『昔日の主従』
玄関で私服姿の遠坂を見るのは、なんだか非常に不思議な感覚である。
いや、家に遠坂がいるということ事態が未だに不思議極まりない、かつとんでもなく緊張するコトなのだが。
「じゃあな遠坂。また明日学校で」
「ええ、分かってるとは思うけど、学校にはタクティシャン連れてきなさいよ」
最後の最後まで忠告を忘れない遠坂が非常にらしく思える。
おかしい話だ。つい最近までのイメージは全否定されたくせに、今の遠坂の方が遠坂らしいと思ってしまうのだから。
「ちょっと…何にやにやしてんのよ。気持ち悪いわね」
そうして二の腕を摩りながら気味悪そうに一歩引く遠坂。む、さすがにその対応はあんまりじゃないのか。…まぁ、どうにも顔が緩んでしまったのは否定できない。
「いや、それより遠坂、もう遅いんだし気を付けろよ」
「―――何それ、バカにしてる? 相手がサーヴァントでもない限り不足なんて取らないわよ」
「あ―――いや、そういうコトが言いたいんじゃないんだが」
どう言ったものか。
確かに遠坂は優秀な魔術師で、俺の心配なんて要らないのだろうが、女の子がこんな夜遅くに1人歩いているなんて危ないにも程がある。そりゃアーチャーだってついているんだろうけど、実体化はしないわけだから1人と一緒なワケで、それでそんなミニスカートとか犯罪的なまでに晒された素足とかもうなんていうか恐ろしく危険で危ないわけで! 大体遠坂みたいな美人が夜1人で歩いていたらよからぬ事を考える不埒者がいるに決まっている。
「―――ふふっ。士郎の言いたいことは分かるけど、私にはアーチャーがいるもの。心配には及ばないわ」
む、それは分かっているのだが複雑だというかなんというか。いや、それより、遠坂…俺の言いたいこと分かっててからかったな。
「それじゃあ士郎、明日屋上で会いましょ」
俺が憮然としている間に、にっこりと笑って遠坂は踵を返した。遠坂とは明日の昼に屋上で落ち合い、情報を交換することになっている。補足すると、タクティシャンのケーキは土産に持たせた。
その颯爽とした背は凛と伸びていて、歩く挙措さえも優雅。学校で見る優等生そのものの姿で遠坂は衛宮邸を後にした。
彼女を守るべきサーヴァントの姿は既に何処にも見えない。
見えないだけでちゃんといるのだろう。それは非常に不思議な感覚だ。
「シロウ、リンは帰ったの?」
「ああ―――丁度今帰ったぞ、イリヤ」
振り向くとすぐ真後ろに白い少女の姿。
イリヤの容姿は恐ろしいまでに衛宮邸と合っていない。どう見てもこう、城じみた洋館…遠坂の家にいそうな姿なのだ。
「アイツらはまだ?」
「ええ、道場に篭って出てこないわ」
アイツらとは言うまでもなくタクティシャンとセイバーである。
元々顔見知りの2人は積もる話もあるのだろう。というか、一番最初、タクティシャンを認識してセイバーが言いだした『話をする』は2人きりでのことだろうから、さっきまでのアレは違う。
だから話し合いに決着がついて、遠坂達が帰った今、ようやく2人きりで水入らずという訳だ。
「イリヤも知らなかったんだよな、タクティシャンとセイバーのことは」
「ん。セイバーだってまさか知り合いが参加してるなんて思ってなかったみたいだし。それにしても聖杯戦争の参加者がサーヴァントとして呼び出されるなんて、変な話」
「ああ、確かに驚いた」
サーヴァントとして呼び出された彼女も、かつてはマスターとして聖杯戦争を経験しているのだ。それはなんという確率なのだろう。
あまりにもあり得ないことだからこそ、タクティシャンもセイバーもあんなにも動揺したのだ。
かつて守る側と守られる側だったもの同士が戦う立場になった。それはある種のやり難さを覚えるに決まってる。
―――む?
そう言えばサーヴァントは以前呼び出された時のことを覚えているものなのだろうか?
