両親がすっかり寝静まった午前0時。
 小夜はそっとベッドを抜け出した。





 真夜中の散歩





 枕とクッションで、ベッドにふくらみをつくる。…真ん中らへんにくびれを作るのが、コツ。

 音を立てないようにクローゼットを開けて、隠してあった白いワンピースと靴を取り出す。
 …白いシンプルなワンピースを選んだのは、白い翼を広げたときに天使に見えるから。
 それと、特徴のある服装で自分の正体を探られないよう。
 靴は黒い、エナメルの靴。両親に内緒で買った、お気に入り。

 最後に部屋の小さな明かりを消して、そっとカーテンを開けると夜の世界の扉が開く。
 青白い月の光に思わずため息をつく。

 空はライトがいらないほど、明るかった。




 翼を広げて空を飛ぶ。今日はクリスの、白い羽根。
 夜こうやって抜け出して、空の散歩をするのが小夜の密かな楽しみだ。
 日常の何もかもを忘れて、ただ頬を掠める風の感触を楽しむ。
 青い光に照らされた街は、まるで別世界のよう。

 思うさま飛び回って、満足した小夜は疲れて神社の屋根に降り立った。
 寝転がって夜空を眺める。街灯のない神社からは星がよく見えた。

「サヨ、あんたはこの生活に満足かい?」

 呼びかけられてふと右手を見ると、クリスが右手をのっとって姿を現していた。
 見た目には、デフォルメされた天使の操り人形が右手にかぶさっているように見える。
 そう、子供向けの人形芝居なんかで使われている、口が大きく開くやつだ。
 外見はなんだか間抜けな天使の人形だが、これはただの人形ではなかった。

 小夜の意志とは関係なく、動くのだ。

 ふと、左手を見るとこれもデフォルメされた悪魔の人形が心配そうに小夜を見ていた。

「おれ達がお前に負担をかけているんじゃないかと、心配だ」
「アタシ達があんたに憑いてるせいで、体調がすぐれないとかは、ないかい?」

 交互に話しかけられて、小夜はなんだかうれしくなった。
 この2人は事故で、小夜に憑くことになった。
 しかも、2人一緒に。

 本来ならば近くにいることさえ嫌がる天使と悪魔が、1人の人間に。

 本人達にとっては不本意であるはずのことなのに、こんなに小夜を心配してくれる。
 自分達が小夜の精気を使いすぎてはいないかと。
 常に2人と一緒にいなくてはならない、息苦しさはないだろうかと。
 両親や友人に隠し事をしなければならなくて、つらくはないかと。

 それを聞いても彼らにはどうしようもないことなのに、それでも心配してくれる彼らの心がこんなにも嬉しい。

 だから小夜は彼らにそう聞かれた時にはこう、答えることにしている。
「大丈夫よ。あなた達がいるおかげで、私はこうして空の散歩ができる。知らない世界を覗くことができる。」
 いたずらっぽく、夜遊びも簡単にできるしね、と付け加えて。

「あなた達のおかげで、こんなにも楽しいわ」

 そう、このままずっとこんな生活が続けばいい。
 3人で一緒に夜の散歩をして。
 満月の日にはあの人に会って。
 これは、素敵な秘密。

 夜は、こんなにもたのしい。




2005年8月3日

1度でいいから、こういう空の散歩をしてみたい!
そんな願望が詰まってます(笑)
空を飛ぶのは小さい頃からの夢だったんです。
小夜ちゃんは天使と悪魔に憑かれちゃった不運な子。
本人はそんなに深刻に考えてないので2人の取り越し苦労というか…(苦笑)

浅羽翠