小夜が天使と悪魔に憑かれて間もないころのお話。




 真夜中のいたずら




 小夜は今日も家が寝静まったころ、そっと家を抜け出す。
 今日はデュラの、黒い翼。
 服は艶消しの黒いワンピースで、スパッツを履き、足には黒いショートブーツ。
 上から下まで真っ黒な服装で、小夜は今日も夜の散歩を楽しんでいた。

 思うさま夜空を飛び回り、疲れた小夜が休憩場所に選んだのは、昔彼女が通っていた小学校。
 昼は賑やかであろう学校も、真夜中となればところどころに緑色の非常灯が光るのみ。
 だから彼女は、油断しきって夜の学校に自分以外の誰かがいる可能性など、考えもしなかった。




「はぁ…さすがにちょっと疲れました。運動不足です〜」
 屋上にひっくり返って星空を見ながらそう言った小夜に、呆れたような声がかけられた。

「服が汚れるよ。まったく、やんちゃなガキみたいだねぇ」

 見れば、右手を乗っ取って姿を現したクリスの姿。
 小夜に取り憑いている天使のクリスと悪魔のデュラは、小夜の手を使って自分の姿を現すことができる。
 …といっても、手にはめる操り人形のような、どこかかわいいデフォルメされた姿のみ。
 2人は、特に悪魔のデュラはこの姿をかなり嫌っていたが、相手の目を見て話したいという小夜の願いにより、こうして姿を現しているのだ。

 さて、クリスが姿を現しているのならデュラも…と、左手を見た小夜は、真剣な顔をした彼と目が合った。

「デュラさん…?」
「しっ……小夜、誰かいる」
「えっ?」
「見回りをしてる用務員じゃないのかい?」

 クリスが問うと、デュラは静かに首を振った。

「用務員が5〜6人でわいわいがやがやと見回りをするか?…こりゃ、子供だな」
「屋上まで来ないんならアタシらには関係ないよ」

 そう言うクリスに、デュラはいらただしげに首を振る。

「まっすぐこっちに向かってきてやがる。…クソッ、何が目的だ!?」

 操り人形の姿でじだんだを踏むデュラはたとえひどく怒っていてもどことなくかわいらしい。
 その姿を眺めていた小夜が、何かを思い付いたかのようにポンと手を打った。
 デュラとクリスがぶつかる。

「ぐえっ」
「うをっ」

「ああっ!ごめんなさい〜」
 2人の恨めしげな視線に貫かれながら、小夜は平謝りした。

「…それで?何か思い付いたんだろ」
 くだらないことだったら承知しないぞと暗に脅され、小夜は慌てて口を開いた。

「きっとですね、その子供たちは肝だめしにきたんですよ〜」
 ほら、もう夏休みも終わりですし。思い出を作りにきたんですね。
 そう説明する小夜をデュラとクリスは不思議そうに見た。

「肝だめし?なんだいそれは」

 そう、2人はこの世界にあまり馴染みがないのだ。だから肝だめしなんて古式ゆかしい日本の伝統を知らない。
 恐いものみたさのあのわくわくを、2人は知らないのだ。

「百聞は一見に如かずと言いますし、参加してみましょうか」

 にっこりと笑って楽しそうに。そんな提案を、小夜はした。




「子供たちが来たら、教えてくださいね」
 そう言って真っ黒な翼を広げ、屋上の出入口の上に陣取る。
 ゴムでまとめてあった長くてまっすぐな黒髪をといて、なかば顔を隠すようにして。
 わくわくしながら、小夜はその時を待った。

「そろそろ、来るぜ」

 デュラの言葉通り、屋上の扉のガラスにちらちらと懐中電灯の明かりがうつる。
 小夜はゆっくりと飛び回り始めた。

 ガチャリ。扉が開く。
 小学生くらいの男の子の顔がひとつ、またひとつとその扉からのぞいて。

 小夜を、見つけた。




 扉を開けた子供たちは、硬直した。

 見た目、不気味な夜の学校にはオバケなんてかけらもいなかった。
 怪談なんて嘘だったんだ、と始めこそおそるおそるだった彼らも、だんだん大胆になっていって。
 ゲームの話とかをしながら怪談スポットを回っていたのだ。
 そこに、屋上での予期せぬ遭遇。

 艶消しの黒い服は闇に溶け込んで、彼らにはまるで生首が舞っているように見えた。
 普通よりも明らかに高い位置にある生首が、こちらを向いた。
 子供たちと目が合った小夜はできるだけニヤリと恐ろしげに見えるように、唇をゆがめる。

 とどめの一言。

「みぃ〜たぁ〜なぁ〜」
「きゃー!!」

 出来るだけ恐ろしげに声を出した小夜に、子供たちは悲鳴をあげた。
 我先にと回れ右をして階段を駆け降りていく。

 後にはただ小夜の爆笑が響いていた。




 次の日。
 新学期が始まったその小学校では、屋上で踊る生首の噂でもちきりだったとか。




2005年9月4日

もう学校始まってるんだよなー、とか思って考えたお話。
小学校のころは夜学校で遊んでる友達とかがうらやましかったなぁ…
このごろの小学生は大人びてるので小夜の子供だましなんかにはひっかからないんだろうなぁ〜

読んでくださりありがとうございました★

浅羽翠