ああ、私はなんてことをしてしまったのだろう。
 いくら彼らが人間ではないからといって、教え子を売るような真似をしてしまった。
 ……私はどうしたら良いのでしょう。




真夜中の避難訓練




 ここは夜間学校。夜中に授業がある学校だ。
 いま、ここで学校の授業が始まろうとしている。




「きりーつ」
「れーい」
「よろしくお願いしまーす」
 生徒達―――少年から老人までさまざまだ―――の挨拶に、教壇に立った教師は「よろしく」と返した。
 しかし、その動作はどこかぎこちない。
 額の汗をしきりに拭う動作は、極度の緊張にさらされているようにも見えた。
 出席をとり、欠席がいないことを確認すると教壇に手をついて話し始める。

「さて、突然だが今日は臨時の避難訓練がある。放送をよく聞いて、落ち着いて行動する
ように。」
 生徒の群れがざわめきだす。避難訓練など聞いていなかったからだ。
 と、教師が言い終わってすぐ、スピーカーからジリリリリリ…とけたたましいサイレンの音が流れた。

 生徒達の間に緊張がはしる。

 しかし、教壇に立っている教師は、いぶかしげに突然緊張し始めた生徒達を見やるだけだ。
 教室に流れる大音響のサイレンに気付く様子はない。
 生徒達に聞こえてなぜ教師には聞こえないのか……?

 それは、この教師は教室の中で唯一の人間だからである。

 教室のスピーカーから流れたサイレンは、人間の可聴音域にない音――――すなわち、超音波だったのだ。



《吸血鬼の生徒諸君に警告する。
教会関係者が校内に侵入した。生徒諸君はすみやかに退避し、所定の避難場所まで非難せ
よ。教会関係者に行き会った場合には殺害してもかまわない。繰り返す―――》

「ど、どうしたんだね?きみたち……」
 突然黙って立ち上がった生徒達に、教師が狼狽した声をあげる。
 手近な生徒の肩をたたいた。……と、

「僕にさわるな。」

 腕をつかまれた少年が腕を一閃。
 少年の爪で喉笛を掻き切られた教師は声も出せずに倒れた。
 教師が目の前で殺されたというのに、他の生徒達には動揺もない。
 教師を殺した少年の隣に座っていた青年が少年に訊いた。

「いいのか?」
「いいのさ。」

 教師を殺した少年はくつくつと笑った。

「《教会関係者と行き会った際には殺害してもかまわない》んだろ?
こいつは教会関係者だ。あの目を見たか?おどおどした小動物のような目を。おおかた、僕らの事を密告でもしたんだろうよ。今日は臨時の避難訓練なんていう予定はない。」

 この学校は吸血鬼が通う特殊な学校だ。外からは校舎が無人に見えるような結界が張られており、人間は招かれないかぎりはいることができない。
 少年は振り向き、教室の皆に呼びかけた。

「さぁ、とっとと逃げよう。
グループAは東門から、グループBは中央の門から出ろ。グループCは西門から退避せよ。
グループDは…僕と一緒にエクソシスト達を殲滅しに行く。」

 行け、との少年の命令に吸血鬼たちは一斉に散らばった。
 教室に1人残った少年は電気と戸締りを確認する。
 ゆっくりと教室を出て行きながら少年は思った。
 なぜ、教会に密告しておきながら、最後に避難訓練がある、などと警告めいたものをあの教師は口にしたのだろう…と。



2005年5月3日

オリジナルで吸血鬼もの。
一瞬なんのことだか分からなかった方もいるのでは。
それにしても夜間学校で避難訓練とかあるんだろうか…?
ともかく、読んでいただきありがとうございます♪

浅羽翠