオコッタノデスカ?
ま、まさか。
「さ、そろそろ配達に戻らないと。ケーキ、ごちそうさまでした」
混乱して身動きできないあたしを面白そうに見つめて、郵便屋さんは去っていった。
その後、郵便屋さんは街でモテモテだったらしい。
街へ様子を見に行った師匠は、呆れた目をしてこう言った。
「お前が作ったのは、惚れられ薬か?」
うう…。失敗だったのは分かったから、もうちょっと優しい言い方をして欲しい…。
惚れ薬のリベンジを誓うあたしであった。
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