―――アイスを作ろうと思う
それが、ヤツの最後の言葉だった。
アイスを作ろう
「というわけで、あいつ知らねぇ?」
昔からの古馴染み、とあるバーの吸血鬼マスターに聞いてみる。
「―――失踪事件にしては、間抜けだな」
「だねー」
まぁいつか帰ってくるだろうと思っているうちに一ヶ月経ってしまった。
あまりの失踪ぶりに至る所から突っ込まれてしまう。
小夜とか、その両手についている天使と悪魔だとか、喫茶店に来るじょしこーせーとか、会社の部下とか、ショタ吸血鬼とか、目の前のマスターとか。
どうやらヤツは携帯電話の電池を切っているか、電波の届かない場所にいるらしい。見事なまでの音信不通ぶりだ。
「僕の予想としてはねー南極あたりだと思うんだー」
「ヒマラヤ山脈の頂点とかいそうだな」
「あーんーアリだね!」
「ちょっとは心配してやれよ。相棒だろ、一応」
至極まっとうなことを言ったマスターに、仙人はきょとんと首を傾げた。
夜中のバーで少年姿の仙人のあどけない顔。
奇妙な光景である。
―――幸いな事に他の客はいない。
まぁどうせいたところで夜の眷属の間では有名な二人組なので、誰も気にはしないだろうが。
「え、だって、あいつ殺しても死なないし」
「…いや、殺すな」
全くな意見である。
至極まっとうな意見を再度無視して、仙人は山積みのつまみ菓子を食いつくしていくので、マスターは本日三回目のお代わりをざらざらと追加した。
はた迷惑な客極まりないのだが、仙人と行方不明の吸血鬼はお得意さまであるし、気心の知れた仲なので今更である。
そうして他愛もない話をしてマスターが五度目のお代わりを皿に乗せた時だった。
カラン、と扉が鳴った。
扉の向こうは見事な月灯り。星すらもない夜の闇は、夜の眷族には最高の世界。
その月の光を一身に受けながら、男は帰ってきた。やたらとキラキラしい笑顔、輝く前歯、そしてオーラ、艶めく汗。
恐ろしく、それはもう恐ろしくいい笑顔で、彼は―――言った。
「―――俺は、帰ってきた」
「いやもーとりあえず死んでおけ」
一瞬の攻防。
弾丸のように仙人の手の平から炎が飛び散り、吸血鬼へと一路駆け抜けた。
ズザァアアアアアアア―――
と、効果音つきで炎に打たれつつ踏ん張る吸血鬼。手には何故か氷の塊、いや、ドライアイス。周囲を覆い隠す白煙の中から聞こえるは、やたら痛そうな攻防。
バキ、とか、ボキッとか、あとブチブチブチ!!!! とか、心臓に悪そうな音が聞こえてくる。
そして残されたマスター。
「――――――で、アイスはどうなったんだよ」
呆然としたあまりにそんな言葉しか出なかった。
それから数時間後。
「…なんだこれは」
呆然と。実に呆然と彼は言った。
隣の少女も同様。
もっとも少女は両手の天使と悪魔に目を塞がれてしまったので、何がなんだか状態なのだが。
立ち尽くす彼、青年吸血鬼にマスターは言う。
「何か飲むか」
「………」
どうやら真面目な彼にとって目の前の光景を無視する事は出来なかったらしい。
恐る恐る、傍からはそう見えなくとも、明らかに動揺しながら歩く。
クレーターがそこにはあった。
何故かドライアイスが山ほど落ちていた。
かと思えば炎が地から吹き出ていた。
そのクレーターの中央に、なんか、いた。
なんか、赤いやら黒いやらで大変になったものがいた。
しゅーとかじゅーとか、やたら香ばしい音を立てている。
「なんだこれは…」
もう一度、青年吸血鬼は呟く。
丁度、その声に反応して、びくびくっとクレーターの中央のそれが痙攣した。
そして。
「あーその声はショタっちか。久しぶりだなー」
「あーあーあーショタっちーちょっと引っ張ってくれねー?」
―――。
―――。
―――。
―――。
―――――――――時間が、止まった。
「え、え、え? 吸血鬼さん!? 帰ってきたんですか! わぁ良かった無事だったんですね!」
「馬鹿、小夜、動くんじゃないよ!」
「そうそうおめーは黙ってろ」
