『銀色頭』







「すごい盛り上がりだね…」

 呆然と漏らした言葉は、大勢の人々の歓声と喧騒によって遮られた。
 ルウたちのいる東天大国の一角では、ちょうど豪華絢爛なパレードが通りすがったところだった。

「あ…兄貴ぃ!!!!」
「…うわぁ!ルネス…!!」

 人ごみに流されてしまい、頭のてっぺんしか見えなくなってしまったルネスを、ルウは慌てて救出する。
 2人でなんとか道の端まで寄り、喧騒を逃れた。

「だぁ〜〜〜〜〜〜!!」
「クレアは大丈夫かな……」

 あまりの騒々しさに、一足先に挨拶へ行ったクレアのことが急に不安になる。

「これじゃあ見学どころじゃね――――よ…」

 げっそりとした表情で悪態をつくルネスに、苦笑する。

「しょうがないよ…何しろ5年ぶりらしいからね」
「そのとーりっ!!!!」
「うわぁ!!」

 突然割り込んできた知らない大声が耳元で聞こえて、ルウは反射的にアークエッジを構える。
 相手は、当たり前だがそれを見て大いに慌てた。

「あわわわっ!!!!た…タンマタンマ!!」

 胸の前でぶんぶん手を交差させながら、飛びすざる。
 やはり、ルウには見覚えがない。

「兄貴の知り合い?」

 と、ルネスが尋ねてくるあたり、彼にも心当たりがないようだ。
 身長は高い。大きな膨らんだ帽子が更に大きく見せている。多分全長でいうと190はあるだろう。
 さらさらの銀髪で、ルウやルネスのそれとよく似通っている。切れ長だが妙に疲れた感じの瞳は、透き通った緑。顔立ちそのものは整っているが、かなりの美形というわけではなく、上の下といったところである。

「…どちら様ですか…?」
「別に怪しいもんじゃないって!!…だからそれ下ろして〜〜〜っ!!」

 泣きそうな表情で請われて、なんとなく気の毒になる。
 多分もう20は過ぎているのだろうが、妙に行動や表情が幼い。
 ルウが無言でアークエッジを下ろすと、明らかにほっとした表情になる。

「あ〜〜〜〜〜〜ビックリした〜〜〜〜〜っ!」
「……驚いたのはこっちもですよ…」
「あ〜〜〜ごめんねぇ〜〜驚かすつもりはなかったんだけどさぁ」
「んで、結局アンタ誰なんだよ!!」
「ルネス…」

 最初からケンカ腰のルネスに、ルウは思わずため息をつく。
 誰に似たのか、生来のものか…感情が豊かになるのはいいが、どんどん気が短くなってきている。
 前から思っていたことだが、ミントに似てきているのはなぜなんだろうか―――。

「オレはねえ〜〜〜〜ルークっての。花の25歳だよぉ☆んで、あんたらは〜〜?」
「僕はルウ。それに弟のルネスだ」
「兄貴!?」
「あわ〜〜…ルつながりじゃん。なんか仲良くなれそうな感じ??」     

 警戒しているルネスの凶悪な表情に気付かないのか、どことなく情けない顔で、にへら―――と笑う。それなりにいい顔が台無しである。

「それで…どうして僕達に話しかけてきたんです?」

 そもそもの疑問を突きつけると、よくぞ聞いてくれました―――といった表情でルウの手をしっかと掴む。

「うわっ。な、なんですか…?」
「それがさあ〜。今日はこの人込みっしょ〜?気がついたら連れとはぐれちゃってさぁ。も〜オレ、寂しくて寂しくて〜っ!!んで、すっごい暇だし〜、誰か話し相手になってくれそうな人探してて〜〜〜〜」
「…それが僕達…ですか?」
「ってーか、他に暇そーな奴らいっぱいいんじゃん」

