『真逆の真実』
「ねぇ…」
息を切らしながら、背中に感じるぬくもりに呼びかける。
いつもは何も感じない手甲が重い。印を組みまくった両の手は、自分のものか相手のものか分からぬ血にべっとりと濡れている。
「何よ…」
「あたしたち、結構ピンチでないー?」
「………気のせいよ」
「強がっちゃってー」
「…うるさいわね」
息を吸って、吐く。
暗部面がどこかに飛んでしまったので視野は広い。
軽い深呼吸で呼吸を整え、状況を把握する。
確かにピンチなのだ。
本気でピンチなのだ。
けれども、ここで諦めるような教育は受けていない。
「ま、やるっきゃないわよねー」
「当たり前」
力強く、頷いた。
の、だけれども。
少しずつ。少しずつ。後退を余儀なくされる。
やばい。
焦る。
この敵は、強い。
このままでは、辿り着いてしまう。
あの人達のいるところへ。
何も知らない人達のところへ。
防がなきゃ。
それだけは、なんとしても。
その為には…。
「ねぇ、樂醒」
先程と同じようにして紡ぎだされる言葉。
「何よ」
「あたしが、ここ引き受けるわー」
ひどく呑気に言われた言葉に、ぎょっとして、樂醒は振り返る。
「夜埜!?」
「行って」
自分と同じように暗部面のとれた面は紙のように白くて、うっすらと口の端に歪んだ笑みが乗っている。
「誰か、連れてきてー。上忍でも、特上でも」
誰でもいい。
今この場を凌げるならば誰でもいい。
だから、お願い。
行って。
樂醒は迷うように視線を周囲に走らせる。けれど、不意にその顔がくしゃりと歪んだ。同じように、夜埜が目を見開いて、そんな、と呟く。
彼女らは、予想よりも後退を余儀なくされていた。
2人の暗部の視線の先に、9人の下忍が…いた。
目の前に、突然広がった光景に9人の子供はぽかんと口をあける。
血に濡れた身体。
くしゃりと歪んだ表情。
夜埜は、叫んだ。
「逃げて!!」
樂醒も続ける。
「早く逃げなさい!ここは、戦場になるわ」
いきなり血に濡れた暗部にそう叫ばれ、子供たちは固まった。
夜埜も、樂醒も気付いていない。彼女らの余裕のなさが、緊張が、子供たちを怯えさせているのだと。
しかも、彼女らのその顔、は…。
「さ、くら…?」「…いの?」
呆然と落とされた言葉に、暗部は身を硬直させた。
暗部面はどこかへ飛んだ。チャクラは使い果たした。
―――だから。
夜埜の、樂醒の、真実の姿がそこにあった。
山中いのという少女と、春野サクラという少女の姿が。
彼女らが普段暗部として働く時の姿なら、子供たちはおとなしく2人の声に従っただろう。だが、2人がその姿をしている以上、それは、不可能でしかなかった。
しかも、2人の姿は下忍の中にもあったというのに。それ、すら子供たちは分からなくなっていた。
硬直から抜け出した子供たちは、何が起こったのかも分からないままに、包帯を、傷薬を取り出す。
彼女らの大量に流す血に視線を、思考を奪われる。
だから。
「夜埜!!!」
「………囲まれた、わねー」
だからこうして敵に遅れをとる。
2人の言葉に、サスケを筆頭に、それぞれ武器を構える。
無駄だ。彼ら程度ではこの敵の相手にはならない。
そもそもこの敵の目的は血継限界及び秘術。
むざむざと餌を差し出すようなものだ。
ああ、もうなんて絶望的で。
私は、私たちは、本気で役立たずだ。
『夜埜、今からでも上忍を呼べば』
『樂醒、それは無理よ』
無駄なチャクラなんてもう残っていないから、僅かな唇の動きでそう伝える。
それくらいなら、下忍たちは絶対に気付かない。
そう、無理。
夜埜が上忍を呼んできたとしても、それまで誰がここを守るというの?
