8月 祭り
「祭りだ!祭りの季節がやってきたー!」
「浴衣の綺麗なお姉さん!打ちあがる花火!スイカにカキ氷に、逆に熱く鍋!」
「鍋かよ!カレーあたりにしておけ」
「屋台の焼きとうもろこしとかもいいなー。はしまきとか!」
「無視かよ。てか屋台かー。以前やったな、売り上げ対決。またやるか?」
「アレは楽しかったけど、もう俺らの手がかかる範囲を超えたから却下」
「だな。なんかアレだけで1つの祭りと化してしまったもんな……」
「東西屋台対決!みたいな感じになっちゃってるもんな。もう俺らの手を離れた」
「今更加わるのもなんかヤだしな」
「あれから何年経った?」
「さぁ……10年くらい?」
「時が経つのは早いもんだな。俺ら、老けないから実感ねぇな」
「だな……」
蚊取り線香たいた縁側で大玉スイカを光速でむさぼりながらなんとなくたそがれる、そんな彼らの夕暮れであった。
8月 そうめん
「そうめん流しが食べたい!」
「あーいいなそれ」
「だろ! というわけで作ってくれたまえ!!」
「やだね、暑い。たまには自分で作れ」
基本的にあっつい日の吸血鬼は不機嫌だ。
不機嫌すぎると唐突にぶっ壊れて何をしだすか分からないから、今はまぁ機嫌がいい方なのかもしれない。
そういうわけでいつもなら真っ先にノリノリで、そーいうのを製作してくれる相棒が使えないので、仙人もたまには自分でやろうかななんて気分になってみる。
「ふっふっふ、仕方がないね。ああ仕方がない。やってやろうじゃないか君のアイス富士にも負けぬ芸術作品を!」
ふふふふふ、ふは、ふはははははははははっ!!!!!!
含み笑いから始まっての哄笑とともに仙人はどこからともなく現れて羽織った黒いマントをたなびかせて、かっこよくばさりと翻して去って行った。
いつの間にか悪の帝王がごとき壮年の男性と化している。
「………あ、やべ」
なんにも考えないで、悪の帝王と化した仙人を見送ってたっぷり1000秒くらいしてから吸血鬼は一人ごちた。
「あいつがああなるとろくなこと起こらないんだよな」
なんて思ったけど、まぁ、自分にはふりかからなそうだし、そうめん流しが食べられそうだからまぁいっかと思って、吸血鬼はそれ以上考えるのは止めた。
帰ってくるまで北極にでも行こう。暑いし。
そうして吸血鬼は部屋を出たのだった。
8月 白熊
「白熊食べに行こう!!!!」
仙人の唐突かつとんでもないことを言ったので、小夜は目を剥いて声を上げた。
「えええええっっ!?!?!?!」
「あれ、小夜ってばもしかして白熊食べたことないのー? おっくれってるぅ〜」
今宵の仙人はのりのり女子高生の仕様だ。服だって白いシャツにネクタイとチェックのミニスカと革靴。
「え、し、白熊って食べられるんですかっ…?」
「??? 食べれるに決まってるじゃん。小夜何言ってるの?」
知らないの? 頭大丈夫?
みたいな調子で言われた。ええ?
食べれるの!?
「あ、え、う、ウルスさんも食べたことあるんですか…?!????」
「? あるが、それが何か?」
「っっ?!!??!!?」
(常識!? まさか常識なの!? 白熊って食べるものなの!?!?!?!)
