『欲しいもの』





 彼女のその姿に惹かれない者など、存在しないのだろう。
 さらりと長い黒髪は、真っ直ぐに、つややかに深い、夜の色。こじんまりとした輪郭に包まれた白磁の肌は、なめらかで。長いまつげにおおわれた瞳は、憂いを帯びてなお艶やかに輝く乳白色。バランスよく引き締まった身体は大きく躍動する。まるで無駄がない、優雅とさえ思う滑らかな動作。
 すらりと伸びた白い手に握られた二振りの刀はまるで扇のよう。ひらり、ひらり、と振るえば、1つ2つ3つ…と命が消えていく。赤く濡れるその姿さえ美しく、真っ赤に誇り咲く血飛沫すらも彼女の引き立て役へと変貌する。まるで人の世に神がもたらした唯一つの奇跡のように、誰よりも美しく、誰よりも強く、誰よりも誇り高い。死という末路さえ、彼女に与えられるのなら誇りを持って受け入れることが出来る。異性は勿論、同姓であっても、彼女に殺されるのなら、と、喜んで身を差し出すだろう。
 戦場に咲いた一つの奇跡は、ひっそりと動きを止めた。

 ―――しん、と全てが沈黙する。
 まるで彼女に従うように。彼女の成すことを邪魔してはいけないというように。

 舞と見間違うような、あまりに美しい戦いは終結した。
 彼女の持つ二振りの刀が、なんの音もなく鞘に収められる。

 静寂だけが世界を支配し、暗闇の中、彼女の居る場所だけが明るく見えた。地に這う肉の固まりも、大量にこぼれ、池のように溜まる血だまりも、全てを見てさえ、その場は美しく見えた。

 その光景に、魂を奪われ、ただ立ち尽くす暗部。手に持っていた暗部面が、力なく落ちた。
 小さな音が鳴り、けれど、それは必要以上に大きな音に聞こえた。

「…帰りましょう」

 音に反応し、振り向きざまに形良い桃色の唇からこぼれたのは、まるで鈴のように美しい響きを持って暗部の耳に入る。反応のない暗部に、彼女は不思議そうに首をかしげ、落ちた暗部面を拾った。それは彼女の面であり、いつの間にか外れたものに相違なかった。

「拾ってくれて、ありがとう」

 にこりと笑われ、ようやく暗部は我に返る。己の持つ面を外し、ぎこちなく笑った。彼にとっては笑う、という行為自体が難しい。
 2人のそばに、ひょい、と黒衣が現れ、面を外す。
 いたずらっ子のように輝く黒の瞳が、ひどく楽しそうに2人に告げた。

「帰ろうぜ! ヒナタ! シノ!」

 呼ばれた2人は、小さく笑って、それに答えた。




「ヒナーーーー!! キバとシノに手作り菓子あげたって本当だってば!?」

 とんでもない勢いで、木の葉の森の奥深く、幾重にも重なる結界で閉じられた空間にナルトが飛び込んできたのは、ヒナタ、キバ、シノの3人が帰ってきてすぐのことだった。
 3人ともまだ着替えてもいない。返り血のついたそのままの格好だ。
 だが、ナルトは一切気にすることもなく、ヒナタの肩をつかむ。何気なく後ろでサスケも視線で促していた。若干ナルトに対する殺気が混じっているような気がするのは、キバやシノの気の所為ではないだろう。
 キバとシノ、2人がヒナタの言葉を止めようとするよりも先に、ヒナタが口を開く。

「ええ。本当よ?」

 それがどうしたの?
 というように、小首を傾ける少女には「なんでもない」とにっこり笑い、ナルトは裏でキバとシノにどす黒いオーラを送った。2人が冷や汗を流しながら後退するが、さりげなくサスケが回り込んでおり、いかにも仲の良い友人同士のように肩に手を回す。普段冷静沈着かつクールな美少年サスケの目は、非常に据わっていた。常が無表情な分怖い。

「俺の分は? ヒナ」

 唐突に現れて、催促したのはシカマルだった。その隣に居たチョウジがお菓子の袋をはい、とヒナタに向ける。

「ありがとう、チョウジ。勿論、みんなの分もあるわ」
「えっ、マジで!?」
「本当か!?」
「ええ」

 湧き立つナルトたちを尻目に、キバとシノがつまらなそうに息を吐いた。予想はついていたし、ヒナタの性格から言って当たり前のことなのだが、やっぱり特別が欲しいと思うのは仕方のないこと。
 もっとも、ここに居る誰もがそう思っており、結局それを成し遂げられていないのは周知の事実。
 部屋の中に入って、任務終了直後の3人が着替えると、ヒナタは飢えた男達に手作りのクッキーを振舞った。その瞬間には何故かごくごく自然にネジが混ざってたりして、クッキー争奪戦に参加する。バチバチと視線が飛び交う中、手だけは忙しく動いていた。あっという間に皿の上からクッキーが消えうせ、けれどそれは全てが口の中へ消えたわけではない。
 ほぼ全員、自分の分の確保の為に、手のひらに幾つものクッキーを抱えていた。
 一瞬で食べるのは勿体無さ過ぎる。しっかり味わって食べたいのは皆一緒。けれど、自分の分がなかったのでは話にならない。
 量としては、スピード重視の戦闘スタイルを持つナルト、キバが最も多く、次にネジ、サスケ、シノ、シカマル、チョウジの番だ。この順番は、時折ネジとサスケが入れ替わるくらいで、変わることがない。