もう、後はない。
それでも私たちは。
視線を交わす。言葉なんてもう必要なかった。
互いの瞳にあるのは自分と同じ意思だったから。
後には、もう引けない。
「行こう、夜埜」
「そうねー樂醒」
彼女らは吹っ切れたかのように柔らかに笑って、パチン、と互いの手を合わし、澄んだ音を鳴らした。
「私は春野サクラ。かつて失われし春の光の血継限界を受け継ぐ者」
「私は山中いの。木の葉の秘術を用いし山中家の者」
「「この血が欲しいなら、先ずかかってきなさい!」」
叩きのめしてやるわ。と笑いながら、状況はどこまでも絶望的なのに、彼女たちの顔は明るかった。
それは、何故なのか、なんて知らないけど。
下忍たちは、彼女たちの知らなかった本当の姿を、目の当たりにした。
―――お願いだから止めて。
そう、心の中で叫んだ。
演技なんていらなかった。
初めて自分という存在を恨めしく思った。
自分の、自分に対する戒めを呪いたくなった。
目の前で、血が弾け飛ぶ。
夜埜の樂醒の、命の灯火。
駄目だ。駄目だ駄目だ。
右腕が動いた。
けれども、そっと、慣れ親しんだ気配の持ち主に抑えられる。
蒼い目が悲痛な色を湛えて見ていた。
自分の右腕に重ねられたかの者の腕が震えていた。
静かに、静かに首を振る。
「―――もう、いいよ」
落とした声は、真っ直ぐに澄んでいた。
場違いなほどに澄んだ、透明な鈴の響きに、誰もが自然と振り返る。
下忍たちの中でも一番後ろにいたその少女は、涙に曇った白き瞳で、真っ直ぐに前を見ていた。
「―――ヒナタ」
「………大切なものを守れない強さなんて、いらない。…だから、もう、いいの」
よく、意味は分からなかった。
けれども少女は、真っ直ぐに、不自然なほどに晴れ晴れしく…笑った。
その笑顔は、誰も見たことがないほどに鮮やかで、下忍は目を見開く。
この少女は、誰だ?
下忍の中から、誰も気付かないままに、山名いのと、春野サクラの姿が消失した。
「ごめんね」
その言葉の真意は分からず…。
ヒナタは無防備にも戦乱の最中へ足を踏み出した。
戦闘に必死の夜埜と樂醒は気付かない。ただ、敵対する忍の幾人かが、気付いた。
少女は静かに息を吸った。
「私の名前は日向ヒナタ!…木の葉最高の血継限界!日向の血をもつ者!」
それから、とその白き瞳を閉じて、もう一度開けば
…現れたのは―――緋。
鋭く、全てを傷つけるような、それでいて哀愁を含む夕焼けの緋色。
「…暗部第5小隊"真逆"の所属、那緋!!」
鮮烈な、緋が見えた気がした。
「ヒナ…タ?」「…どうして…」
地を引っ掻きながら立ち上がった夜埜と樂醒は、呆然として、少女の姿を見つめる。
あってはならないこと。
この事態を作り出さないために、彼女らは必死で戦った。
それなのに。
ヒナタは、全てを受け入れるように、ただ、笑っていた。
動揺が、まるで波紋のように。
「貴様が、緋色の魔人…だと?」
思わず漏らした声は敵対する忍の者。
知っている。ビンゴブックSSクラス。木の葉を守りし小さな魔人。鮮血に映える冷たき緋色をその瞳に抱く木の葉の暗部。
「ヒナタ?」
もう、名前しか出てこない。
そんなのは知らない。自分たちが知っているのは、日向宗家の落ちこぼれと呼ばれる、けれどもとても優しい黒髪の少女だけ。
ヒナタは肯定も否定もせず、ただ、その細い右腕が宙を描くと、次の瞬間には黒金に輝く大きな鎌が握られている。
「ごめんね。樂醒、夜埜…。それから、鬼真」
魔人の右腕は、そっと持ち上げられ、左腕がそれを支えた。
ひゅ、と音が鳴る。
リーチも大きく、見るからに重いその大鎌は、樂醒と夜埜の後ろに居た忍を吹き飛ばした。
唖然としていた忍たちは、これでようやく我に帰る。
日向の血を求め、刃を、術を繰り出した。それを弾いたのは、たった一振りの刀。
弾いた者は…金色に輝く髪を持つ、下忍のうちの一人。うつむいた顔はどんな表情なのか。
「ナルト?!」
「お前…も?」
「ナルト…」
下忍たちの声に、少年はゆっくりと顔を上げた。
現れた、澄んだ蒼。
少年は、笑った。晴れ晴れと。ほんの少しだけ、苦々しげに。
「あーーーーもう!!負けた!負けました!いいか!?よく聞け!水の国の侵入者ども!」
その声は明るくて、いつもとなんら変わりはなくて。それでも彼をよく知る子供たちは、不審気に、彼を見た。
「俺はうずまきナルト!!4代目火影を父に持ち!尾獣の九尾をこの身体に飼う者!!」
思考は停止する。
今、彼は何と?