完全に蒼白になって硬直した小夜を仙人がいつもの通り拉致って。
「レッツラゴー!!!!!」
「おー」
彼らは旅立ったのだった。
「あー美味い。夏はやっぱりコレを食べないとな」
「だよねー。もー一個たーべよっと」
「じゃあ俺ももう一つ」
「あ、きーんきた。きーん」
「俺平気」
きゃぴきゃぴうるさい2人を見て、あとなんだか周囲が凄い目で見てるのを感じながら、小夜はスプーンを握り締めて脱力した。
「カキ氷じゃんっっっっっっ!!!!!!!!!!!」
白熊―――
鹿児島の氷菓。鹿児島ではカキ氷の代名詞として古くから親しまれている。
名前の由来についてはミルクのシロップをかけたカキ氷に、上から見たら白熊に見えるように、みつ豆の材料だった、三色寒天、サイコロ状に切り落とした羊羹、豆、缶詰のフルーツをトッピングしたことからに由来したとされる。
「ばーいうぃきぺでぃあ!」
「ま、フルーツのったカキ氷は何でも白熊だけどな」
「ちなみに僕達が食べた白熊は鹿児島の繁華街のいっちゃん有名な店の白くまだよん!!!」
「うぃきによれば750ccらしいぞ。大人でも子供でも一人で一個食べるのは結構無理あるから良い子は真似しないよーに」
「はーい、食べ切れませんでしたー、ってどこに説明してんの!?」
あえての漢字表記にしたけど、ほんとは白くま。
でもとあるアイス会社では南国白熊。
9月 エジプトっぽい?話
「台風来たねー。今回の台風はでっかいねー」
ソファーに寝転がりながらテレビを見ていた少年姿の仙人が、同じくごろごろしている吸血鬼に向かって言った。
「ですね。電車とか止まってないといいけど」
遊びに来ていた小夜が、風が強くなってきた外の景色を見ながら呟いた。いざとなったら仙人が送ってもらうつもりだから帰れるかどうかは心配していないが、まっとうな手段で帰れるかどうかは心配だ(最悪、金斗雲だなんてあやしすぎる)。
「そうだな。川や海の付近に住んでいる方々は水の事故に気をつけてくれ」
「川といえばさー。」
どや顔の吸血鬼を遮るように声を上げた仙人が起き上がり、クッションを抱きしめながら身をよじらせた。きもい。
「昔、住んでたところの近くで1年に1回必ず氾濫するでかい川があってねー。あるとき氾濫を鎮めるために若くて可愛い女の子が生贄にだされてねー。もちろん助けたんだけど、俺ってはその子に神様と勘違いされてさ!いやー、あれはいい思いをした!」
「いい思いってどんなだ?」
「そりゃもちろん!めくるめく…。ってごめん小夜にはちょっと早かったかなー」
あははははっ、と笑う仙人に若さならではの潔癖さで冷たい視線をおくる小夜。
図らずも2人に挟まれてしまった吸血鬼は、静かに冷たい汗を流すのであった。
10月 ハロウィンな吸血鬼たち
「悪いが、ドアをあけてくれ」
鼻歌を歌いながら一抱えはあるカボチャをくりぬいていたウルスは、店の外で聞こえた声にふと手を止めた。
手を拭きながらドアを開けると、そこには両手いっぱいにお菓子の包みをかかえた親友(と勝手にウルスは思っている)が顎で落ちそうな包みを押さえ、ぷるぷるしながら立っていた。
「かっ……かわいい!!」
「うるさい、そこをどけ」
あまりのことに思わず絶叫したウルスに冷たい一瞥をおくり、彼は店の中に入ると腕の中の包みをどさどさとカウンターの上に落とした。
「どしたのショタっち。こんなにお菓子もらっちゃって。今日はバレンタインデーじゃなかったよね?」
「ショタっち言うな。今日はハロウィンだ。お前だってカボチャくりぬいていただろう、とぼけるな」
「あはは、ごめんごめん。んで?ショタっちはお菓子を貰っちゃった方なの?それともいたずら対策の方?」
反省する様子もなくにこやかに話を続けるウルスに、諦めきった重いため息をついた彼は、苦々しげに舌打ちした。
「愚かな人間どもめ、この私をそこらへんのコスプレした子供と同じ扱いをしやがって。あとで後悔するがいい」
「わ〜、見事に悪役じみたそのセリフ。全然似合ってないよ?」
「なっ!?」
「ところでショタっちさ。人に貰ったものをまた人にプレゼントするのって邪道だよね?特に食べ物」