それって凄い記憶量になりそうな気がするな。だから生前の記憶を忘れるのだろうか。
まぁなんにしろ、タクティシャンもセイバーも彼女たち自身が言うように、家族だったり友人のような関係だったというのなら、俺は全面的にこの状況になって良かったと思うのだ。
まぁ甘い考えだとは理解している。
遠坂に言ったら冷笑されるか散々馬鹿にされるかのどっちかだろう。
だけど、それでもイリヤやセイバーと戦いたくはないと思うのだ。
「さて、あの2人の話に決着がつくまで何か話でもするか」
「え―――?」
「ん、なんだ?」
なにやら呆然と見上げてくるイリヤスフィール。
うむ。どうやらこの少女を驚かせるのは得意らしい。毎回そんな目で見上げられるのもなんともはや。
「シロウって…」
「おう」
「すぅぅうううううっごいバカなのね」
「はぁ!?」
聞き捨てならないことを聞いた。いやいやいやそんなしみじみとした顔で言う事じゃないだろ! 何がどうなってそうなるんだ。全く近頃の子供の頭の中は分からない。
全然ワケが分からないし全く持って不愉快極まりないことを言われたのにも関わらず、俺は―――
「うん。でもいいわ。お話しましょ、シロウ!」
なんて、純粋無垢かつ満面太陽の笑顔にあっさりと陥落されてしまったのである…!
タクティシャンがだだっ広くて遠慮がいらないところ、を話し合いの場として求めると、一体何をする気なんだと散々問い詰められてからここに案内された。
別に何をするってわけでもないのだが。
道場はまぁひたすらだだっ広く立派だ。
その静謐な空気は凛とした佇まいのセイバーによく似合う。
懐かしいとは思わない。
記憶は遠く一々感情など追いつかない。
「―――懐かしいですね」
「―――そう」
それでも、タクティシャンがセイバーの漏らした吐息のような声に頷いたのは、感傷としか言いようがない。
メイガス風に言うならば心の贅肉。
確かにセイバーには懐かしい場所に違いない。
セイバーは感傷を振り切るようにして首を振ると、後ろに立つ黒髪の女に向き直る。
衛宮士郎のサーヴァント、クラスタクティシャン。
セイバーの元マスターであり仕えるべき主、否、その生涯を守り抜いた相手。
「…それで、これは一体どう言う事なのですか? …■」
「それ、禁句ね。今の私と彼女は全くの別物だけど、何がきっかけで抑止力が働くかなんて分かったもんじゃないわ。―――まぁ、貴女との戦闘で結構手の内見せちゃったから時間の問題だとは思うけど」
「そう、ですか。ではタクティシャン。―――何故、貴女がここにいるのです?」
予想通りの問いかけだったのか、タクティシャンははしみじみと息を吐いた。
セイバーの顔はどこまでも真剣だ。
それをタクティシャンは知っている。
「セイバー、その台詞、そっくりそのまま貴女に返すわ。私がアイツに召喚されたのは、貴女がもう英霊ではなくなったからだと思ってた。しかも何? すっかり普通の英霊になっちゃってるじゃない。その割に私達といた記憶も持っちゃってるみたいだし? しかも召喚したのはあのアインツベルン。正直意外すぎて何が何だかーって感じなんだから!」
「う、そ、それは」
「何よ。ちゃんと説明してくれるんでしょうね」
じとり、と半眼で睨みつけるタクティシャン。
う、と気おされながらも視線をそらさないセイバー。
なるほどその様子は確かに主従なのである。
「はい。ですがタクティシャン。私もそれを聞きたい。貴女がそういったモノになった理由を」
「あーそれ。―――…正直、私も予想外だったのよねー。ああ、でもアイツみたいに『守護者』じゃないわよ? ほら、生前セイバーの力使ったり権力と金にモノを言わせて色々やったじゃない? どーにも死んだ後信仰されちゃったみたいなのよ。まったく勘弁してほしいわよねー。なんだって死んだ後まで働かなきゃならんのよ。サーヴァントとして結構先の未来にも召喚されたコトもあるんだけどね、聞いて、遠坂神社ってあるのよ? もう笑うしかないったら。大体、赤の他人のことなんか知ったことじゃないって話よねー」
がーっとまくし立てる。だって今までこんなこと言う相手が居なかったんだから仕方ないじゃないか。文句の一つや二つや三つ言いたいじゃないか。いやもうね、ホントまさか自分が英霊なんてものになるなんて全くもって思ってなかったわけよ。しかも聖杯戦争なんてものに呼び出された日にはどうしろっていうんだ。確かに聖杯は一族たっての悲願だったけど!
