『眠りの城の王子様』






 むかーしむかし
 あるところに呪いにかけられた王子様がいました

 一言に呪いと言っても色々あります
 カエルになった王子様
 野獣になった王子様
 眠り続けるお姫様

 この王子様の呪いは15になったら眠り続けるというもの
 王子様が15の誕生日を迎えると同時に お城全体が眠りにつきます

 王子様にかけられた呪いは それともう一つ
 その容姿は とても とても 醜かったのです

 目は離れており 小さな一重瞼
 鼻は叩いてつぶしたような ブタ鼻
 唇は腫れ上がったかのような 分厚くて大きいたらこ唇
 歯並びはとても悪くて 上下左右の歯がガタガタ
 輪郭は角張っていて えらが目立つし
 顎はくっきり2つにわれている
 頬はそばかすとにきびで覆い尽くされ
 墨を落としたような黒い髪は くしも通らないような頑固なちぢれ毛
 土踏まずのない足はべったりと平べったく 短くてがに股

 さて この王子様の呪いの解呪法
 それは上記した呪いに掛かったお姫様や王子様と同じものでした
 異性による真実の愛と心からのキス

 ただ その方法が分かっていたとしても
 誰がこんな醜い王子を愛するでしょうか
 誰がこんな醜い王子にキスできるでしょうか

 自分の醜さに打ちのめされた王子様は人に会うのを拒み
 父と母 それとほんの少しの世話役と話すばかりでした
 呪いは王子様の15歳からの未来だけではなく
 15歳までの楽しい少年時代すらも奪ってしまったのです

 可哀相な王子様を不憫に思った者達は 彼と共にお城に残ります
 王様だけは 国を治めるためにも城の外に仮の屋敷を作らせました
 王子様が15になる前に 城が機能しなくなっても王様が国を治めることが出来るように 準備は着々と進んでいました

 やがて王子様は15の誕生日を迎えます
 その前日からお城はてんやわんやの大騒ぎでした
 次はいつ目覚めるとも分かりません

 今日ばかりは全部の仕事はお休み
 愛を誓いあう者
 一番良いドレスで着飾る者
 一番良いお酒を蔵から出してくる者
 とても豪華な食材で作られたごちそうを食べる者
 今日ばかりは身分の違いも関係ありません

 そうして王子が生まれた時間になると 城はあっという間に静まり返りました
 先程までの騒ぎはまるで嘘の様
 まるで世界が死んだような静寂です

 王様はその様子を外からじっと見ていました
 王様を守る騎士も
 王様を支える大臣も
 じっと じっと お城を見ていました
 彼らの大切な人も中で眠っています
 彼らは国を支える為に王を助ける為に 気持ちを殺し城の外で耐えていたのです

 一日中城を見守っていた王様達は 日付が変わると同時に城の中に足を踏み入れました
 くったりと 今にも目を覚まして喋りだしそうな様子で 誰もが眠ってました

 その日の内に王様はおふれを出しました
 それはかねてから計画していた通り 王子様を目覚めさせた女性には どんな願いも叶えるというものでした
 地位も お金も 名誉も
 望むものならなんでもです

 沢山の女性が王子様の元を訪れました
 沢山の女性が王子様にキスをしました

 けれども
 王子様を見た瞬間に顔を背ける者
 気分を悪くする者
 吐き気をもよおす者
 そんな者達に真実の愛がありましょうか
 そんな者達に心からのキスが送れましょうか

 キスも出来ずに倒れる者や キスを拒み泣き出すものまで現れる始末でした
 キスをしても目覚めないと知るや 王子様に害を及ぼそうとするものも現れました
 そうして王子様は目覚めず

 ―――かくして5年の歳月が過ぎたのです

 王子様の呪いはとけません
 城の者達は眠ったまま
 外見だけは成長し 王子様は20の年になりました

 王子様が20になった時 1人の少女が城を訪れました
 顔も服も泥や汗やほこりや垢で汚れていて とても汚らしい少女でした
 少女と判別出来たのも 王子様との面会が目的と言うからです
 少女のぼさぼさの髪からは 歩くたびにフケとシラミが飛びました
 生ゴミをぶちまけたような異臭を放ち 骨と皮で作られたような身体をしていました
 何もはいていない裸足の足は 血豆が沢山出来ていました

