2009年1月〜8月分
真夜中シリーズの過去拍手部屋。

1月 仙人と吸血鬼 ぜんざいをめぐる攻防
1月 吸血鬼たち 続・ぜんざいをめぐる攻防
1月 吸血鬼と専務 続続・ぜんざいを(以下略)
2月 仙人と小夜 バレンタイン 1
2月 吸血鬼たち バレンタイン 2
2月 吸血鬼と仙人と専務の人 バレンタイン 3
4月 会社の人間と吸血鬼
8月 吸血鬼と仙人 祭り 1
8月 吸血鬼と仙人 祭り 2
8月 吸血鬼と仙人 祭り 3
8月 吸血鬼と仙人 祭り 4
8月 吸血鬼と仙人 祭り 5
1月
 仙人と吸血鬼 ぜんざいをめぐる攻防



「もー、いーくつ寝ーるーとお正月ー。…てな訳で、お正月だよウルス君!」
「いや、お正月ってゆーかもう七草も終わったし?」

「うっ…じゃ、じゃあ鏡開きだよウルス君!」
「あー、そーいえばそうだな」

「鏡開きといえば、ぜんざい!」
「…そうか?」

 そうかなぁ、とウルスは水餅にしてある鏡餅たちを眺めて思った。
 薄く切って天日干しにして揚げ餅にしても酒がすすむし、芋を練りこんだ、ねったぼ、きなこ餅、磯辺焼き、おはぎ、変わったところではバター醤油なんてのもいい。

「…結構、いっぱい種類あるよなぁ」

 餅の調理法を指折り数えて、そう言ったウルスの言葉を、仙人は違う意味でとらえたらしい。

「そう!地域ごとに千差万別!さらにはご家庭ごとでも違う!だからウルス君、今から僕らは全国のぜんざいをくまなく食すべく、旅に出るべきなのだ!」
「今から?」
「そう、今から!」

「…今からか」

 そう呟いて、ウルスは台所で今まさに火にかけている巨大な寸胴鍋を見た。
 沸騰しているそれからは、ほのかに甘い匂いがする。

「…一人で行って来い。俺は今からこれの仕上げがあるからな」
「それって…」

 鍋を覗き込んだ仙人が目を輝かせる。バケツよりもでかい巨大寸胴鍋には、溢れんばかりにぜんざいが入っていたのだ。

「食う!」
「やらん。これから旅に出るんだろ?まだ出来ていないからな」

 にやりと笑ってウルスは鍋のフタを閉めた。

「…くっ!」
 悔しさに地団駄を踏む仙人。
「だっ、だが!その量だ、お前一人では食べきれないであろう!待っているがいい、全国のぜんざいを制覇してのち、お前のぜんざいを賞味してくれるわ!」

 はっはっはっはっは!と高笑いをしながら金斗雲に乗って遠ざかっていく仙人を見送って、ウルスは寸胴鍋を見下ろした。

「…ああ言われると、何が何でも食べきってやりたくなるな」



 その日、
 彼が経営している喫茶店(客は主に吸血鬼)では血とともにぜんざいが100円で勧められ。
 彼らの経営する病院(喫茶店で配る血の採血地)では既に作られたぜんざいに大鍋一つ分ぶち込んで患者のぜんざい量が2倍近くになり。
 小夜の家では「つまらないものですが…」と鍋に分けたぜんざいをお裾分けとして持って行き家族の人に怪しまれ。
 夜の吸血鬼学校では「日本の行事『鏡開き』を身をもって体験しやがれてめーら!」と寸胴鍋抱えて怒鳴るウルスの姿があったという。

 真夜中、そこには空になった巨大寸胴鍋と、余った分を一人で完食してちょっと、おえっとなってしまった吸血鬼の姿と、同じく食べすぎで苦しみつつもウルスお手製ぜんざいが食べられなかったと泣きながら悔しがる仙人の姿があったという。
1月
 吸血鬼たち 続・ぜんざいをめぐる攻防



