『医療大国第２皇子』






　ミントはイライラしていた。


　華やかなパーティ。
　きらびやかな装飾。
　舌をうならせる料理。
　楽しいものばかりのはずなのに、ちらちらと…時に無遠慮に突き刺さる視線が邪魔で、ちっとも楽しめやしない。

　それでも昔は楽しんでいた。そのはずだ。
　なんでこんなにつまらないのか分からないから、余計にイライラしている。
　でも、笑顔を造る。
　昔はそんなことしなかった。
　好きなことをして、好きなものを好きなままに食べて。

　今は違う。
　祝いに来てくれた他国の人とか、自国の重役とか。
　愛想を振りまかなければならない人間がいる。
　不満な時に不満な顔を作れない理由がある。それをミントは知ってしまった。

「ありがとうございます。とても嬉しいです」

　そんな心にもないことを何回言ったか分からない。
　ふと、外でのパレードを思い出す。
　一瞬だけ、人垣の後ろでひょいと銀の軌跡が見えた。

　―――穏やかな瞳。

　ずっと見ていない顔。

　ふっ―――…と息苦しくなる感覚。


　―――やばい…！！


　笑顔が強張るのを自覚した。

「…体調が優れないのですか？」

　透き通ったよく響くきれいな声―――。
　その優しげな響きにつられて声の主を探した。
　短く切りそろえられた前髪。肩先まで伸びた髪はつややかな黒。
　深い緑の目は大きく、薄く紅を入れた唇がかわいらしい。
　多分誰の目から見ても美少女の部類に入る。　
　１５、６歳に見えるその少女が、先ほどの声の発生源らしい。

「クナ、どうしたんだい？」
「ヴァノルーク様…ミント殿下の体調が優れないようで…」

　クナ…そう呼ばれた少女の視線を追って、ミントの身体ははっきりと強張った。
　珍しい銀。腰まであるそのさらさらの銀髪が彼が動くたびに揺れる。
　１８０を超える長身。
　切れ長の瞳は透き通った緑。普通より整った顔立ち。
　全然違うのに、一瞬違う誰かに見えて。その後、彼の顔を知っていることに対して。
　二重の意味で身体を強張らせたミントは、とりあえず最高級の挨拶を送る。
　だが、返ってきた返事は

「うん」
　
　それだけだった。

「…………」

　…………………

　ここにいて、ずっと溜まっていたものがミントの中で、プチっと切れそうになった。
　彼の次の言葉が更にそれを増幅させる。

「クナ、ミント殿下は体調が優れないから退出するって、マヤ殿下に伝えてきてくれないか？」
「えっ？あの!!私は…」
「ミント様、ヴァノルーク様は優秀な医者です。顔色で体調の判断は大体つきます」

　なだめるような、静かな声で言われて反論できなかった。
　心のなかで舌打ちをして悪態をつく。
　知っている。彼の国は、近隣に名を鳴らした医療大国なのだから。




　彼に連れられてやってきたのは、医務室ではなくてなぜか彼の部屋で―――

（ってか、ヤバイって!!）

　心の中で叫ぶも、時すでに遅し。
　ミントはすでに部屋に足を踏み入れてしまっていた。
　さりげなく距離はとっておく。
　いざとなったら魔法をつかってでも逃げよう。

「あの…なぜ」
「はいこれ」

　ミントの言葉をあっさりと断ち切って、目の前にグラスが突き出された。

「なんも入ってないから、安心して飲んでいいよ？」
「あ、ありがとうございます…」

（んな事言われて、素直に飲めるか―――!!）

　笑顔がどうやっても引きつったものになった。
　ずっと背中しか見てなかった彼の顔を見ると、どこかさっき、会場で見たときとは違う気がした。

「熱はないみたいだね？最近睡眠はちゃんととっていた？」
「いえ…あまり…」
「だめだよ？睡眠不足と、ストレスだろうね。体調不良」

　簡単に言って、手にしたグラスを一気にあおる。ミントは結局一回も口にしていなかった。
　それに対しては、何も言うつもりがないらしい。
　とりあえず医者と患者の話は終わってしまったので、どうやってここを抜け出すか考える。
　彼は、黙ったままで、はっきり言って何を考えているのか分からない。
　とりあえずミントをどうこうするつもりはないようだ。

