『新たなる道を』










「テンテン」

 その、涼やかな声に、高い高い木の上で顔を上げた。
 目の前には、大きく輝く赤い月。
 恐らく木の葉で最も高いと思われる木の枝の頂上付近で、テンテンは振り向く。
 同じくらい高い場所に、彼女らはいる。
 そこは到底下忍が登れるような場所でないけれど、それを疑問に思う人間はここにはいない。

「なぁに?ヒナタ」

 暗く沈んだ気持ちを浮上させようと、努めていつものように明るく言葉を返す。
 ヒナタに向き直るその動作は、軽く、滑らかで、それでいながら、どこにも隙がない。
 視線を受けて、ヒナタは穏やかに笑った。
 下忍の時に見せるその笑みと、全く違うもので、その実同じもの。

 強く、真っ直ぐで―――そして、脆い。
 それを支えたいと思ったのは、所詮自分の思い上がりだろうか?

 ―――そうだ。自分には彼女の闇を抱えることなんて出来ない。

 それらの想いが、その顔にわずかな影を落としていることに、テンテンは気付いているだろうか―――?
 ヒナタの瞳が、少しだけ寂しそうに翳った。

「お団子食べよ?テンテンと食べようと思って買ってきたんだ」

 そう差し出すは、テンテンの好きな店の包み紙。
 ありがたく受け取って、中の1本を取ってヒナタに返す。

「アリガト。ヒナタ」

 とっくの昔に深い闇に身を落とした者とは思えないほどに、明るく、鮮やかな笑みをテンテンは見せた。
 それにヒナタも笑い返す。
 互いに血塗られた両手を持ちながら、彼女らはまだ、他人を思いやる心を忘れてはいない。
 それはこの残酷な世界で、どれだけ難しく、重要なことなのだろう。

 2人は団子を食べながら赤く輝く月を眺める。
 まるで魅入られたかのように視線は動かない。
 どれだけの時が過ぎたのか、ぽつり、とテンテンが言葉を落とした。

「私は、強くなれたのかな」
「テンテン?」
「おじいちゃんは、私を認めてくれるかな?」

 赤く赤く世界を染める満月は、初めて暖かな手を手に入れた時と全く同じもの。
 かつて、誰もいない1人きりの世界で、ようやく手に入れた暖かな手。
 その手に導かれて、ここまで来れた。
 守りたいと、支えていきたいと心から思えるような少女にも出会えた。

 けれど…彼は…もういない。
 少女の導き手は失われて、彼女は道を失った。
 守りたかった少女を守ることも出来なくて、ただ悔やむことしか出来なかった。

 それでも、ここにいる。

 それは、父とも、祖父とも、師匠とも慕った、今は亡き3代目火影という導き手のおかげ。2人目の心を許せる存在であり、すべてにおいて、共にありたいと願ったヒナタという少女のおかげ。
 一度全てを失って、すでに1年がたった。
 テンテンは新たな道を歩き始めている。

 ヒナタも、そうだ。

「火影様は、ずっと、ずっと、テンテンを認めていたよ」

 強く強く、ヒナタは言葉を紡ぐ。
 それはヒナタに分かる確かなこと。

「テンテンは色々なものを失ったけど、きっと、これからは大丈夫。だって、テンテンは強くなったもの。あの頃よりも、ずっと。ずっと」

 初めて出会ったときは互いにまだ子供で、自分のことすら分かってはいなかった。

「…そう、かな」

 満月を見上げたまま、ぼんやりとテンテンは呟いた。

「そうだよ。だって。テンテンのことは誰よりも私が知っているもの」

 それだけの時を、2人で過ごした。
 誰にも知られることなく、ゆっくりとゆっくりと歩んできた。
 ただ1人隣に立つことを許した人。

「テンテンは強いよ。私はずっとテンテンの隣に居れて嬉しかった」

 テンテンは細い枝の上で一回転して、ヒナタに背を向けた。

「居れて―――…か。もう居てはくれないのー?」
「―――え?…ち、ちがっっ!!」
「分かってる分かってる。どーせヒナタの隣はシカマルだもんね」
「て、テンテン!!」
「なーに照れてんのよ。あいつに告られたんでしょ?いいじゃない。付き合いなよ」

 黒い髪をもつ少女は、今、顔を真っ赤にしてテンテンを睨んでいるだろう。
 まざまざと想像できてテンテンは小さく笑った。
 そして、くるりと回って、想像のままのヒナタの顔に笑う。
 鮮やかに。けれども少しだけ寂しさを覗かせて。

