いつものように、外に出て。
いつものように、空を飛び。
でも今日は、いつもちょっと違う夜。
真夜中のお土産
小夜がそれを受け取ったのは学校から帰ってきてから。
朝、小夜の母がポストを覗いて、それに気付いた。
真っ白な封筒。
住所も切手もなくて、表にはただ『小夜様へ』と書いてあった。
裏には『仙人より』と書いてあった。
「いたずらか何かなんじゃないの?変なのだったら捨てなさいよ」
手紙を渡しながら、小夜の母はそう言った。
小夜は首をかしげながら受け取って、裏を見て笑顔になった。
「笑うってことはラブレターかなんか?小夜も隅におけないわねぇ」
娘のプライバシーは覗かないわよと笑ったけれど、ちょっと中を見たそうだった。
自分の部屋に戻って、はさみでそっと封を開ける。
中から出てきた白い紙は、小夜の手の中で小鳥になって、小夜の小さい部屋をぐるぐると飛んだ。
「今夜12ジ、学校デ待ッテルヨン♪」
言い終わると小鳥は小夜の指にとまり「クェーッ!」と一声鳴いて小夜の耳を潰してから白い紙に戻った。
「すごいけど、今耳きーんっってした…」
「いつの間に小夜の家を調べたんだ、あのやろう」
左手に現れたデュラが忌々しげに言った。
「こんなことが出来るだなんて、仙人ていうあいつはただの人間じゃないのかもねぇ」
しみじみと言うクリスの頭をぺしっとデュラが叩いた。
「んなの見ればわかるじゃねぇか。明らかに人間の気配じゃなかったぞ」
「小夜が危なくなければそれでいいんだけどねぇ」
「あいつは警戒するべきだと思うぞ」
『で、行くの(か)?』
さんざん言い争いながら言うことは一緒の2人に、小夜が苦笑する。
「行こうと思うよ」
『行くの(か)!?』
「うん、あの人面白かったし、悪い人じゃないと思うよ。子供に見えるけど、半分くらい大人な感じがする」
「…小夜は頑固だからなぁ、止めても行く気なんだろ?」
ため息混じりにデュラが呟けば、
「止めないけど、危ないと思ったときは無理やり連れて帰るからね?」
クリスが笑顔で念を押して、その日の夜の目的地は決まった。
「お、来た来た。やっほー」
真夜中、小夜が学校に近づけば屋上でくつろいでいた仙人と名乗る少年がぶんぶん手を振った。
「こんばんは」
「来てくれると思ってたよ♪さ、座って座って」
示されたのは屋上のふちに置かれた座布団。
仙人が持ってきたものだろうか、嫌にレースやらフリルやらでびらびらなのが夜目にも分かった。
「こ、これ…?」
「女の子だからこんなのがいいでしょー?あ、趣味じゃなかった?」
「いえ、ありがたく座らせていただきます…」
「あ、横から座ると足が引っかかって落ちるからね。気をつけてー」
じゃぁなんでこんなとこに座布団が置いてあるのか。
なんとかかんとか小夜が座ると、仙人はその横に置いてある座布団に胡坐をかいて座った。
「はい、お土産」
ほい、と差し出されたものは『博多通り○ん』。
絶句した小夜そっちのけで、仙人は封を開けて食べ始める。
「おいしいよー。食べないの?」
「え?お土産?」
「うん、福岡行ってきたんだー。コレ食べたくなってさ」
時々無性に食べたくなるよねーとか言いながら16個入りの箱をどんどん空にしていく自称仙人。
「通り○んの為に福岡まで行ってきたの!?」
「うん。ついでになんか有名な屋台のラーメンで一杯やってきたよ」
「屋台のラーメンがついで!?」
驚いている小夜を傍目にどんどん箱を空にしていく自称仙人。開けられてないのはあと5箱ほど。
開けられているものはその3倍はあるが。
「ほら、食べないと全部食べちゃうよ?」
「うぁっ、はいっ、いただきます」
ぱりぱりビニールを開けて食べれば、中には黄色みがかった白餡が入っている。
「この白餡てさ、バター使ってるんだってー。他にはない味だよねー」
白餡がしっとりしててさー。
うまいうまいと言いながら更に箱を開けていく仙人。
「あんまり食べ過ぎると胸焼けするよー」
と言っている本人が一番食べている。…という突っ込みを小夜はお菓子とともに飲み込んだ。
「なんか飲みたくない?」
「?」
「あまいものばっかり食べてるからさー、しぶーいお茶とか飲みたいよね」
「あ、確かに…」
通り○んはかなり甘い。
しかも何も飲まないで食べているから結構こたえる。
「よし!買ってこさせよう!」
誰に?