 もっともなセリフに、あっさりとルークは口を開く。

「銀色の髪って珍しいじゃん?同じ銀色仲間がうれしくってさぁ〜〜〜」

 きらきらした顔で語るルークに、警戒するのがアホらしくなったのか、ルネスは呆れた顔でルウとルークとを交互に見つめる。

「…あの…もう分かりましたから…離してもらえませんか?」
「あ〜〜。ごめんごめん〜☆んでさぁ〜ルウとルネスもミント様たんじょー祭り見るためにに来たのー?」
「てか呼び捨てかよっ!!」
「えっ…と、ルークさんもですか…?」
「うん。そーだよぉ☆呼び捨てにしてもらえると嬉しいんだけどぉ?」
「あ、はい…ルーク…」

 ルウがそう呼ぶとやけに嬉しそうな顔になる。こっちまでつられてしまうほど、嬉しそうな顔だ。

「ルネスも呼んでぇ〜」
「うわっ。きしょくわりぃ!!」
「ひど〜〜〜」

 2人の微笑ましい(?)光景に、ルウの頬が緩む。

「ルークさんは、連れの方を探さなくていいのですか?」
「うん。めんどいしねぇ〜〜。向こうが見つけてくれると思うよ〜?オレ目立つしぃ〜〜〜☆」

 なんとものん気な言葉だが、不思議と不快感はない。
 実際彼はその身長ゆえにかなり目立つ。

「おっ!!!!!兄貴っ!!!」

 ルネスがいっぱいいっぱいに背伸びしながら、ある方向を一生懸命に示す。

「お〜〜〜〜〜ミント様じゃん〜〜〜☆」
「えええっ!!!!」

 人の壁に阻まれ、何も見えなかったルウは、ルークの言葉にルネスの肩を借りて軽快に宙に舞う。
 パレードの中に確かにミントはいた。
 ルウが最後に見たときに比べて身長も髪も伸びて、どこか大人びた微笑と共に、周囲に手を振っている。
 飛んだのは一瞬だけ。

 その一瞬に。

 ふっ―――と、ミントの視線がルウの上を通りすぎた。
 たった一瞬だけだが、ミントの姿がルウの脳裏に細かく焼きついた。

「ミント……」

 呆けたように呟く。
 彼女は変わっていた。
 前よりもずっと

 ―――女らしく、大人らしく―――。 

 そして、美しかった―――。



 ……ふ、と視線を感じた気がして、ルウは振り返る。
 ルネスもルークも厚い人壁の向こうのミントを見ている。

(………気のせい…か?)

 なんとなく納得がいかなかったが、今のルウにそれを詮索する気はおきなかった。

(ミントだ……)

 思わず緩む口元を隠す。

(どうしよう…)

 たった一目見ただけで、こんなにも胸は高まり落ち着かなくなる…。
 激しい動悸を抑えて、今すぐにでも彼女に走りよりたい衝動に耐えた。
 ルネスとルークがいなければ、実際にしていたかもしれない

「ミント様きれいだよねぇ〜〜〜〜〜☆」
「あれがミントかよ…しかし化けるもんだね〜〜〜!」
「あれ〜〜〜?ルネスもしかして、ミント様知ってるのぉ〜〜〜〜〜?」

(……?)

「…ルネス」

 どこか、違和感を感じながら、ルウはルネスを小さく呼ぶ。
 さっきから、何かが気にかかる。
 その正体がつかめなくて、少しだけ眉をひそめた。

「へっ!?いやっ!全然知らないよ!!」
「なんか知ってるっぽい言い方してたぞぉ〜〜〜〜」

 ルウの方を気にしながら、ルネスはそう言うと、ルークがいぶかしげに顔を寄せる。
 はるか高くから見下ろされて、非常に怖い。

「……………ルーク…」
「っ!!!!」

 すぅ―――と、透き通る知らない声にルウは鳥肌が立った。
 思わずアークエッジを横一字に薙ぎ払いかける。
 あっさりと背後に立たれていた事実に狼狽する。
 ざんばらな黒髪で、半分まぶたの落ちた目は深い緑。顔の半分以上を髪が覆い隠し、身長はルウよりも少し低い。
 大体15,6…だろうか。