4代目火影?九尾?
「そして、そこにいる暗部第5小隊"真逆"所属の樂醒、夜埜、那緋の隊長、鬼真だ!!」
覚悟しやがれ!
そう、清々しいまでに明るく、彼は宣言した。
目を剥いたのはヒナタだ。
「鬼真!?どうして?」
「どうして?どうしてだって!?那緋、お前の男は自分の女を目の前で見捨てるような薄情者だと!そう言いたいのか!?」
もうやけっぱちだ。
あはは、と笑いながらうずまきナルトは両腕一杯に火の玉を作り出す。
「ぶっ壊してやるよ!…樂醒も夜埜も!下忍どもも!全部俺と那緋のものだ!!お前らなんかに誰が渡すか!!!!!」
火の玉が、一瞬で散開して一筋の光として飛び去った。
全て、敵対する忍を捕らえ、貫く。
「ナルト君…」
暴走するナルトに、少女は思わず笑って、右腕に抱えた鎌を振るった。
そして、あっという間に戦乱は虐殺になる。
黒金の刃が大きく弧を描いて命を刈り取れば、炎がその死体を包み込む。
その、あまりに一方的で、自分たちには何をどうしているのかも分からないような攻防を、残された下忍たちは見ていた。
「…ようするに、あいつらは本当はあの強さだった、ということか」
ぽつりと、シノが呟いた。
「めんどくせーけど、騙していたって、ことみてーだな」
シカマルが、頷く。
「落ちこぼれも、全部演技か」
サスケが息を吐けば、
「あーーやってらんねーーー。俺たちばっかみてぇ」
キバが赤丸と叫ぶ。
「でも、納得した」
チョウジは、まるで手品のようにひょいと飴を取り出すと、口の中に放り込む。
「納得?」
「うん。いのが、いつから幼馴染だったのか記憶がないのが不思議だったから」
「………あーーーそうだな。幼馴染だったっていう記憶はあっけど、いつ知り合ったのか知らねぇし、遊んだ記憶が大してない」
確かにいのが幼馴染で、一緒に遊んだ、と思うのに、それに関する具体的な記憶はほとんどないのだ。それは、明らかにおかしいこと。些細な違和感はずっと付き纏っていた。その違和感を違和感のまま残していたのは、別に面倒くさいからだけじゃない。それを違和感で終わらせることが出来なくなったら、この関係は終わることを何処かで知っていた。
「…ヒナタもナルトも、違和感があった」
「どーいう意味だ?シノ」
「…2人は、同じ目をしていた。環境も何もかも違う筈なのに、ときに全く同じ目で、全く同じような動作をする」
例えば、箸の扱い方とか、魚の食べ方とか、そんなささやかな事が小さな違和感になって、シノの頭に残っていた。偶然の一言で済ませるのはたやすくて、けれども偶然というには数が多すぎた。
「あーーーそれは、確かに。あいつらさ、同じ事言うんだよな」
ヒナタが言っていたことを、ナルトが。
ナルトが言っていたことを、ヒナタが。
ヒナタがナルトの言葉に憧れて言うのなら分かるが、その逆はあり得ないと思ったし、明らかになんでもないような言葉が、同じ意味を示していたりした。
考え方が、まるで似ているのだ。
「サクラは…ナルトと同じ癖が…ある」
「サスケ?」
「武器具の扱いが、同じだ」
アカデミーで習うそれではなく、もっと実践的で、無駄のない扱い。その癖がまったく同じ。同じ班になって気付いた、小さな小さな癖。両方を並べて見なくては気付かないような、小さなもの。
「俺たちは、守られていた、ということか」
「情けねー。女に守られてんのかよ、俺たちは」
「っつか、ナルトが4代目の息子だったのか?聞いた事もねぇぞ。そんなこと」
「多分、隠してるんだよ。ナルトがさっき言ったよね、九尾を身体に飼っているって。それが多分4代目が倒したっていう九尾のことでしょう?」
「何故隠す必要がある」
「知らないけど、必要なんだよ。きっと」
だから彼らは真実を隠した。それが必要だったのだ。きっと。
「ねぇ、ナルト君…これからどうしようか?」
「うーん…多分これで火影にもばれたよなー。俺たちの正体…」