 草木も眠るという丑三つ時。
 人通りが絶えて久しい路地裏。
 いつ開店しているのか分からないと人間の間で評判の喫茶店に、一人の客が訪れた。

 扉についているベルの音に気づいた店長が、エプロンで手を拭きながら店の奥から現れ、妙に爽やかな笑顔を向けた。

「いらっしゃい」

「…A型の女の血液はあるか?」

 カウンターに腰掛けるなりそう言った客の前に、店長は何も言わずに白いティーカップを置いた。
 ティーカップに注がれている赤い液体を一口ふくみ、客は満足げに頷く。

「ここの血は、いつも新鮮だな」

「ありがと。…それよかショタ坊、今日が何の日か知ってる?」

「ショタ坊と呼ぶな。今日…?」

 何かあったか?とマスターにショタ坊と呼ばれた青年吸血鬼は考え込む。
 少し前ならば、クリスマスやら正月やらで人間が夜中まで起きている騒がしい時期だったのだが、このごろはそれも落ち着いている。

「何の日だ?」
 降参、とばかりに軽く両手を上げた青年に、にやり、と店主は笑った。
「鏡開きなんだよ。……という訳でショタっち、ぜんざい食わない?今なら100円!」

「食わん」
「まぁまぁそう言わずにさぁ。味見くらいはしてってくれよー。ってかしろよな。俺とショタっちの仲だろ?サービスしとくからさ」
 問答無用で目の前に置かれたお椀から漂う甘い匂いに、青年はうっ、と息を止めた。
 隠しているが、実は甘いもの、大好きなのだ。
 うっかりまともに匂いを吸い込んだりしようものなら、生唾ごくり、はまぬがれない。 それを、やたら自分を子ども扱いする目の前の店主に知られようものなら、からかわれまくるに違いない。
「……ま、まぁ、味見程度なら付き合ってやらんでもない」
 精一杯の虚勢でそう言い放った青年は、ゆっくりとお椀とお箸を手に取った。



「まいど、ありがとー」
「うむ」
 満足して店を出た青年吸血鬼はふと、手元のレシートを見下ろした。それには彼が注文した血液の他に

『サービス料 100円』

 と書かれていた。
「…あの野郎。サービスといえば無料じゃねぇのかよ」
 全然サービスじゃないじゃないか、とは思ったものの存外においしくておかわりまでしてしまった手前、文句が言えなかった青年吸血鬼であった。
1月
 吸血鬼と専務 続続・ぜんざいを(以下略)



「やっほー、久しぶり」
「ああ、お久しぶりです副社長」

 同じ会社の社員同士では有り得ない挨拶をしながら現れたのは、やたらと爽やかな好青年。何も知らずに街に立っている姿を見れば10人のうち10人が間違いなくホストと思うであろう、我らが副社長ウルスであった。

 幽霊社長、幽霊副社長と社員に親しまれているほど会社に顔を出さない彼らを拝むことは滅多に出来ない。実質、この会社は専務1人の力でまわっていると言っても過言ではない。
 さて、その専務は滅多に顔を出さない副社長の姿を見て、今日は何かイベントがある日だっただろうかと考えた。この会社の社長と副社長は、イベントがある日には絶対会社に来てなんやかんやと遊んでいくが、普通の日にその姿を目撃することは滅多にない。

「副社長、今日は何かありましたか?」
 何をしに来たんですか、と言わないところが彼の配慮である。

「いやぁ、ちょっと作りすぎちゃってさ、おすそ分けに来たんだよ」
 そう言って陽気に笑った副社長は、どこからともなく両手鍋を取り出して専務に手渡した。
 思わず受け取ってしまった彼は、怪訝な顔で手元の鍋を見下ろした。
 鍋のフタが閉まっているので見えないが、何かが入っている気配がする。揺らすと、ちゃぷちゃぷと音がした。

「これは…?」
「ぜんざい。今日鏡開きだろ?大したもんじゃないが奥さんと一緒に食べてくれ」
「はぁ…。ではありがたく」
 断っても無駄なのは分かっていたので素直に受け取る。そんな専務の肩をぽんぽん、と叩いてウルスは踵を返した。
「じゃ、用が済んだから俺帰るわ。じゃなー」
「……お疲れ様です」
 もしかして、自分にぜんざいを渡すためだけに出社したのだろうか。
 そんなことが思い当たり、重要書類と共にぜんざいを抱えたままこらえきれずに笑い出した。呆然と鍋を持っていたかと思えば急に笑い出した専務を、行き交う社員たちが怪訝そうに見ていった。
 2月
 仙人と小夜 バレンタイン 1