「当たり前だ。送り主の気持ちを無にするに等しい、唾棄すべき行いだ」
「で、ショタっちは今、貰ったお菓子以外のお菓子は持ってないんだよね?」
「私は甘いものは嫌いだ」
しかめっ面をした彼を、ウルスは嬉しそうに、ニヤニヤしながら覗き込んだ。
「じゃあ、安心してこう言えるよ。トリックオアトリート♪」
10月 新米
「新米の季節がやってきたね!」
土鍋に羽釜、炊飯ジャー。ありとあらゆる炊飯道具と米俵を両手に抱えて、やってきた社長は満面の笑顔でこう宣言した。
「さぁ、新米食べ比べ祭りをはじめよう!」
「こっちから順番にこしひかり、あきたこまち、ひとめぼれ、はえぬき、ヒノヒカリ、キヌヒカリにほしのゆめ」
「んでそっちからがアケボノ、ササニシキ、イクヒカリ、どんとこい、森のくまさん」
「ちょっと新米が調達できなかった品種もあるけど大丈夫!去年のだけど時間をいじって新米状態を維持してるから!」
ちょっと聞き捨てならないセリフが聞こえたような気がしたが、その場に集まった社員達は米の品種の豊富さに気を取られて気づかなかったようだ。
気づいたとしても、意味が分からないだろう。この自分のように。
「ちょっと専務!ちゃんと食べてる!?」
「は、いただいております」
「ならよかった。食べ切れなかったらおにぎりにするから奥さんに持って帰ってあげなね!」
「ありがとうございます」
「じゃまたね!」
自分には米の品種による味の違いはよく分からなかったが(きっと同じ茶碗に10種類くらい盛られているせいだ)”羽釜で炊いたごはん”のもちもち感とつややかさには驚いた。
今度、田舎の実家に帰った際には羽釜で米を炊いてみよう。たしか、ほこりをかぶった竈がまだ残っていたはずだ。子供達にも、良い経験になるはずだ。
副社長が、なぜかまぎれこんでいる女子高生にマンガ盛りのごはんを勧めているのを眺めながら、じつは結構子煩悩な専務はひとり、うむ。と頷くのであった。
11月 鍋
「鍋が食べたい!」
「あーいいなそれ」
「だろ! というわけで作ってくれたまえ!!」
「やだね、寒い。たまには自分で作れ」
どこかで聞いたような会話をしながら、吸血鬼は部屋のどまんなかに据えられた火鉢にしがみついた。細身の彼の身体には、去年海の向こうで大流行、今年は日本にも上陸してきた着る毛布がまとわりついている。
「燃えるぞ」
「本望だ」
基本的に、吸血鬼は寒さに弱い。
本格的に寒くなると、うずくまって冬眠しだすので意識がある今日はまだいいほうかもしれない。
そういうわけでいつもなら真っ先にノリノリで、そーいうのを製作してくれる相棒が使えないので、仙人もたまには自分でやろうかななんて気分になってみる。
が、ゆでる焼く揚げるだけならともかく料理となると自分の口が肥えているだけに自分の作るものがいまひとつに感じる仙人は、一昼夜考えて思いついた。
「そうだ!湯豆腐にしよう」
湯豆腐なら食材をいれてゆでるだけだし調味料とか必要ない。
素材の味で勝負だからまずは、上質な食材を調達しなくては。
「待っていろ相棒!」
張り切って出かけていく仙人を、吸血鬼の冬眠専用の棺桶だけが見つめていた。
12月 乾燥
「かーゆーいー!!」
「どうした」
静かにマンガを読んでいた仙人が突然叫びだしたので、ウルスはびくっとした。
ムチャクチャびびったがそこはポーカーフェイス。表面上はなんでもないような声を出して振り向く。
振り向いた先にいた仙人は、マイクロフリースのもこもこパジャマ姿で、鬼気迫る表情をして全身を掻き毟っていた。怖い。
「かゆい!かゆい!!ちょっとかゆみ止めないの!?」
「虫さされのか?」
「ちっがう!乾燥肌用の!」
うがぁっとほえる仙人に、吸血鬼は古来より伝わる万能クリーム『オロ○イン』を取り出して渡してあげた。
「背中塗って!」
「はいはい」
その静電気発生器みたいなパジャマをやめればいいのにとか、もっと部屋を加湿すればいいのにとか、熱湯に近いシャワーを浴びるのをやめればいいのにとか、いろいろをぐっと飲み込んで、優しい吸血鬼は赤くガサガサになった仙人の背中に『オ○ナイン』を塗ってあげたのでした。