火影は、自分達の木の葉で起こる事件は大概把握している。今もどこかで水晶玉から覗いていることだろう。
それは避けたかったのだが、今となっては仕方ない。
この力がばれてしまっては何もかもが駄目になる。それを、ナルトとヒナタはよく分かっていたし、彼らの教え子たるサクラといのにもしっかりと教え込んでいた。
「逃げる?」
「それは駄目。私が抜け忍になったら、父とハナビに迷惑がかかる」
「…そうだね。サクラといの…は、まだどうにかなるだろうけど…俺は…」
ま、死ぬだろうなー。
その言葉は一応胸の中にしまっておいて、ナルトはサクラに向かって印を組み、ヒナタはいのに向かって印を組む。全く同時にかけられた同じ術はサクラといのの流れ続ける血を止め、傷を塞いでいく。
「…ナルト」
「…ヒ…ナタ」
どうして?と、問いかけるように視線を投げる2人に、ナルトとヒナタは小さく首を振った。
彼女らはよくやってくれた。
自分たちのために、自分たちが教えた通りに戦い、傷つき、守り通した。
誓いを破り、守り通せなかったのは、自分たちだ。だから、その始末をつけるのは自分たち。サクラといのが気にかけるようなことではないのだ。
術の力か、それとも彼女らが力尽きたのか、サクラといのが気を失う。それを見届け、2人は、頷きあった。その瞳は、諦めも絶望も忘れてしまったかのように、悪戯っぽく輝いた。
「勿論、火影がくるのを待ってなんかいないよな?」
「ええ。勿論じゃない。行きましょう」
「ああ」
次の瞬間、消え去る4人の姿。
呆然としたままの下忍は、そこに残された。だから、勿論誰も知らない。残された下忍の瞳の中に、共通する思いが宿っていたことに。
「うちはイタチの手引きで暗部と下忍の2重生活を送っていた、と…」
途方に暮れたように、深々と息を吐き出す火影に、ナルトもヒナタも気負いなく、笑った。少なくともそう見えた。
「そんで、どう処分する?悪いけど俺は絶対に死にたくないし。ヒナタだってサクラだっていのだって死なせる気はない」
「私も同意見。私達は確かに火影である貴方を騙してきたけど、暗部として木の葉に命を捧げてきたわ。その功績はどの暗部にも負けない自負がある」
誰よりも強く誰よりも真剣に、里を守り、里に尽くし、里の為に生きた忍がここにいた。
確かに彼らは自分らの正体を晒しはしなかったけれど。それでも深い信頼を置くようになるほど、彼らは火影に忠実だった。
「山中いの、春野サクラ…2人は、なんの問題もないでしょう?あの子らは忍。下忍の暗部なんて他にもいる。年齢から見れば確かに早熟だけど、それだって特筆すべきことじゃない。大蛇丸やはたけカカシという前例が過去にある。ここまで火影すらも騙しぬいた彼女らは賞賛こそされ罪を負うべきではない。彼女らは木の葉有数の血を命を懸けて守ったのだから」
「…春野の血継限界。あれは失われたと聞いていたが?」
「先祖がえり。優秀な血を身に抱く血統はどれだけ血が薄れようと、時に過去の力を取り戻す。その珍しいパターンが春野サクラ」
「これは喜ぶべきことだわ。かつてまだ木の葉の里すらない時代の、春の光と呼ばれた一族。彼らのみしか血を受け付けず、時代の波に消え去った血の力が蘇ったということなのだから」
「…それを、上層部が素直に認めると?」
「春野一族はかつての木の葉上層部の私情によって血という血を実験の為に抜き取られたわ。その所為で事実上忍としての春野は死んだ。同じ愚を繰り返すつもりなのかしら?」
蔑むように、哀れむように、火影を見つめる2対の瞳。
里でいつも見てきた子供のものとは違う、強い、強すぎる意思を持ったその瞳。
深々と、火影は息を吐いた。元々高齢である火影であるが、更に年をとったように見えた。
