『遠い親友』
ふ、と一つに炎がともれば、それに呼応するかのように、幾つも幾つも炎がともる。
乱れた息を落ち着けて、炎の中瞳を細めた。じわりじわりと腕を動かし…
キィ ン ―――
空気が震えた。
―――ぃぃん
余韻が空気に残る。
細く長く、糸のように息を吐いた。僅かに肩の緊張がほぐれ、乱れた世界が静かに落ち着いていく。長い黒髪がそれを惜しむように、ふわりと風に揺らいだ。
ザッ
ぐらり、と影が傾ぐ。今、まさに黒髪の主に襲い掛からんと近づいていた忍。眉間、喉、心臓の3つの急所に深々とクナイを突き刺し、地に崩れ落ちる。
ポゥ…と火が灯り、すぐに赤々と燃え上がる。ゆらゆらと燃えつづける炎の中心に立つ黒髪の主。長い黒髪を炎に照らし、白い狼の面を赤く染めながら、周囲を見回す。先程まで幾らも存在した炎の柱は、既に目の前にあるもののみ。
わずかな息を吐く。ざぁ、と長い黒髪が強風にあおられる。暗部面の内部を伝う汗の感触に、暗部面を顔から外した。
…いや―――外そうと、した。
外されかけた暗部面は、偶然にも首に突き刺さろうとしたクナイを弾き飛ばし、その意味を理解すると共に愕然とする。
全く、気付かなかった。
実際に自分の間近までクナイが姿を現すその瞬間、まさに突き刺さるその瞬間になってまで、気付かなかったのだ。
もし、暗部面を外すタイミングがずれていたら…確実に死んでいた。
「…っっ!」
身体中を今更ながら緊張が襲い、背を汗が伝う。
一瞬にして鳥肌のたった身体を動かし、チャクラを練り上げる。そのチャクラは瞬時に結界を織り上げ、衣のように身体を纏う。慎重にチャクラの糸を張り巡らし、相手の居場所を探った。まずは、相手の位置を知らなければ手の打ちようがない。否、手はあるが、今現在のチャクラでは使うことが出来ないのだ。
予想以上に消費している己のチャクラに愕然としつつ、チャクラの糸を微細に操る。その糸に、僅かな動きがあった。
(…上?)
見上げた先に一つの影。暗闇に混ざる漆黒の姿。
迷うことなく腰からクナイを抜き取り、放り投げる。チャクラを両の手にため、構えをとる。本来近距離の戦闘を得意とする黒髪の主は、飛び上がろうと足に力を込め…一気に身体を反転させた。
瞳に写る凶刃をすれすれで交わす。クナイの向こう側に見える忍の姿に、とっさに両の手のチャクラを眼前で固め、一方方向に向かって爆発させた。爆発させた本人は飛び去り距離をとる。
爆炎に飲み込まれた忍から視線を離さず、身体の緊張も解かない。
(…おとり)
その言葉が浮かんだ瞬間に、チャクラの糸が、りん、としなった。
「!!」
瞬時に影分身と身体をわけ、走り出す。最初の2体はただのおとり。本体は遠くで高みの見物だ。
狼の面の下、唇を舐めた。張り巡らしていた捜索のためのチャクラを、攻撃用に切り替える。視覚外であったその糸は実体化し、鋼の輝きを得る。
頑強な硬さとしなやかな動きをもつチャクラの糸は、確かな手応えをもって敵の身体を切り裂いた。
ざっ、と距離を詰めてそれを視認し…息を呑んだ。
「罠っ!」
人の形をしたそのチャクラの身代わりは、見事なまでに人の斬り応えを演出し、それに嵌められた黒髪の主をあざ笑うかのように笑っていた。
括り付けられた起爆札が幾つも幾つも爆発した。
土はえぐられ、煙が上がる。風が吹き、煙を吹き飛ばした。
そこには誰の姿もない。
黒髪の主の姿も、襲った忍の姿も。
その光景を、遠く離れた場所で見ていた影があった。
金色の髪をさやさやと風に揺らし、くすり、と笑う。悪戯に輝く翡翠の瞳が、幾度か瞬く。
「久しぶり、ヒナタ」
口からこぼれ出たのは、心底嬉しそうな再会の声。しかしその周囲には誰の姿もなく、勿論返事も返らない…筈だった。
「…久しぶり、テマリ」
だが、瞬時に姿を現した小さな影がそれに返答する。