　―――珍しい。

　思わずそう思う。
　パーティの目的が自分の誕生を祝うものだけでないことを、なんとなく知っているので、尚更そう思う。
　今、東天大国は安定を欠いた状態にある。
　理由の１つに、ドールマスターがいなくなった事があげられる。
　彼は有能だった。
　国王も彼を右腕としていたし、国の政治は彼の采配も大きく影響していた。

　その彼が、今はもういない。
　まずそこでぐらつき、一時国王が病に倒れたことも大きかった。
　現在、王位はマヤの下にある。
　女王の不慣れな状態も大きい。
　今は次第に仕事に慣れ、安定に向かうように奔走している。

　そして…
　ミントに降るような縁談がきていることも知っている。
　歳から言えばミントも結婚しておかしくない歳だし、何より国同士のつながりを深めるには一番確実で手っ取り早い。
　だから、ミントの生誕パーティは縁談の顔見せ、ミントの婚約者候補の見合い場でもあるのだ。

　そして、目の前のヴァノルークもその中の一人だ。
　ミントに取り入ろうとしてくる人間たちの中で、彼は最初に紹介されただけで、何かアプローチを仕掛けてこようとはしなかった。その上、２人きりというこのような状態になっても尚、何もしようとはしない。
　ぼおっと、グラスを傾けていたら扉がノックされる。

「クナ？」
「はい…」

　さっきの少女―――多分ヴァノルークの従者なのだろう…が入ってくる。なにやらワゴンカーに色々乗っけている。

「お前が、ここに来たんならもー見張りはいねぇんだな？はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜つっかれた〜〜〜〜〜」
「……はぁ？？」

　急に態度がだらける。　
　そんなヴァノルークの様子に、思わず声をあげ、口をあける。

「あ〜〜ミント殿下〜ってかミントちゃんかなぁ。雰囲気的に、君も地に戻っていいよぉ〜〜〜？勉強嫌いの我侭王女さん☆」
「な…な……」

　独特の間延びした口調で、妙に情けなく、にへらっと笑ったヴァノルークはさっきまでとはまるで別人だ。

「ああ〜〜〜そうそう…オレのことはルークって呼んで〜〜〜☆」
「な……なぬ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!」
「うわ〜、ビックリした〜〜〜☆」

　わなわなと震えるミントに、どことなく疲れた目になったルークは嬉しそうに言う。

「ルーク、一気にからかいすぎ。それより手伝え」

　―――透き通ったきれいな声。

　だけどこちらもさっきまでとはまるで違う。
　言葉は無愛想だし、まぶたが半分落ちて…眠そうっていうよりはだるそうな雰囲気をかもしだしている。

「一体あんたらなんなのよ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」
「いや〜〜なんなのよ〜って、肩書きは紹介したとーりだしなぁ〜〜〜〜☆ミントのドレス重そうだねぇ〜…ミントのとび蹴りは強烈だって言うから、見てみたかったのになぁ〜〜〜〜〜」
「なぬ!!なんで、あんたそんなこと知ってんのよ!!っていうか呼び捨て!?」
「ダメ〜〜？」
「ダメよ!!私のことは、美しく気高いミント様って言いなさい♪」
「分かった〜クナ〜〜君はそう呼んであげなさい〜」
「はあ？なんで？」
「だって〜めんどくっさいじゃん？オレは〜ミントって呼ぶから〜〜〜☆」
「ああああああんたも呼ぶの!!」
「や〜だ〜☆」

　完璧に素に戻ったミントは、全然自分の意見を聞かないルークに憤慨しながらも、なんとなく楽しくなるのを感じていた。
　まさか、こんなバカ騒ぎが出来るような人間があの空間に混じっているとは思わなかった。

「それより〜、ミント食べなよ〜〜〜」
「へ？」

　気がついたら、目の前に豪勢な料理が広がっている。
　さっき、クナがワゴンカーに乗せてきたのはこれだったのだ。
　ミントには見えてなかったが、さっきからクナはこれを広げていた。