「………お主ら、"真逆"の者たちが木の葉にどれだけ尽くしてきたかは良く知っておる。火影も知らぬ"真逆"の暗部。鬼真、那緋、夜埜、樂醒…その名は他国にまで鳴り響き、木の葉の名を高めた。どんな任務もこなし、無茶を言う上層部の言葉に常に答えてきた。そして、今回、貴重な血継限界と名家の子供達を守り抜いて見せた。ずっと晒そうとはしなかった正体まで晒して、の」
それは、分かっておる。深く、嘆息する。
「気付かなかったのはこちらのミス。だからこそ聞きたい。何故、正体を隠した」
かつて、"教授"と呼ばれ、里の創設時より忍として動乱の時を生き抜いた歴代最強と名高い火影。例えそれは年によって薄れてきたとしても、その眼光は歩んできた人生そのものを示すかのように鋭かった。
火影、の、本来持つ最強の忍としての視線に、ナルトは、ヒナタは全身が粟立つのを確かに感じた。指先が凍り、背を冷たい汗を流れる。
忍としての火影と対峙するのは、これが初めてと言っても良かった。
―――なるほど。これが火影か。
深く、息を吐く。
「わかって、いらっしゃるのでしょう?」
自然、早口に、そして敬語へと口調は変わった。それまで火影という名の権力を持つ置物だった存在は、自分たちが従うに相応しい存在だと初めて気付いた。
「九尾の子供が強い力を持つのを目にすれば、うずまきナルト=九尾と思い込む人間が増える。その波紋は里に広がり、いずれうずまきナルトの除外へと繋がる」
「そうなれば木の葉は崩れる。だから隠しました」
「日向ヒナタ、お主は」
「私は、彼に救われました。それならどこまでも彼と共に歩くのが当然のことです。日向の一族は誰も私を知りません」
「春野サクラ、山中いの」
「あの2人は、そう教え込んだだけです。ただ自分達の関係が2人から零れるのを禁じたのみ」
だから彼女らに罪はなく、そして、日向一族にも、自分たちが関わる誰にも罪はない。
「私たちの価値を正しく知る貴方に、私たちの命を預けます」
「命令を―――。三代目火影」
しばらくの、時が流れ。
ふと、そこに居るだけで痺れるような気を放っていた火影が、笑った。部屋全体の気がほぐれ、一気に凍りついた空間が動き出す。
「まぁ、そうじゃの。儂にとってはおぬしらは孫も同然じゃ。ゆえに、甘くなる。よって、他のものに判断を任せようじゃないか」
「「他の者とは」」
「例えば、そう。盗み聞きをしている暗部2名、部屋の様子を伺っている蟲の持ち主と窓から覗き見をしている下忍の5名」
「「………」」
気付かなかった。
それくらいに、火影との会話に集中し、火影の一挙一動に緊張していた。
だから、ちょっと、唖然とした。
この部屋を取り巻く、あからさまな気配に。
「あ、あっはっはーちょーーーっと散歩にしてたらナルトとヒナタがいたから何してんのかなーって思ってっっ!!!!」
「いや、この部屋の蟲はどうやら好奇心が強いようだ。勝手に信号を送ってきて、だな…」
「うーん…2人とも、それちょっと苦しいかもー」
「いや、明らかに無理だろ」
「ったく…めんどくせー奴等」
すごすごと姿を現した下忍の5人組。
「ごめ…なさい。守れなかった…」
「約束ー…失敗、しちゃったー…」
ふらりと、どこからともなく現れる2人の忍。手当てこそしてあるが、治りきらない、傷だらけの、その、ままで。
「何で来た」
「…き…ま」
「ごめ…」
「全く無茶ばかりして…。どれだけ心配かけるつもりなの?はい、座って。鬼真も怒らないで。これ以上2人の傷を広げないのが先」
「………」
無言で、ナルトは2人の為にチャクラを腕に溜める。元より本気で怒っているわけではない。ただ、心配な、だけ。
止血は既にした。命に関わるような傷も、なんとか塞いだ。けれど、彼女らの体力はまだ戻っていない。本当は、こんなところまでやってくるような体力なんて、ない。
ナルトの術が、わずかばかり、2人を楽にした。
「ねぇ、ナルト。いの、大丈夫?」
「こいつら、死なねえよな?」