 女性であるなら 王子様の元へ案内することを命じられている世話役も つい顔を歪ませてしまいました
 これまでどんな女性が現れても 彼は無表情を崩しませんでしたが 鼻が曲がるような異臭と 尋常で無いあり様には驚かずにいられませんでした
 女性の顔を見て顔を顰めた非礼を少女に詫びると 少女は小さく笑いました
 少女は盲目で何も見えません
 だから謝らなくても大丈夫だと言いました
 少女には真正面にいる世話役の表情など分からないのですから

 それでもすみませんと世話役は生真面目に謝ったので 少女はもう一度笑いました
 瞳が見えなくなるまでに細めて嬉しそうに笑いました
 目の見えない 小汚い少女に礼節を尽くす人なんて普通いないのです

 案内されて王子様の前に立った少女は手を伸ばして その顔を探しました
 両手で顔中を探って触れて 唇に指を這わせました
 そうして目の見えない少女は王子様の醜さにひるむ必要もなく 腰をかがめました
 小さな小さな汚れた唇を 少女の3倍はある王子様の唇に合わせます
 とても とても 長い間そうしていました
 王子様の唇も少女の唇もがさがさで 肌もぼろぼろ 髪はぐちゃぐちゃ
 とても醜い2人のキスはとても長く
 たっぷり数分を世話役が数えた後 王子様が目を覚ましました

 目が覚めた王子様は なんと絶世の美男子へと姿を変えていました
 呪いの解けた王子様の本当の姿です

 目はぱっちりとした二重で 頬に影を落とすような長いまつげ
 鼻はとても形の良い 高いスマートなもの
 唇は薔薇のような華やかな桃色
 真っ白な歯は形も並びも良く 光の反射で今にも光りだしそうです
 輪郭は細く 縦に長い卵型
 すっとした顎は 細すぎず太すぎず
 頬は真白く滑らかに しみ一つなく
 艶やかな黒い髪は 真っ直ぐなストレートで肩の上からしずくのように零れる
 細く長く伸びた足 バランス良く整った体

 神の与えた最高傑作のような
 触れれば壊れてしまいそうなほど 完璧に整った美貌
 見た瞬間誰もが動きを止めてしまいそうな 人間離れした造作

 とても美しくなった王子様はうっすらと目を開いて 自分を起こした少女を見ようとしました
 けれどもまず鼻の曲がるような異臭に ぐっと左手で胸を押さえ右手で顔を覆います
 超よ花よと育てられた温室育ちの王子様に 生ゴミの匂いなど分かるはずもありませんが
 とにかくその吐き気すらもよおすような匂いに 少女から顔を背け 肩口を掴んで引き離しました
 少女は何も言わず 嬉しそうに笑います
 これで少女の願いは叶うのですから

 王子様は何を言うよりも先に部屋を出て 世話役に後を託しました
 今はとにかくこの場を離れたかったのです
 よろよろと部屋を出た王子様を沢山の人間が迎えました
 王子様の呪いが解けると同時に 城全体の呪いも解けたのです
 なんとも美しくなった王子様に誰もがどきもを抜かれ また世話役に連れられた少女に唖然としました
 少女の現れるのと同時に放たれたとんでもない異臭に 人垣が割れました
 ぽかんとした顔が王子様と少女の間をさ迷います

 世話役は無表情で彼女を連れて 手入れのしっかりなされていた大浴場に向かいました。
 少女は城で働く侍女達にもみくちゃにされ あっという間に服を(と言いましても一枚しか着ていませんでした)脱がされ 薔薇の香りがする透き通ったお湯の中に入れられたのです

 ごわごわの頭をとても上等な石鹸で洗われます
 1回目は全く泡立ちませんでした
 2回目は少しだけ泡が立ちました
 3回目にようやく泡が泡らしくなりました
 4回目には沢山泡立ちました

 そうこうするうちに 2人がかりで身体を隅々まで洗われ 沢山の垢が出てきました
 その垢にびっくりした侍女が何かを命じ 他の侍女がタオルのようなもので少女の身体を擦りだしました
 ひりひりするような痛みと 何人かがかりで体中を洗われることに 少女は何も言えず人形のようにかちこちに固まっていました