右手と左手からの声に、目を塞がれたままの少女は至極不思議そうに首を傾げる。
「ショタっち生きてる?」
「おーいショタっちーーー?」
再度の呼びかけに、ようやく彼は我に返り、現状を把握。
そして。
「んで、生きてんだ」
ある意味至極まっとうなことを言った。
だって、色々出てる。
血とか、骨とか、うっかり内臓とか。
それが自動的にしゅるしゅると体内に納められていく様ははっきりいって気持ち悪い。グロテスクだ。
いくら吸血鬼だと言ってもこんな恐ろしい生命力持っているはずがない。
吸血鬼だって死ぬときゃ死ぬ。
十字架には弱いし、にんにくは嫌いだ。太陽の光で砂になるし、ぶっとい杭で心臓突き刺されたらご臨終。聖水の中に突き落とされても多分死ぬ。
だというのに、あの吸血鬼普通に会話してやがる。
ついでに仙人とか言う馬鹿げた輩も普通に生きてやがる。
現状が把握できずにパンク状態になった頭で、彼はとりあえず呼びかけに応えた。
つまり、最初の声に応えて、なんか出てる黒いっぽいのを引っ張った。
「ショタっちー。それ僕の足ー。出来たら手を引っ張って欲しいなー」
「マスター血ーくれー。この際親父でも爺でも婆でもなんでもいいー」
なんてやり取りを経て。
「よし、行くか」
やたら爽やか笑顔で吸血鬼が言った。
それはもう爽やかに爽やかに。
こうなった理由の説明をマスターから受けていた青年吸血鬼は、なんかムカつくという衝動的な感情を理解したのだった。
それは、予想よりも遥かに近くにあった。
少なくとも、北極とか南極だとか、そういうところではない。
場所は北海道。
話を聞くところによると、初め外国を数箇所回って材料のリサーチアンド調達だけを済ませて帰ってきたらしい。
その時点で連絡しろという話である。
吸血鬼に連れられてきた仙人、マスター、青年吸血鬼、小夜+アルファはぽかんとそれを見上げた。
北海道のとある場所から地下に下り、エレベーターで恐ろしく深い階層まで下った後、チーンとやたらレトロな音を響かせて扉は開いた。
「美味いぞ」
とかいう問題じゃない。
マイナス気温の中に眠る、自分達の身長を遥かに越えた山。
頂上から中腹近くまでは白。まるでそれは日本の象徴富士の山。
山の中腹は二種の茶色。絶妙に山の色合いをかもし出している。
そして広がる下段、富士の樹海。深い緑。岩を表現しているのか、時折見えるごつごつとした黒い塊。
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
沈黙がマイナス世界を支配した。
彼らの心は一つだった。
一つにならざるを得なかった。
こいつ、ものすごいアホだ。
それはもういっそギネス登録したいくらいのアホさ加減だと、後にマスターは客に語った。
ちなみに山の中央頂上の白はバニラ、下にいけばマンゴーやらブルーベリーやらのフレーバー。
山の中腹に見えた茶色はコーヒーとチョコ。
下段の緑は抹茶。
岩はクッキーだったりチョコチップだったりキャラメルだったりアーモンドだったり。
ついでにいうと部屋の片隅にはありとあらゆるフレーバーがあったりする。コーンフレークだとか、マシュマロだとか、スプレーチョコだとか、ピーナッツとか、キャラメルソースだとか、チョコソースだとか、メープルシロップだとか、果物だとか、様々な種類のクッキーだとか、ケーキだとか、なんかもうアイス以外のものも大量にあった。
とりあえず考え付いたら置いてみたみたいな状況である。
しかもアイスサーバにコーンにワッフルコーン、クレープまで常備ときた。
なんだこのアイス万博。
実に百を超えるアイスの種類を前に、吸血鬼は至福の表情だったという。
とりあえず、皆でアイスの富士山背景に撮影会をしたあたり、本気でまともな思考の持ち主はいなかったようだ。
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