「いいの？！やった♪やった♪」

　思わず小躍りするミントに、ルークは笑う。

「オレもお腹すいてたんだよね〜〜〜。あの空間飯はあるのに、中々食えないんだもんなぁ〜〜」
「へ？あんたも？」

　すでになん皿か食べ比べをしながら、ルークの言葉に軽く目を見張る。さすがに早い。

「ミント知らないでしょ〜〜？オレ、ミントの婚約者候補�ｂPなんだよぉ〜？も〜プレッシャーはかけられるわ、牽制されるわで…大体医療大国の第２皇子って仮面かぶんのも疲れるしさぁ〜」
「なぬっ!?聞いてないわよ!!」
「やっぱりぃ〜〜？知ってたら、ほいほいついてこないよねぇ〜〜☆」
「うぐっ!!!」

　サラダをのどに詰まらせたミントの背をルークがさすり、クナが水を突き出す。

「ミントは、結婚嫌なんでしょ〜〜〜？オレも嫌なんだよねぇ〜〜〜」
「へ？そうなの？ああ〜〜〜〜誰か好きなやつが、いるんでしょ!!あ、もしかしてこいつ!?」

　びし―――と、クナをミントが指差すと、ルークとクナが顔を見合して一瞬の沈黙の後、爆笑する。

「なっ!!なになに!?なんなのよ!?」
「あっはははははははは〜〜〜〜〜〜!!もーミント最高!!オレそんなに女に困ってないよお」

　涙まで流して、２人で肩を抱きあいながら笑う。

「ミント、口固い自信あるぅ〜〜〜???」
「へ？さぁ!?どーかしら？」
「クナ、言ってもいい〜〜〜？」
「いいよ、大体最初っからミント様を信用する算段だったろ？」
「なぬ!!どーいう事よ!!」
「オレは〜〜ミントの行動力とか、結構買ってんだよね〜〜☆強いしさぁ、かわいいしさぁ〜だからぁ〜耳貸して☆」
「なになに？」

　ひょいと耳をルークの口元に近づける。警戒心の欠片もないその動作に、ルークは軽く苦笑した。

「クナって男だよ〜☆」
「な、なぬ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!????」
「ついでに言うともう１８歳だったり〜〜☆１５くらいだと思ったでしょお〜〜〜〜？」

　確かにそう思った。
　衝撃の事実を明かされて、マジマジとラナを見つめる。
　軽い化粧も施されたクナは文句なしに可愛らしい。

「クナの本当の名前はねぇ〜〜〜〜ラクソンって言うんだよお〜〜〜〜☆」
「へぇ〜…。うっわーーー本当に男なの、あんた？でも胸はあるわよね？何かいれてんの？」
「ん？見るか？」

　可愛らしい顔で無表情にいわれた言葉と次のルークの言葉にミントの頬が引きつる。

「あ〜ミントのえっち〜〜〜〜〜☆」
「見ないわよ!!っていうかなんで女の格好してんのよ!!紛らわしいじゃない!!」

（大体なんで男がこんなに可愛いのよ!!）

「うん。それで話は戻るんだけどねぇ？オレ結婚したくないんだよね〜〜〜〜」
「あ、それ結局なんで？こいつじゃなくて他にいんの？」
「そういうわけじゃないんだけどね…あ。ラクソン…そろそろ動くと思うから、相手しててくんない？」

　ふ―――と真面目な顔になって、妙な伸ばし言葉をやめたルークの顔は、医療大国第2皇子としてのものだ。
　クナ―――いや…女装したラクソンは、半分閉じた目でルークを見て、軽く笑う。

「分かった。寝首かかれるなよ？」

「そっちこそ。…帰ってこいよ」
「あら誰に言っているの？」

　いつの間にかミントとルークで食べつくしていた料理の皿を、ワゴンに乗せると来た時のように一礼して完璧な動作で去っていく。
　2人だけで残されて、展開についていけずにミントは唖然とする。

「なんなのよ…」
「ねぇミント。ミントはオレを信じてくれる？」
「はぁ？なんでアンタを信じないといけないのよ!!」
「なーんてねぇ。ミントは別にそのままでいーんだよねー。オレが勝手にミント信じるだけだから〜〜〜気にしないでいいよぉ〜？」
「はああああ？聞いた意味あんの!？」
「ないよぉ？ミントは大丈夫だと思うんだけどぉ〜もし君が敵に回るんだったら…その時は覚悟しといてね？」