 泡を全て流され 身体を万遍なくふき取られます。
 丁寧に髪も乾燥させ 何度も何度もくしが往復しました
 次に不思議なクリームのようなものを2人がかりで塗りたくられます
 髪に塗るものと 身体に塗るものは全く別なものの様で部屋全体に甘い香りが満ちました

 艶など一つも見出せなかった 不潔な髪のフケとシラミは全て取り除かれ
 本当の髪の色らしき明るい茶色が姿を現しました
 ぎとぎとの油でべったりとしていた髪は 本来の髪質を思い出してふわふわと緩いカーブを描きました
 泥と垢とほこりで汚れ放題だった体は磨きたてられ 少女らしい滑らかな肌が見えました
 汚れや髪でよく見えなかった顔も 本来の顔立ちを取り戻しました
 華やかな顔立ちではありませんでしたが 特に醜いわけでもありませんでした
 痩せこけた頬と身体は 少女というよりは子供のものの様でした

 侍女の1人が少女に年を聞くと 子供のような体格の少女は17と答えました
 完全な栄養失調で完全な成長不良です
 侍女達は驚いて 自分達の娘と少女を重ね 涙を零しました
 一体どんな生活をすれば こんなに痩せこけてしまうのか 彼女達には想像すら出来なかったのです

 侍女達に着せられた服は子供用でした
 身体の小さい少女に合う服はなかったのです

 涙と共に送られた少女は 待っていた世話役に連れられ豪華な廊下を歩きます
 ふかふかの絨毯の感触も 室内なのに全くぶつからない広い廊下も どれもこれも少女の知らないものです

 やがて大きな扉が見えてきました
 2人の騎士が扉を守って立っています
 世話役と少女を見ると 騎士達は同じタイミングで敬礼し道を譲りました
 
 世話役がノックをすると透き通るような美声が返事をしました
 ちなみに以前まではしわがれただみ声をしていたのですが 体型から変わった王子様は喉もまた変わり 声までも変わったようでした
 少女にとっても世話役に対しても大きすぎる扉を開いて 広すぎる部屋の中 艶やかな黒髪の王子様が振り向きます
 女の子なら卒倒してしまいそうな美貌ですが 見えない少女にはやはり関係なく 人の気配に反応して顔を上げました

 それと同時に世話役が扉を閉じて 少女は少し不安に思いました
 この城に来て初めて出会った世話役の人は 目の見えない薄汚い少女に対してもとても親切で とても生真面目に接してくれました
 少女にとってそんな風に接してくれた人は これまで1人もいなかったのです
 少しだけ世話役の閉めた扉を振り返って けれども王子様のいるであろう方へ顔を戻しました
 これで少女の願いも叶うのです

「お前が、余を眠りから起こしたそうだな。出来れば寝た時点でさっさと起こして欲しかったが…。まぁ、感謝する。礼は何がいいか。何でも言うがいい」

 なんとも愛想のない王子様の言葉に少しだけぽかんとしてから 少女は口を開きました

「ではお金を下さい」
「ほう。金か。そんなものでいいのか」

 少女は少し眉を顰めました
 なぜなら少女はお金のためにここまできたのです
 お金のために城にまで来て 案内役に連れられて 王子様に会ったのです
 お金がかかってなければ わざわざこんなところまで来ません
 少女にとっては毎日を生き延びる事だけで精一杯なのです

 そう この盲目の少女 真実お金を愛していました
 ですから王子様(の持つお金)を真実愛し 心からのキスを王子様に送ったのです

「…そんなものが欲しいからここまで来たのです。手早くお願いします」
「どれくらいだ」

 少し少女は迷って

「人が2人…何もしなくても暮らせるくらい、です」
「2人?」
「母がおります」
「ほう。では余がじきじきに迎えに行こうではないか」

 そう言う声がとても弾んでいて 少女はぽかんと口を開きました

「…は? え、いえいいです。とんでもありません」
「何を言うか。これから共に暮らすのだ。余が行かぬで誰が行くと言うのだ」
「……………はい?」
「なんだ。何か疑問があるのか」
「…あり過ぎです。何故共に暮らすのですか」
「当たり前であろう。義理の母君ともあろうものを城の外に住まわせるわけには行くまい」

