「いつもお世話になってるから、きみに」
いつもの配達の帰り際、郵便屋さんがそう言って手渡してきたのは、手のひらに乗るくらいの大きさの、赤い箱だった。
プレゼントっぽく、リボンなんかかけてある、可愛い箱。
かばんの奥から大事そうに取り出されたそれを、郵便屋さんはしどもどしながら差し出した。
照れているらしい。
「なんで?こんなの貰うわけにはいかないよ」
いつも配達してもらってお世話になってるのはあたしのほうなのに。
戸惑ってその箱を押し返すと、郵便屋さんは途端に悲しそうな顔になった。
「お菓子…とか、いつも食べさせて貰ってるから、お礼に、と思ったんだけど…」
「べつに、そんなのあたしのお茶の時間のついでだし」
照れ隠しで言ったあたしの言葉は妙に素っ気無くひびいた。
そのせいか、郵便屋さんはう、と言葉に詰まったらしくうつむいてしまう。
うっ、男が目を潤ませるなっ!
泣くな、泣くなよ…!!
思わず念じながら見つめていると、郵便屋さんはぐしぐしっと目を擦って深呼吸をした。
顔をあげると、なにかきりっとした表情になっている。
気をとりなおしたらしい。
よかった、泣かなくて…と安堵していると、ぐいっと手首をつかまれて、手にくだんの箱が押し付けられた。
「貰ってください。あなたのために遠方から取り寄せたんです。返されても困る」
そ、そうなのか…?
なんかいきなり口調とか表情とか変わっちゃってる。
びっくりしてなんか畏まった返事になった。
「は、はい。じゃぁありがたく…」
困るんだったら貰ったほうがいいんだよね。
自分に言い聞かせながらそれでも貰ったんだから、とお礼を言うと郵便屋さんの表情がぱあっ、と明るくなった。
「ぜひ、飲んでくださいね!じゃぁまた明日!」
あ、なんかいつもどおりの郵便屋さんだ。
スキップでもしそうな勢いで走っていく郵便屋さんの後姿を玄関から見送る。
あんなに喜ぶんだったら初めから素直に貰っておけばよかった、かな。
箱を抱えて家の中に戻ると、師匠が食堂でくつろいでいた。
「師匠ー。郵便屋さんからなんかプレゼント貰いましたよー」
何でしょうねー?とか言いながらリボンをほどいていると、なにやらカレンダーを見つめていた師匠がふぅん、とつぶやいた。
「まぁ2月にお前、奴にお菓子やってたしな」
「え?」
「気にすんな。どうせお菓子のお礼かなんかなんだろ?」
「そうらしいですけど」
なんで分かるんですか、師匠…。
なんか含みがありそうな師匠の言葉を不思議に思いつつ、箱を開けると中に入っていたのは紅茶の缶だった。
「わあ…」
なんかすっごくかわいい。
手のひらに乗るほどの黒い円筒形の缶に、向かい合って座っている橙色の2匹の猫の絵。
蓋の形なんかもかわいくて、このまま飾っておきたいかも。
ラベルを見ると、すごく遠い国の名前が書いてあった。
ほんとに、遠くから取り寄せてくれたんだ。
「どうしましょう師匠、なんかすっごく高そうですよ?」
「いいから貰っとけ。ついでに一杯飲ませろ」
師匠の言葉に促されて、2人分淹れてみる。
カップに注いだ瞬間、ふわっと紅茶と花のいい香りが漂ってすごく幸せな気分になった。
おいしいお菓子も、一人で食べると何でだか味気なくなってしまう。
だからか、お茶の時間ぐらいにやってくる郵便屋さんをお茶に誘うことがこのごろ多かったけれど。
まさかお礼をされるだなんて思ってもみなかった。
今度は郵便屋さんと一緒に飲もうと思いながら、その日あたしは師匠とくつろぎのひと時を過ごしたのだった。
2009年3月
テーマ:一人ホワイトデー(笑)