真夜中の葛藤
それ、の前で仙人はううむ、とうなった。
「ウスターか、とんかつか。それが問題だ」
「メンチカツにかけるものでなんでそんなに深刻になれんだよ」
箸を手にとってまさに味噌汁をのもうとしていた吸血鬼が呆れて言った。
歳の頃なら20歳前後。いつもの黒いスーツとシャツに、今女の子に人気の黒いブタと白いブタのキャラクターが可愛らしく並んでいるエプロン。
余談だが、そのキャラクターにはまった仙人が吸血鬼に押し付けたものだ。…なぜ本人が使わないのかといえば、彼は「人が着ていたほうがよく見えるじゃん」と答えるだろう。本当は、仙人が料理をしようとしないからだが。
今日の夕食は、吸血鬼お手製のメンチカツに付け合せはキャベツの千切りとトマトとジャガイモのこふき芋、それにひじきの煮物、それに加えてご飯、味噌汁、漬け物の3点セットだ。セルフで納豆もらっきょうもしらす干しも置いてある。意外に思えるかもしれないが、彼らだって別に年がら年中外食ばっかりしているわけではない。
そんな男が作ったとは思えないような豪華な家庭料理を前にして、仙人は今、真剣に悩んでいた。
ほかほか揚げたてのメンチカツ。そのままでも勿論おいしいだろうが、何かかけたほうが断然ご飯がおいしいだろう。ウスターソースか、とんかつソースか。ケチャップでもマヨネーズでもおいしそうだし、シンプルに醤油とかでもいけそうだ。
どれをかけようか迷うけれど、ぜんぶをちょっとずつかけて食べるなんてことはしたくない。それはかけたものに対して失礼というものだ。
「う〜〜ん」
「さっさと食べろよ冷めるから」
「いやだってさー」
そう、うだうだと悩む仙人に、吸血鬼はいらいらと箸を進める。別に食べるタイミング等を急かすつもりはないし、個々の問題だとは思うのだが、わざわざ作ったものがくだらない問題で冷めていくのはいただけない。全く持っていただけない。
「よっし!ここは信頼できる人にアドバイスをもらおう!」
ぽん、と手を打った仙人が取り出したのは携帯電話。慣れた手つきでメモリを呼び出し、通話ボタンを押す。
「たかがメンチカツで他人を巻き込むなよ…」
吸血鬼のぼやきも聞かぬフリ。電話を耳にあてて横を向いた仙人は、よそいきの声でしゃべり始めた。
「もしもしー。小夜さんのお宅ですかー?」
小夜は携帯電話を持っていない。仙人はどうやら小夜の家に電話をかけたようだ。電話番号をいつの間に聞き出したのか、と気にならなくもない。
「あっ小夜ー?よかったちょっと訊きたいことがあってさー」
偶然小夜が電話口に出たからよかったようなものの、彼女の母親なんかが電話を取ったのならどうやって名乗るのだろうかと吸血鬼は思った。…まさか、『仙人です』とでもいう訳にはいくまい。いくまいが、なんとなくそうしそうな気もした。なんか『名前が仙人なんです』で突き通しそうだ。
「突然だけどー。小夜ってメンチカツには何かけるー?」
さて何と彼女は答えるだろうと吸血鬼は耳をすませる。しかし電話口の小夜の声は小さく、彼女が何と言ったかとまでは聞き取れなかった。
「そ、そうなんだー…。わかったー。うんごめんそれだけー」
「どうなんだ?!」
ピッ、と電話を切って微妙な顔をしている仙人に勢い込んで吸血鬼は訊ねた。
「薄味派だとは思ってたけど……塩、だってさー」
「塩!?」
そりゃ意外だ。
「シンプルすぎるだろう…」
ぼやいた吸血鬼を尻目に、キッチンに入って小皿に塩を取ってきた仙人はメンチカツの皿の横にそれを置いた。
「ちょっとずつつけながら食べるのが通、なんだってさー」
せっかくだから試してみようと言う仙人に、吸血鬼もメンチカツに箸をのばす。
彼らがその日の食卓にどんな感想を持ったかは、皆様の想像にお任せしよう。
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