「小夜ー、チョコもらいに来たよー」
「!?」

 真夜中。
 2階の窓の外から能天気な少年の声が聞こえて、小夜はびっくりして窓を開けた。

「やっほー」

 都会だからか、暗くなりきらない闇。その中に浮かび上がった12、3くらいの少年が、小夜に向かってひらひらと手を振っている。

「せ、仙人さん!?」
「ひさしぶりー。ねね、今日バレンタインでしょ?図々しいかとは思ったんだけど、貰いにきたんだー」

 本当に図々しい。
 図々しいが、どこか憎めなくて呆れながら小夜は笑った。
 
「ちゃんとありますよ」

 ちゃんと用意しておいてよかった。
 そう思いながらしまってあったチョコを取り出して仙人に渡すと、彼は嬉しそうに受け取ってくれた。

「わーい!手作り!?」
「口に合わないかもしれないかもですけど、食べてください」

「もち、食う!」
 力強く頷いて、彼は両手で包みを持ち、
「うーん、250グラムってとこかなー」
 と小さく呟いた。

「え?」
「なんでもないない、こっちの話。」

 聞き返した小夜に、笑って誤魔化して仙人はくるりと踵を返した。

「そろそろお暇しようかな、チョコ貰いに来ただけだったし。…そうそう、ホワイトデーは10倍返しだからね、楽しみにしてて!」

 言いながら夜空を遠ざかっていく少年の後姿に手を振りながら、小夜はふと思った。
「10倍返し?」
 さっき、250グラムとか呟いてたのはそのことだったのだろうか。
 ということはホワイトデーのお返しは、2500グラムのチョコレート?

「ちょっと遠慮したいかも…」

 いくら好きでもそこまでは食べれない。
 1ヶ月後を想像して、不安にかられる小夜であった。
2月
 吸血鬼たち バレンタイン 2



 草木も眠るという丑三つ時。
 人通りが絶えて久しい路地裏。
 いつ開店しているのか分からないと人間の間で評判の喫茶店に、一人の客が訪れた。

 いつもどおり、扉を開けて一歩店内へ入ろうとした客がうっ、とうめいて鼻を押さえる。
 扉についているベルの音に気づいた店長が、エプロンで手を拭きながら店の奥から現れ、客の様子に怪訝そうな顔をした。

「いらっしゃい。…どした?ショタっち」
「ショタっち言うな。なんなんだ、この甘ったるい匂いは」

 毎回のごとく繰り返される呼び名に、律儀に突っ込みをいれながらショタっちと呼ばれた吸血鬼は店内を見渡した。
 店内に充満している甘い匂い。それは店主と、店主が出てきた店の奥から漂ってくる。
 人間でさえ、気分が悪くなりそうなほどの強い匂い。いくら、密かに甘いものが好きとはいえ、嗅覚が鋭敏な吸血鬼にとってこの強烈な匂いは拷問に近い。

「今度バレンタインデーだろ〜?いつもお世話になってる君達に俺様からプレゼント!と思ってな」
「食欲が失せた。…帰る」
 戸口でくるりと回れ右をした吸血鬼の肩を、店主が掴んで引き止める。

「なんだよー、チョコ1個くらい貰ってくれたっていいだろ?俺様からの気持ちなんだからさ」
「貰うくらいは別にいいが…」

 本音を言うなら、野郎からのチョコなんて貰いたくない。しかし、この拷問のような匂いが充満している空間で貰うもらわないだのと押し問答するくらいなら素直に貰ったほうがましだと、彼は判断した。

「よーし、ではありがたくいただきやがれ!」
「うむ…」

 ってかなんで常に上から目線なんだ。感謝の気持ちじゃないのかコレは。
 釈然としないものを感じつつ、手渡された箱を見た彼は箱に十字にかかっているリボンを見て余計に気分がわるくなった。
 十字架。大半の吸血鬼にとっては天敵である。

「あー、間違えた!」

 吸血鬼の様子を見て初めて気付いたらしい店主は、箱を取り戻して奥に引っ込んだ。

「すぐに結びなおすから待ってろよ、ショタ坊ー!」
「待つか、馬鹿めが」

 嫌がらせか、嫌がらせなのか。
 ていうか、なんで店主も吸血鬼な筈なのに十字架が平気なのだ。
 色々考えながら、ふらふらと店を出た彼は、しばらくここには近づくまい、とかたく決意したという。
2月
 吸血鬼と仙人と専務の人 バレンタイン 3



「チョコを貰いに来ましたー」

 長い三つ編みを持つ青年社長は、出社して来るなりそうのたまいなさった。
 のたまった挙句にうきうきと社長室に出向く。
 今回はそんなに驚かない。
 去年の不意打ちに比べれば全然大丈夫だ。

