真夜中の墜落
……もうちょっと、年が下なら好みなんだが。
目の前で気絶している少女を見下ろして、彼―――吸血鬼は、思った。
彼のモットーは「好みのタイプと好きな食い物は別」というものであるからして、好み、というのはもちろんエサとしてであったが。
「頑丈なコだね。あれだけおもいっきり墜落したのに骨折ひとつしてないよ」
吸血鬼の脇にしゃがみこんで気絶した少女をしげしげと観察――本人は診察、と主張したが――をしていた子供は、吸血鬼を見上げてそうのたまった。
なぜかその子供は真っ黒なワンピースにとんがり帽子、片手には小枝を束ねた箒を持っている。
まるで……いや、魔女そのもの、といった格好である。
子供の外見に反してその口調、しぐさは妙に大人びている。その年頃のこどもにあるべき無邪気さが、カケラも見当たらなかった。
と、2人が観察している少女がううん……とうなって身じろぎをする。
「ほら、そろそろ目覚めるよ。今のうちにこのコに誠心誠意謝るかそれともとんずらこくか、決めておいたほうがいいと思うけど?」
「もとはといえば、『箒に乗って空を飛びたい!』なんて言いだしたお前のせいだろーがよ」
ホスト風に格好良くセットした頭をがしがしかいて、吸血鬼は苦虫を噛み潰したような顔をした。
ことの始まりは約2時間前に遡る。
「空を飛ぶならやっぱりホーキだろ」
そう、真っ黒なワンピースととんがり帽子、とんがりブーツに身を包んだ女の子は言った。
ノースリーブで膝上30cmのミニスカワンピを着こなした自称『美少女』は、背の丈よりも大きな、どっから持ってきた的なレトロな箒を抱えてふんぞり返る。
「っつか、古っ。つーか魔女っ子衣装きしょっ!」
ソファーにだらしなく寝そべっていた吸血鬼の青年はそうのたまった。
やけに爽やかなホスト顔負けの美青年吸血鬼だ。
しょっぱなから全否定された女の子は、かわいらしく唇をとがらして吸血鬼に文句を言った。
「や、古くないだろ。きしょくないだろ。っていうかバリ似合ってるだろ。んでこないだ箒に乗ってるやついたぞ?」
「再放送じゃねーの?魔女の宅○便?」
「や、魔法使いア○ス」
「あーそれ、知らないわ。今度DVDに落としといて」
言う吸血鬼をまるっきり無視して女の子はつづけた。どーせ放っといても自分でファイルを探し出すなりDVDに焼くなりなんとでもするのを女の子は知っている。
「んでよ。ま、今はホーキな時代なわけだ」
「お前の脳内だけな」
「だからホーキで飛んでみようぜ?」
「なんで疑問系なんだよ。ってか一人で飛んでろ」
「ま、飛べない吸血鬼さんには酷な話だろうけどー」
まるっきり聞く耳持たない女の子に彼はこう言うしかなかった。
「せめてその箒、ちいさいやつにしとけ」
と。
もちろん、その主張も聞き入れられることはなかったが。
「おーい。ウルスー?もどってこーい」
笑いを含んだ女の子の言葉に、はっと吸血鬼は我にかえった。
そうだ、どうしても箒で飛ぶんだと言い張るヤツに付き合って、跳んで追いかけていたら知らない少女をあろうことか、踏んづけてしまったのだ。
着地間際の出来事だった。
やけに着地点が高いな、と思っていたら足元から「ふぎっっ!」という悲鳴(?)が聞こえたのだ。
少女は黒ずくめの格好で、背から黒い羽を生やして飛んでいた。
どちらにしても、ただ者ではあるまい。そう、自分の傍らで魔女の格好をしているコイツのように、近づいたら最後面倒ごとに巻き込まれまくるに違いない。
そう判断した吸血鬼は意を決して女の子に言った。
きっぱりとした、男らしい断言だった。
「逃げるぞ」
「おー」
そして、2人は横たわる少女を置き去りにしてとんずらこいたのだった。
………まさか、目撃者がいるとは思わずに。
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