　花でもまきそうな笑顔に、ミントはマヤの頭痛の気持ちを少しだけ理解した。

「んじゃあミント。今から秘密の話するよぉ？」
「あーはいはい。聞いてあげるからとっととしなさい」
「ええっとねぇ。実はヴァノルーク第２皇子はあと３年のうちにクーデターを行います。」
「……あ〜…冗談？」
「んでもって、オレは危険分子で、王様…つまりはオレのクソ兄貴なんだけど、そいつに命狙われまくってます」
「はぁ〜〜〜？何それ!?わけわっかんない!!!」

　くらくらする頭を抑えて、ミントは思わず叫ぶ。
　よーするに兄弟げんか!?
　ミントとマヤみたいに!?
　だが違う。彼の表情はもっと深く、兄に対する感情は一切伺えなかった。

「うん。そうかもね。うちの国結構閉鎖的だから、国内のことは外部にはいかないようにしてるから」

　確かに彼の国は、その医療技術の発展から諸国に名をとどろかせてはいるが、その国内のことなど聞いたことがない。

「順を追って説明するよ」

　そういって彼は語り始めた。
　彼自身の過去と、呪われた国の話を。

　ヴァノルークの国…ヴァスビルクはまだ若い国で、およそ100年くらいの歴史しかもたない。今の国王の先先代が始まりの王様で、戦乱のさなか王位についた。
　幾つもの国々を統一した国王は、賢君ではあったが、誰しも欠点があるように一つ決定的な欠点があった。

　それはすなわち―――女好き。

　国は潤い、大きくなった。
　されど火種は大きかった。
　妻の数総勢４８名―――王位継承者の数２８０名―――。
　血で血を洗うことにより、王位継承者は５４名にまで減り―――先王が王位についた。
　先の王は賢君とは言いがたく、それは血の上に胡坐をかいた王だった。

　先王の世で、王位継承者は更に減った。
　常に、彼を王位から引きずり落とそうとするものを、逆に彼は容赦なく死刑にさらした。
　彼は人の情を持ち合わせてはいなかった。
　妻の数こそ少なくはあったが、一夜限りの相手なら星の数ほどもいた。

　そして、第一王妃のもと、王位継承者が生まれる―――。

　長男に知に優れた少年　ウイルノック＝グル＝ヴァスビルク
　どこか冷たい容貌を持ち、常に人の上を望み、高みを目指す者。

　次男に剣に優れた少年　ヴァノルーク＝ヴィ＝ヴァスビルク
　どこか気だるげな容貌を持ち、常にペースを崩さず、自分が自分であることを目指す者。

　２人のひどく異なる後継者。
　父は彼らに一つの言葉を譲り渡す。
　すなわち、

「欲しい物は自分で手に入れろ」

　それはウイルノックに王位を目指させ、ヴァノルークに全てを辟易させた。
　ウイルノックは利口で、人を使うのに長けており、人々が、国の重鎮が、王に選ぶのは当たり前だった。
　対して、ヴァノルークは、剣の腕こそ国で最も優れているが、やる気がまったく見られず、気がつけば城からいなくなっているような人間。

　第１王位継承者であることもあって、ウイルノックはごく自然に王位へついた。
　ヴァノルークはそのことに満足もしていたし、不満など抱いた事もなかった。
　そもそも第１王位後継者が、順当にその地位に着いたのだ。
　別に何かしら不満に思うことなどない。
　誰だってそのはずだった。

　しかし、王座と言うものは、それなりに人を狂わすものらしい。
　いつからか、ウイルノックのヴァノルークを見る目は、冷たく硬質なものへと変化した。
　元は、結構仲のよい兄弟であったのだ。
　実の兄弟であるし、たった一つの年の差であるから、普通の友達のように、同じように学び、遊び、育った。
　だが、今となっては話すことはない。
　目すら合わさない。

　ヴァノルークの元に、第一の刺客が現れたのは、ウイルノック即位からたった２年のことであった。