小さな影、ヒナタは、複雑な表情でクナイを抜き出し、テマリの背に突きつける。だが、テマリは何の緊張感もなくくるりと振り向き、年にしては随分と大人びた微笑をヒナタに向けた。
「どこで、私だって気付いた?」
「最初から。クナイが偶然暗部面に当たるなんてありえない。本当に敵なら気付いていない私の背後を取ればいい。忍ならそんなことに気付かないはずがない。大体、殺気もない上に手加減はしてあるし…悪趣味」
「そう言うな。私は試したかっただけだ。幼馴染がどれくらい強くなっているのか、な」
国も里も、仕える長も、何一つ同じでない2人でありながら、彼女らは共に育った。今はこうして違う主に仕えてはいるが、彼女ら自身の間にはどんなわだかまりもない、大事な親友であり姉妹だ。忍としては間違った交流ではあっても、止める気は互いに一切ない。
ヒナタはクナイを手の上でくるりと回して、腰に戻す。
「…で」
「で?」
「結果は…どうなの?」
「合格。強くなったじゃないかヒナタ」
「本当っ!?」
「ああ。本当だ」
ぱぁ、と顔を輝かせたヒナタは、満面の笑みで、テマリに飛びつく。突然飛びついてきたヒナタを取りこぼす事なく、テマリは平然と抱きかかえた。
腕の中で、まるで猫のように顔をすりつけてくるヒナタに苦笑して、テマリはその頭を撫ぜる。小さく苦笑して…。
「おいおい。そういうことはシカマルにやってやったらどうだ?どうせアイツの事だ、まだ何も進んでないんだろ?」
ぎくり、と身をすくめたヒナタ。あわあわと視線を動かす。
「…………………いいの。一緒にいて楽しいもん」
「んで、どこまでいった?」
「……………………手、繋いだよ」
「それで?」
「……………………………………………………………」
「何も進化なし、か」
「………わ、私とシカマルはいいの!それよりテマリは!?」
切り替えされて、テマリはぱちぱちと目を瞬かせる。その反応に、興味津々にヒナタが覗き込んだが…。
「………聞きたいのか?」
そう言って、どこか達観したような軽い笑みを浮かべたテマリに、なんとなく嫌な予感がしてヒナタは慌てて首を振る。
「い、いい!聞かない!」
「別に、聞きたいなら1から10まで全て聞かせてやるが」
「いいから!!」
本当にもう勘弁してください、というように叫んだヒナタに、テマリが弾かれたように笑いだす。からかわれているのだと、ようやく気付いた。
大体1から10って何だ。
ムッとしてテマリを睨みつけると、また笑われる。いつもいつもからかわれてばかりなのだ。
「むくれるなむくれるな。早いとこ木の葉に行くぞ」
「来るの!?」
「フッ…。暗部任務も下忍任務も一週間の休暇だ」
勝ち誇った笑みを浮かべて自慢げに胸を張るテマリに、ヒナタは諸手をあげて喜ぶ。里が違うこの幼馴染は、会えることさえ稀なのだ。今日は偶然の出会いと考えていたが、もしかしたらテマリはヒナタを探していたのかもしれない。
一気に顔を綻ばせたヒナタに、また大きな笑い声が響いた。
「現金なことだ」
「テマリだって嬉しくて堪らないくせに!」
「…………ま、そうだな」
ゆっくりと幸せそうに笑ったテマリに、ヒナタもまた、心から笑みを浮かべた。その次の瞬間まで。
「シカマルとお前の仲が進むようにナルトと相談しないとな」
「っっ!!しなくていい!」
木の葉に向かう道に吸い込まれるようにして、笑い声と2つの黒衣の姿が消えた。
2006年5月4日
桃様からのリクエスト「ヒナ+テマでシカヒナナルテマ」です。
遅くなってしまって申し訳ありません。
ヒナ+テマは大好きなので、すっごく嬉しいリクでしたv
そこにどうやってシカヒナナルテマ要素を入れるかで悩みましたがuu
宜しければどうぞお受け取りくださいv
リクエストありがとうございました。