 今度こそ少女は仰天して 小さな拳をぎゅっと握り締めました
 みるみるうちに顔が青ざめます

「ちょ…! ちょっと待ってください!! な、なんの話ですか!? 何を考えているんですか!? ぎ、ぎ、義理の母って………っっ!?!?」
「余とそちが結婚するのだから義理の母君で間違いなかろう」
「けっ!?」

 少女の青ざめた顔に今度は血が上って あまりの衝撃の大きさに口をパクパクと開くばかりです
 少女にとっては寝耳に水 意味が分かりません
 けれども王子様にとっては当たり前の事を言っているだけなのです
 王子様の知る物語の中では いつも呪いを解いたお姫様と王子様は結婚して 幸せになるのが当たり前なのですから

「ど、どうして、私と王子様が…けっ結婚しないといけないんですか!?」
「余はそちのキスで目覚めたのじゃ! そちは余を愛している! そして余もまた目覚めさせてくれたそちに感謝しておる。愛しているのだ!」
「それは何かの間違いに決まっています! 手違いです!」

 感情の起伏が大きすぎて 恐慌状態に陥っている少女は思いっきり王子様の言葉を否定しました
 少女は王子様のもたらすお金を愛しているのです
 それにまだ会ったばかりの王子様が 少女を愛している筈がありません
 一目ぼれという言葉はありますが 王子様が目覚めたときは一目も少女を見ませんでしたし 少女は王子様の顔も何も見えていません

「なんと! では何故余は目覚めたのだ! そちが余を愛していたからであろう!!」
「勿論(お金を)愛していますよ!!」
「そして余はそちを愛している!!」

 はたから聞いていれば とても仲のいいカップルの言い争いにしか聞こえません
 この叫び声にも近い愛の告白を聞いて こっそり聞き耳を立てていた扉の外の騎士達は慌てて職務に戻りました
 馬に蹴られてはたまりません
 ちゃんと2人の話が聞こえたのは ここばかりだったので完全に誤解していました

「だっだから! それは間違いです! 王子様がこんな痩せっぽちで小汚い子供を好きになるわけないじゃないですか!!」
「何故言いきれるのじゃ! 第一、余はこの国で一番醜かったのだ! そんな余を愛してくれたのはそちだけなんだぞ!!」
「醜いなんて言われても私は見えません! それとこれとは全くの別問題です!!」

 息を切らせて ぜーはーぜーはーとにらみ合う2人でした
 特に王子様は5年ぶりに起きたばかりですし 元々あまり体力がないので酸欠状態です
 フラフラしながら 扉の外に待機しているはずの世話役を呼びます
 聞き耳を立てる騎士達を 呆れながらも無表情で見ていた世話役が扉を開きます

 王子様は飲み物を所望して 少しの時間をかけて戻ってきた 世話役の持つコップをひったくるようにして飲みました
 世話役から少女もコップを渡され 甘い香りのする不思議な飲み物を飲み下しました
 2人ともあっという間にコップ一杯分を飲み終わり その頃には大分頭が冷えてきました

 なんとはなしに少女は笑って つられるようにして王子様も笑いました

「よし、ではそちと余が結婚するなら、いくらでも金を出そう。そちと母君が一生何もしなくても遊べるだけの金だ」

 少女は少し迷って けれども王子様の言葉は 結婚をしなければ金を出さないと言っているようなものでしたので 力強く頷きました

「じゃあ結婚しましょう」

 お金を愛する盲目の少女はきっぱり断言したので とても美しく生まれ変わった王子様は満足気に頷きました
 そうして 沢山ある呪いのかけられた王子様やお姫様の物語と同じように 2人は末永く(?)幸せに(?)暮らしたのでした


 めでたしめでたし








 



 2007年6月2日
 +++++++++++++++++++++++++++++++++
 絶対末永く幸せにいきそうにない感じのオリジナルな眠り王子様。
 えせ童話風第2弾。
 『眠りの森の王子様』という言葉を急に思いついた所から出来ました(笑)
 でも書いてみたら森が出てこなかったのでお城でuu
 色々自分で突っ込みながら書いていました。
 皆お人よし過ぎます(笑)

 なんだか結構長くなりました。
 読んでくださってありがとうございましたvv
 呪われた王子様と盲目の少女に感想など頂けると、すっごく嬉しいです。

 空空汐