「サクラ…」
次々覗き込む顔に、サクラといのは顔を見合わせて、泣きそうな顔で、笑った。
「ごめ…」
「騙して…」
「…でも…嘘じゃ…な、い」
「…だ、いじ…みんな…」
例え自分たちが嘘を纏ってはいても。彼らと共に過ごした時間はかけがえのないもので。
「もう、喋るな。なぜなら、傷にさわるからだ」
「っつかさ、なんっつの?どーでもいいんだよ。騙してたとか、嘘だとか関係ないっつの。ヒナタは大事な班の仲間だし、ナルトは悪ガキ4人組構成員。お前らは、俺らの同期で、ダチやってるサクラといのだろ?」
「…キバ君」
「キバ…」
「うん。そうだよ。いのは大事な幼馴染。それが嘘の記憶だとしてもね、関係ないよ」
「めんどくせーけどな、お前はお前だし、サクラはサクラだろ」
「……仲間、だ」
「「「「「「「「………………」」」」」」」」
「な、なんだよ…」
「…くさっ!なんかサスケが言うとすっげー気持ちわりぃ!!」
「……同感だ。蟲がざわついている」
「なんかさー…今、一瞬で緊張感なくなったよねー」
「ったく。めんどくせーな」
くっ、と笑った。
なんだ。なんだなんだ。
「…ねぇ、ナルト君」
「ああ。馬鹿みたいだな、俺たちは」
傷つくことを恐れて。彼らに本当の姿をさらさずに演技だけを貫いて。
この自分本来の姿を知られてしまったら、彼らは放れていってしまうと思ったから。もう仲間ではいられないと思ったから。
―――彼らはそんなこと気にしなかったというのに。
にこりと、笑いあった2人を見て、下忍達はほっと息をついた。
違うけど、違わない。
先程までの、いつもと全然違った空気を纏った2人は、あまりにも遠かった。表情が、話し方が、空気が、チャクラの質が、全て別の人間ものだった。本当の姿をした彼らは、怖いと、正直言えば、思った。
けれど、腑に落ちてしまったから。
これまで気になっていたこと。違和感の正体。
大丈夫。
変わらない。
「して、お主等は4人にどうしてほしいのじゃ?」
何事も無かったかのように、飄々と、いつもの好々爺とした風情で火影が問いかける。
「そりゃあ」
「勿論」
「「「現状維持」」」
誰が誰の言葉だか最早分からないくらいにずらっと言われ、ナルトもヒナタも、一瞬意味を掴み損ねる。火影だけが予想通りの言葉に笑っていた。
「と、いうわけでじゃ。暗部第5小隊"真逆"隊長、鬼真。並びに那緋、樂醒、夜埜」
ぐるりと全員の視線を受け止め、返し、悪戯に瞳を光らせた。
「主らに血継限界及び秘術を受け継ぎし子供たちの護衛任務を言い渡す。特A任務じゃ」
「「………」」
「ナルト」
「ヒナタ」
2人は、己の教え子たちを見て、更に仲間である下忍を見て、最後に火影に向き直った。
しん、と静寂が落ちる。
ごくりと、下忍の誰かが喉を鳴らした。小さな緊張が、奇妙な静寂を生み出し、ナルトとヒナタを見守っていた。
口を開いたのは、同時。
「「御意。…我ら"真逆"は三代目火影に変わらぬ忠誠を誓いましょう」」
見逃してくれた、礼に。自分達の全てを持って、火影に仕える。
見事な唱和が、一連の騒動に終わりを告げた。
2006年9月2日
うずまきナルト:鬼真(きま)
日向ヒナタ:那緋(なひ)
春野サクラ:樂醒(らくさ)
山中いの:夜埜(やの)
ものすっごく遅くなりましたが…『絵本の向こう側』のひまりさんへ、相互記念小説です。
相互リンクありがとうございますーvv
『スレナルヒナ+いの+サクラのバレネタ話』…というリクエストで、色々と考えて、結局王道っぽい感じにしてみました。
本当はギャグっぽいものを…とか思ったりもしたんですけど…………………。
無理でした(笑)
ひまりさんのサイトの中でものすっごい浮くだろうなーことは予想つくのですが、気に入っていただけると嬉しいですv
相互、本当にありがとうございましたvv
これからもよろしくお願いしますv