「社長、たまには会議に顔を出して行かれませんか?」

 一応、聞いてみる。なんせ世の中あんまりにも不況で派遣切りとかリストラとか就職取り消しとかで一杯一杯の状況なのだ。おかげで社員の中にも不安を覚えている人間は多い。
 
 まぁ仕方のないことである。
 社長からしてこれだし。
 副社長は副社長で…

「あ、そいつは今日チョコのことしか頭にないから無駄」

 なんて言っているほりの深い顔立ちのホスト風青年だったりするし。
 というかいつの間にやってきたのだろうか。
 社長もそうだが副社長も大概神出鬼没である。

「そーそーそーいうこと。経営ほーしんはメールで伝えたとーりだしー、君もいるしー、僕はチョコの事考えてれば良いってことじゃん?」

 全然良くない気もするがやっぱり会社はそんなこんなで回ってる。
 不思議だ。
 とりあえず頭を下げて社長室へと消える青年を見送った。
 後に残されたのは副社長。
 丁度良かったので、今日一日持ち歩いていたブツを鞄から取り出す。
 どうにも仕事の都合上書類とノートパソコンを持ち歩くことが多いので、鞄はいつも常備しているのだ。

「副社長、これは自分の家内からです。どうぞ受け取ってやってください」

 板状のラッピングされたそれは微妙によれていた。どうやら一日持ち歩いている間に中で書類に揉まれたようだ。
 無駄な努力だが、さりげなく皺を伸ばしつつ差し出す。

「は? 何で? 俺奥さんになんにもしてないと思うけど」
「去年頂いたことにいたく感動したようで是非受け取って欲しいと」

 どうやら有名メーカーのチョコレートだったらしく、涙まで流して感動していた。メーカーなんかは知らないが、確かに美味しかった。
 もっとも同レベルのチョコは手が出なかったらしく、気持ちさえあれば! な精神で手作りとなった。色々と散々試作して一番上手く出来た生チョコがラッピングされる手筈となったのだ。

 お礼はホワイトデーに、とも思ったのだが、ホワイトデーに男にチョコを返すのはなんとなく気が引けた。それに彼は来るだけ来てさっさと手作り感漂うやたら旨いクッキーを配って去っていった。最近は社長と副社長の私生活が気になって仕方なかったりもする。
 
 もっとも、そういう無粋な事は聞くつもりないのだが。

「んじゃ、ありがたく貰おうかな。奥さんにもありがとって伝えといて」

 に、っと笑って受け取った副社長に頭を下げる。不覚にもかなりほっとする。
 これで渡せずに持って帰った日には雷が大量に落ちるところだった。

「ホワイトデーは何が良いか聞いといてよ。ひさしぶりに気合入れて作るからさ」
「…副社長が作られるんですか?」

 もしや、去年のホワイトデーのあれも彼が作ったのだろうか。副社長の奥さん辺りが作ったか、実家がケーキ屋だとか思っていたのだが。

「ああ、腕には自信あるぜ? そうだな、今度何か作ってやるよ」
「あ、いえ、とんでもありません…そこまでしてもらう訳には」
「いーから。俺が作りたいんだって。今度奥さんとあんたの都合の良い日教えてくれよな」

 にんまりと笑った副社長。返事を聞くよりも先に去って行ってしまった。
 引きとめようと上げた腕が所在無い。

 しばらく副社長の言葉を頭の中で吟味して、苦笑する。

「やれやれ」

 どうやら自分は不思議副社長に何か作ってもらうことを、厄介だと思うよりもずっと楽しみに思っているようだった。

 まったく、不思議である。
4月
 会社の人間と吸血鬼



 とある真夜中。草木も眠る丑三つ時。
 とある会社のフロアには、こうこうと明かりがついていて、多くの人間が立ち働いていた。

 締切が差し迫ったプロジェクトに重大な問題が発生したのだ。
 その問題が発生したのが今日の…いや、昨日の昼ごろ。
 それから社員達はどうにかプロジェクトを締切に間に合わせようと、ろくに休憩もとらずに東奔西走している。

 そんな社員達に指示し叱咤し、時には励ましながら指揮をとっていた部長は、そろそろ無理やりにでも部下達に休憩をとらせなければならないと、感じていた。
 夕食ともいえないような食事をしたのは5時間も前。
 それからずっと働き続けている部下達の表情には濃い疲労の色がただよっている。