「ヒナっ! 美味しいってば!!」
「うっめーーーっ!」
「さすがはヒナタ様…。腕を上げましたね」
「…うまい」
「…美味」
「あーうまいわ」
「美味しいよ、これ」

 全員の、掛け値なしのほめ言葉に、ヒナタが満面の笑みを浮かべた。
 もう、それだけで。バタンとぶっ倒れそうなほど幸せだったりする。単純なものだと思いつつも、仕方のないことと誰もが思っている。だって、それぐらいの威力がヒナタの笑顔にはある。
 ただ、その幸せは大抵長く続かない。

「あー……そこの幸せそーな少年少女諸君。楽しい楽しい任務の始まりだよ〜」

 いつそこに現れたのか。にこにこと紙を振りながら、男はそうのたまった。銀色の髪に、覆面マスク。手には必需品の『イチャイチャパラダイス』。もう全くもって見事で、嫌なタイミングに、丁度6人分。見事な殺気が部屋を覆った。ご丁寧に、ヒナタには誰かが結界をかけている。一瞬の判断力に長けたシカマルの仕業だろう。

「カカシせんせー俺たち今帰ってきたばっかなんだけど」
「あっはっは。やだなーそれって暗部のことで、君たち下忍のことじゃないでしょー」
「…ってことは下忍任務かよ」
「その任務は影分身が行く予定だろう?」
「んー。正確にいうと、下忍任務とーその裏もセットで」

 にこりと、この表向き元暗部の上忍は言ってくれた。総勢7名を育て上げた凄腕(現)暗部は子供の殺気なんて気にしない。それどころか、心の中では「強くなったなー皆ーでもまだまだだねー」なんて、親馬鹿炸裂だったりするのだ。

「それじゃ、行こうか、皆」

 ついさっき任務から帰ってきたばかりなのに、あっさりとそう言って、ヒナタは立ち上がる。全員が同じ人間に育てられたにも関わらず、ヒナタがこんなにも素直に真っ直ぐに、けれど誰よりも強く育ったのは、確かに奇跡としか言いようがなかった。決して教育の賜物ではないだろう。

「ちょ、た、タンマ! ヒナ、ヒナは休んでいいってば!」
「そうだぜ! ヒナタはもう1週間ばっか働き詰めじゃねーか!」

 慌てて立ち上がり、口を挟んだナルトとキバに、ヒナタは困ったように首をかしげる。他の少年たちも同じ気持ちであるのが表情から見て取れた。この生真面目な少女は任務なら身を粉にして、倒れるまで働き続ける。それを少年たちは知っているのだ。

「ヒナタ、あんまり働き過ぎると、身体を壊しちゃうよ?」
「それに、任務の効率も下がる」
「ここは休むべきだと思うぜ?」
「…任務の方は、俺たちがなんとかする」

 ついさっきまで互いに殺気を飛ばしあっていた仲とは思えないほど、息が合ったタイミングで、必死に言い募る。少女が気おされたのを見て取り、少年たちは必死に念を送る。必要なのは言葉より、態度。

「…それじゃ、休んじゃおうかな」

 ぽつん、と呟いた少女に全員揃ってほっとする。さすが兄弟のように育ってきた子供たち。息がぴったりである。


 楽しそうに笑う少年たちとただ一人の少女。
 その様を見て、カカシは一人「うんうん。仲良きことはいい事だね〜俺の育て方も捨てたもんじゃないでしょ」なんて悦に入るのだった。
   2006年11月24日
 とことん美辞麗句で埋め尽くそうと思ったんだけど…やっぱ無理!限界!
 最近美辞麗句使いまくりの書き方してなかったしな…。
 …ふっ。総受けがこんなに難しいとは思いもよらず…というか、そ、総受けになっているのか!?これは…っっ!カカッシーは実は光源氏物語狙ってるんでしょうよ!

 ええっと、そういうわけで、桃様からのリクエストで、木の葉でのスレヒナ総受け話でした!
 もう、かなり、遅くなってしまって申し訳ありませんっっ!
 遅くなっただけの価値があればいいのですが…。

 宜しければどうぞお受け取りくださいv
 リクエスト、ほんっとうにありがとうございました!!