…と小夜が問う前に、仙人は背中から携帯を取り出してどこかにかけはじめた。
ぷるるるる、ぷるるるる…
コール音が静かな屋上に響き渡る。
「あっ、おれおれー。なーなー、お茶買って来てー」
「…どこって、屋上。でぇと中だよー」
「そう言うなってー。ちゃんと紹介するからさー」
「え?うーん、お茶と…小夜、何が飲みたい?」
いきなり話を振られて小夜は慌てた。
「え、えと、無糖の紅茶で」
「無糖の紅茶ねー。自分の分も買って来いよー。あと、早く来ないと通○もんなくなるぞー。じゃっ、よろしく!」
ピッ、と電話を切って。
「大丈夫、すぐに届くから〜」
「あ、はい…」
しばらくして。
バン、と屋上のドアが開いてホスト風の男が駆け込んできた。
「通り○んはまだ残ってるか!?」
「いらっしゃい、ウルス。にしても第一声がそれ?小夜になんかないわけ?」
仙人が呆れた声を出してたしなめる。その言葉でようやく彼は小夜に気付いたようだ。小夜を見てちょっと吃驚した顔をした。
「…はじめまして」
「は、はじめまして!」
慌てて小夜も挨拶を返す。
ウルスと呼ばれた男は20代前半に見えた。明らかに外国人と分かる彫りが深い顔立ち。ブランド物っぽい細身のスーツを着て、手にはコンビニの袋を提げていた。
「…茶屋、閉まってた」
そう言いながらコンビニの袋からペットボトルのお茶やら紅茶やらを取り出す。
そして積みあがっている通り○んの箱を一つ取って袋に入れた。
「ちょっと用事があるんでこれで失礼する。…お嬢さん、自己紹介はまた機会があったときに」
優雅にお辞儀をされて小夜も慌ててお辞儀を返す。
「いっいえ!お気をつけて!」
そしてウルスはまた屋上のドアを開けて帰っていった。
「慌しいヤツだなー」
仙人の呟きがまた静かになった屋上に響いた。
あっという間に食べ終わって。
「…あの、今日呼び出した用事というのは……」
ゴミはゴミ箱へー、なんて言いながら空になった箱をゴミ袋に詰めていく仙人に、小夜はおそるおそる話しかけた。
「あ、これだけー」
「えっ、本当にこれだけ!?」
小夜が聞き返すと、仙人はいかにもばつが悪そうな顔をした。
「あー、本当はさっきのヤツを紹介したかったんだけどね、授業が抜け出せなくて」
「授業?用事って授業だったんですか?夜間学校か何か?」
そう聞いたけれど、12時までやってる夜間学校なんてあるはずがない。けれど仙人が「さっきは休憩時間だったからさー良かったけどー」と呑気に言うので、小夜は困惑する。
「本人がいるときに紹介するよ。なんか説明しづらいし」
そう言ってゴミの袋をサンタクロースのように肩に担いだ仙人は、片手を小夜に差し出した。
「せっかくだから、送るよ」
そんなわけで小夜は、ちょっともやもやしながらも、仙人と仲良く金斗雲に乗って帰ったのだった。
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