 手が空いたものから軽食をとらせよう、と彼が決めたそのとき。

 バーン!と部屋の扉が開かれた。そこには、白い割烹着と三角巾を見につけた若い男。
 同時に漂ってくるおいしそうな匂い。
 皆の視線を一身に集めた男は、不適な笑みで叫んだ。

「皆のもの、頑張ってるみてーじゃねーか!陣中見舞いにやってきたぜ!」
「副社長…!!」

 そう、白い割烹着と三角巾を身につけ嵐のように現れたその男は、会社に滅多に顔を出さないと評判の副社長であった。
 ちなみに、この場で彼を知っていたのは部長ただ一人である。
 他の社員達はただただ、驚いた顔でこの変な青年を見つめていた。

「手が空いたものから、下の会議室に集まれ!」
 おたまを片手にそう言った副社長に社員達がぞろぞろとついていくと、そこには雑炊とカレーがいいにおいを放ちながら彼らを待っていた。

「副社長…!!」
 半泣きになりながら食事をとる社員を励ましながら、食事をよそう副社長。
 その姿を眺めながら、彼は滅多に会社に現れないトップだけれど、見捨てられているわけではないのだと知り嬉しくなったという。
8月
 吸血鬼と仙人 祭り 1



「やっと梅雨明け!8月だよ、君!」
「夏だ!祭りだ!海だ!水着だ!」

 真夜中。とある高級マンションの一室では、仙人と吸血鬼が天気予報を流す巨大テレビを前にして、快哉を叫んでいた。彼らが住む地域が8月に入ってようやく、梅雨明けを迎えたのだ。

「これから遊びまくるよ、ウルス君!まずは明日開催されるご町内のお祭りの制覇だ!」
「あー、それ俺パス」

 どんどんテンションが上がる仙人に、吸血鬼はひらひらと手を振って断った。

「なんで!」

「お前の言うそのご町内のお祭りに、テキ屋として参加するんだよ。たこ焼き、はし巻き、お好み焼きにわたあめな」

「行く!手伝ってくれようこの僕が!サクラとして!」
「断る」
「なんでー!」

 口を尖らせてかわいらしくぶーぶー言う、中身は全くかわいらしくない仙人に、吸血鬼は冷たい視線を向けた。

「お前、サクラとか言ってタダで飲み食いするつもり満々じゃねぇか」
「当たり前じゃないか!バイト代を取らないだけありがたいと思え」
「バイト代まで取ったら詐欺じゃねぇか」

 いや、むしろバイト代を払うほうがまだいい。本気を出した仙人の食べる量はハンパないのだ。1人で、屋台を1つ食いつぶす勢いがある。

「ともかく、断る。心配しなくても小夜にショタに女子高生と客は揃っているんだ。第一俺のこのルックスと味で屋台は大繁盛だ」
「面白くない!」

 にやりと、自信満々の笑みを浮かべた吸血鬼に指を突きつけた仙人は叫んだ。

「僕も屋台をやる!どっちがお客さんが多いかで勝負だ!」
「やれるもんなら、やってみやがれ!」

 2人の間に目に見えない嵐が吹き荒れる。今ここに、非常にくだらなく仁義なき争いの火蓋が切って落とされた。
8月
 吸血鬼と仙人 祭り 2



「友達、連れてきました〜」
「おっ、いらっしゃい」

 お祭り当日。計4つの屋台を忙しく切り盛りしている吸血鬼のもとに、浴衣姿の高校生グループがやってきた。小夜が高校生の友達を連れてやってきたのだ。

「ご所望の、高校生を連れてきましたよ〜」

 ふふふ、と楽しげに笑う小夜が指し示す先には、遠巻きにこちらをうかがう数人の女子高生たち。

「おー、ありがと。おーい、こっち寄っておいでー。おまけしてあげるよー」

 ホスト風のやたらときらきらしく爽やかな笑顔を向けられて、遠巻きにしていた女子高生たちが吸血鬼に近付いていくのを、明かりに虫が寄っていくのを見るようだ、と失礼なことを小夜は考えた。
 女の子はイケメンに弱いのだ。

 彼女いるんですかー、とか小夜とどんな知り合いなんですかー、とか女の子特有のうざい質問を上手にいなしながら、吸血鬼は女子高生たちにお好み焼きやらたこ焼きやらを売りつけていく。