「幸せに、なろう?私も、貴方も…きっと、それがおじいちゃんへの贈り物になるから」

 ヒナタは、テンテンがどれだけ3代目火影を敬愛していたか知っている。





 火影が死んで、テンテンは一時自分を失っていた。
 淡々と日々をこなし、けれども感情の抜け落ちた顔には生気というものがなく、誰がどう見ても異常だった。彼女に誰が何を言っても、何も映さない透明な視線がかえるだけだった。

 そう、ヒナタにすらも―――。 

 それから、アレ、が起きた。
 日向宗家嫡子、日向ヒナタの2度目の誘拐騒ぎ。
 表向きにはそうなっている。
 真実は、日向分家の者達が外国の忍と通じて、日向宗家の撲滅を企んでいた。それを鎮圧する役目を受け持ったのが、暗部第5班"朱の鳳凰"紫静と同じく第5班"黒の翼龍"静紫。
 暗部の中で最も上位、"4彩の獣"に数えられる4人のうちの2人。
 そして、ヒナタとテンテンのもう一つの顔―――。

 "朱の鳳凰"紫静であるヒナタは、この任務を1人で行った。
 "黒の翼龍"静紫であるテンテンは、今任務につくことは無理だと思われたから。

 …生きているか死んでいるのか分からないほど、自分を見失ったテンテンを、危険な任務に連れて行きたくはなかったから。


 そして―――ヒナタは任務を成功させることは出来なかった―――。


 予想以上に敵の数は多く、また何よりも紫静の戦い方と相性が悪かった。
 普段はその部分を静紫が補うのだが、今回はその静紫がいない。敵の手に落ちて、幾多の拷問に掛けられた紫静を助けたのは静紫ではない。
 残る"4彩の獣"である暗部第4班"銀の闘虎"明夜、"金の妖弧"夕焼の2人。
 火影により命を受けた2人は、紫静を無事助け出し任務を成功させた。



 覚えている。
 あの時の苦しみを。
 あの時の悲しみを。

『ヒナタ』

 紫静をそう呼んだのは静紫ではなくて。
 けれども温かかった。

『シカマル君』

 そう呼ぶと、彼は非常に驚いた顔をしていたけど、変化を解いて苦笑した。



 木の葉に帰ったヒナタを待っていたのはテンテン。
 夕日の赤い赤い世界で、1人、ぽつんと佇むテンテンの姿が見えた瞬間に、ヒナタはシカマルの腕を抜け出して駆け出し、テンテンもまた、ヒナタに向かって走り出していた。
 吸い込まれるように2人、一つになって、思わず泣いた。

『ごめん』

 と。



 シカマルに後で聞いたところ、テンテンを正気に戻したのは夕焼だったという。
 テンテンと同じように、三代目火影を深く深く敬愛していた夕焼にとって、彼女が死によって縛られていることが許せなかったのだという。

『思いっきり殴られて、ヒナタがどうなってもいいのかっっ!!!だってさ』

 右頬と目を真っ赤に腫らした少女は、大粒の涙を零す少女にそう、笑った。その笑みは、ヒナタの好きなそれで、ヒナタの知っている彼女のもので、嬉しくて嬉しくて、言葉が詰まってしまったのを覚えている。
 テンテンが元に戻ってくれたのが嬉しくて、けれどもそれを為したのが、自分でなかったことが悔しかったのも覚えている。




 ヒナタは笑った。
 強く強く、ずっとずっとテンテンの為にあった笑顔。
 例えその相手が2人に増えようとも、それは変わらない。

「そうだね」

 頷いて、2人、笑いあって、もう一度赤い月を見つめた。

(火影様…)

 静かに静かに黙祷を捧げ、テンテンは一つ伸びをすると、ヒナタの手を握って、笑う。

「行こう。ヒナ」

 その顔にはもはや影はない。
 明るく明るく。
 テンテンがヒナタにだけに見せる心からの笑みに、安心して、笑った。




 赤い月の夜に舞う2つの影。
 いつまでもいつまでも共に―――。
  2005年4月23日
 お待たせしました!
 桃様より「スレシカヒナで、スレヒナとスレテンの友愛話」です!
 
 "4彩の獣" しさいのけもの

 "朱の鳳凰"紫静 "あかのほうおう"しせい
 "黒の翼龍"静紫 "くろのよくりゅう"せいし
 "銀の闘虎"明夜 "ぎんのとうこ"あけや
 "金の妖弧"夕焼 "きんのようこ"ゆうや

 金の妖弧の正体バレバレですねuu

 桃様に捧げます。どうぞお受け取りくださいuu
 7117hitありがとうございましたvv