―――どこかルークに似ている。

 ルウの頭の上からルークが彼を認めた。とたんに満面の笑みを浮かべる。 

「おっ。やっほ〜〜〜〜☆来たか〜〜〜〜〜〜☆」
「早く行きますよ」
「ちょちょちょっと〜〜〜〜〜!!も〜〜〜ちょおっと遊ばせてくれたっていいんじゃない?」
「ダメです」

 即答。
 呆気にとられて、2人の様子をただ見守る。
 話し方は全くの正反対で、その性格も正反対のように見える。
 表情豊かなルークと、無愛想で言葉も少ない少年だが、2人の間には深い信頼が伺えた。

「ええ…っと…ルークの兄弟かなにか?」
「………」

 ルークが無言でルウの手を両手で勢いよく掴む。

「え、あの?何か…?」
「ルウ〜〜〜〜〜〜!!君って……!!なんていいヤツなんだ〜〜〜っ!!」
「……はあ?」

 かなり、不審気にルークを見上げるルウの手をぶんぶん振る。

「オレとラクソン似てる!?ほんと?ほんとに!?ちょー嬉しい〜〜〜〜〜!!」
「ルーク」

 ちょっとだけ、咎めるニュアンスをもつ呼び方。男にしては少し高く、女にしては少し低い。ちょうど間の声は透き通っていて、特に大きな声ではないのによく響く。

「ラクソン。分かったって。も〜喜びに浸ってみたっていーじゃ〜ん☆」

 ちぇっ…と唇を尖らして、ルークはルウを解放する。

「兄貴、無事かぁ?」
「な…なんとか…」
「そんじゃ、オレ行くわ〜〜〜〜☆じゃあね〜〜〜〜〜」

 あっさりと、手を振るルークにルネスは思わず咬みつく。

「二度とくんな!!」
「ルネスのいっけず〜〜〜〜〜〜」

 言い残して、ラクソン…というらしい黒髪の少年が引きずるようにルークを連れて行く。
 思わず苦笑して、ルークに軽く手を振った。
 10歩くらい遠ざかったルークの唇が動いたような気がした。

「一体何だったんだ……」

 ひどく脱力した様子のルネスが、やけに可愛らしい。

「―――また後で…?」

「兄貴?」
「最後に彼がそう言った気がするんだ」
「もう会いたくねぇよ〜!!」

 頭を抱えるルネスについ苦笑する。

「多分また会えるよ」
「うえええ!!勘弁して〜〜。てか兄貴なんで?」
「う〜ん…さあ?ただ…」 

―――なんとなくルークにはもう一度会うことになる気がした。

 それは、今日のうちに事実になる。





「―――また後で」

 引きずられるままに小さく呟いて、堪えきれない笑いを手で隠す。

「ルーク」
「ラクソン聞いた?兄弟だって!!兄弟!!」
「聞いた聞いた。いい加減にしろよな…。どこに耳があるか分からないのだから…」
「だいじょーぶだいじょーぶ。ラクソンがちゃんと気をつけててくれるもんな……おわっ!!」

 急に引きずっていた手をラクソンが離したので、ルークは2・3歩よろめいて、尻餅をつく。
 そのまま、首を反らして逆さのラクソンを見ると、黒いあちこちにはねた髪の間で見え隠れする耳が赤い。
 またも復活した笑いの虫を噛み殺して、勢いよく立ち上がる。
 ルウ達といた時の異様なハイテンションはもはや存在しない。

 視線の先にあるものを冷たく見据え―――

「んじゃ、そろそろ化けますか☆」
「それではルーク様。こちらへ…」

 透明感あふれる静かな声が1オクターブ高くなり、少年というよりも少女の声のそれへ変わる。

「クナ、頭はそのままでいいのかい?」
「まさか。ルーク様も着替えが必要でございましょう?」
「すぐだよ」
「ええ。私もすぐですわ」

 2人は顔を見合わせて、いたずらっ子のように目をきらきらさせて、けれどもずる賢く、にやりと笑う。
 無言で姿を消した2人の遠く…小さく見えるそこに東天大国の王城の門がそびえたっていた。