 さすがだ、と思いながらぼーっと眺めていると誰かがぽんぽん、と小夜の肩を叩いた。

「小夜!」
「えーっと、どちら様ですか?」

 少なくとも、艶やかで色気たっぷりの浴衣女性は自分の知り合いにはいない。

「僕だよ、僕!あるときは美青年、あるときは美青年の…」
「仙人さん!」
「あったりー」

 パチパチパチ、と笑顔で拍手した仙人は、急に真顔になって小夜の腕を掴んだ。

「ってそうじゃなくて!吸血鬼なんかのたこ焼きじゃなくて僕のとこのを食べなよ!」
「ああ、この後いこうと…」
「今すぐ!」

 小夜が仙人にずりずりと引きずられていくのを、小夜の友人たちは気付く様子もない。すっかり吸血鬼に夢中だ。
 女同士の友情はかくも儚く冷たいものなのね。なんて、芝居がかったことを思いながら引きずられていく小夜であった。
8月
 吸血鬼と仙人 祭り 3



「様子を見に、来てやったぞ」

 その青年がやって来たのは、太陽がすっかり姿を消し人工の明かりが会場を支配するようになってしばらくしてからだった。
 なぜかその周囲にだけ、闇が濃くなるような錯覚を覚える不思議な青年は静かに屋台へと近付いていく。

「おーっ!来てくれたのか、ショタっち!」
「ショタっち言うな」

 嬉しそうにする吸血鬼をうざったそうに見やる青年は、気紛れだ。と低く呟いた。

「まー何にしろ来てくれたのは嬉しいよ。で、何にする?」

 問われた青年は吸血鬼の屋台を静かに見渡し…。

「わたあめを。これで、買えるだけ」

 と、静かにお札を差し出した。


 数分後。家路につく青年の手には、十数個の可愛いキャラクターの絵が入ったわたあめの袋と、おまけのたこ焼きが握られていた。
8月
  吸血鬼と仙人 祭り 4



「ところで副社長、これって、アルバイトとかになるんじゃないですか?」

 社員がバイトって確かいけなかったよな、色々と法律上、とか思いながら、専務は聞いてみる。
 その手にはたこ焼き、はし巻き、お好み焼き。
 味は一口食べて納得。絶品だった。屋台の出し物にしては濃すぎず薄すぎず、どれも似た味に違いないのにはっきりと美味さが違う。
 ちなみにわたあめは子供がべたべたになりながら食べている。

「あーでも俺って顔広いからさ」
「………そうですか」
「そうそう。だから大丈夫大丈夫。心配しなくても新聞ごとにはならないよ」
「はぁ」

 そうですか、と頷く専務。
 何か色々と間違った道を堂々と歩いている気がするのは副社長としてどうなんだろうか。
 いやまぁ確かに大丈夫そうな気がするのだが。

 なんてことを色々と頭の中で無表情に考えた後、はし巻きをパクリとくわえた。
 屋台の味は病み付きになるものだが、自分はとっくの昔にこの間違った副社長と、謎の社長のいる会社に中毒だ。

 それでは、と屋台から離れて、妻に突っ込まれた。

「貴方、笑いすぎですよ」

 表情筋が死んでいる、とよく周りに言われる専務にとって実に不本意な台詞であった。
8月
 吸血鬼と仙人 祭り 5



 祭りがお開きになったその日の真夜中。
 とある高級マンションの一室では、勝負を終えた吸血鬼と仙人が結果発表を始めていた。

 結果。
 売り上げは、吸血鬼の勝ち。
 ちなみに、2人とも一律、300円で勝負した結果である。はし巻きも、わたあめも、ヨーヨー釣りも全て300円。その価格破壊に、周りの店からしてみればはた迷惑な2人の勝負であった。

 客数は、仙人の勝ち。
 吸血鬼が食べ物系の屋台で勝負に出たのに対して、仙人はヨーヨー釣り、きんぎょすくい、南極体験とレクレーション的な屋台で勝負したのだ。どれもこれも仙人ならではの趣向を凝らした作りになっており、他の屋台では楽しめない独特の仙人の屋台は子供から老人まで大人気であった。

「くっ…!今回は、引き分けということにしておいてやるよ!」
「それはこっちの台詞だ。来年は覚えてろよ!」

 そして、結局引き分けな2人は来年の祭りでの対決を誓うのであった。



 数年後、いくらやっても決着が付かないその祭りでの2人の対決は周知のこととなり。ある意味名物となって、小さな町内会の祭りは全国に知られるような大きな祭りへと発展していくこととなる。

 おしまい。