と、怒りに拳を握るタクティシャンにセイバーが呆気に取られる。
顔を真っ赤にして怒るタクティシャンはセイバーにとってあまりにも懐かしくて。それはそれは愛しいまでに温かな感覚で。
「って何笑ってるのよ…!」
「いえ、タクティシャン。貴女は変わらないなと思いまして」
「当ったり前よ! 何? それともアーチャーみたいな捻くれ者になってた方が良かったかしら?」
「あ、いえ、もう十分です。それ以上捻くれては困ります」
「相変わらず直球で腹が立つわねセイバー。それで、セイバー。貴女はどうなのよ。私はてっきり貴女は―――」
不意にタクティシャンは言葉を紡ぐ。その先は言うべき事ではないと判断したのだろう。 セイバーは緩く頭を振って、彼女の気遣いは無用だと自ら口を開いた。
「タクティシャン、貴女の知るとおりです。私は史実どおり最後を迎えました」
そう。
セイバー…アーサー王の物語は俗にいうカムランの戦いで幕を閉じる。
アルトリアという少女の物語は彼女自身の死によって終末を迎えるのだ。
聖杯を欲したがゆえにセイバーは聖杯戦争へ参加していた。
死ぬことさえも許さず、自らの時を止めてでも聖杯を欲し、そしてそれは永遠に成らなかった。
それをセイバーは自分の意思で良しとした。
そこにどれだけの葛藤があっただろうか。
そこにどれだけの想いがあっただろうか。
セイバーは誇らしく胸を張る。
後悔はしていない。
胸を張り、誇らしく微笑むセイバーに何を思ったのか、タクティシャンは何も言わずに頷いた。その顔には紛れもない安堵が滲む。
「そう…でも、じゃあなんで?」
セイバーがサーヴァントとなっていたのは特殊な事情があった。
その特殊さゆえにセイバーはサーヴァントとしての記憶を連続して持ち、霊体化出来ないという不便性を抱えていた。
だが、今のセイバーは霊体化が出来る。
「守護者にこそなりませんでしたが、私が英雄であるのは変わりありませんから」
「ああ、それもそうね。アーサー王なんて英雄が英霊でないわけはないか。でも、じゃあ、セイバーは一体何を聖杯に望んだの?」
「む―――」
そう、望みがなければ聖杯戦争に呼び出されるなんてことはありえない。
だから、自らの手で聖杯を壊し、諦めた彼女が聖杯戦争に望むことなど何一つない筈、なのだが。
「それが、私にもよく分からないのです。ただ、もしかしたら、羨ましかったのかもしれません」
騎士王はそう自信なさげに呟く。恐らくは、自身でも呼び出された理由を何度も考えていたのだろう。
タクティシャンは何も言わずに先を促した。
真っ直ぐに絡み合う、かつての主従の視線。
「貴女達と過ごし、その生を見届けました。それは私にとってはとても楽しくて贅沢なモノでした」
そう、過去のことなど忘れてしまうほどに。
忙しくて、温かくて、楽しくて、一所懸命で、必死で、前を見て走り続けた。
それは、目が回るような毎日だった。
魔力切れで瀕死だったりもした。
振り回されて疲れ果てた日もあった。
自らの不甲斐なさに腹が立った日もあった。
―――それでも。
「それが、本当に楽しくて仕方なかったのです」
だから羨ましかったのだと、戦いに明け暮れた孤独な王は笑った。
やり直しを求めたコトもあった。
聖杯さえあれば滅びなどなかった、と信じたかった。
―――もし、もしもあの剣を引き抜く時からやり直せたのなら、と願った。
もっと自分よりも相応しい人物は他にいるのではないか、その人物ならば平和な国を長く築けたのではないか―――。
ならばその可能性を求めることが、王としての責務であり義務だと思い…。
―――それでも、
王としての使命を全うし、後悔など微塵もなく、誇りと矜持をもって死んだ。
否定などしてはいけなかった。やり直しなんて出来ない。
たとえ王として生きた自分の最後が滅びだったのだとしても、その過程に嘘はなかった。
王として育ち、王として生きた。
それは偽りのない事実。
ならばその生はなんて最高のものか。
後悔などない。
やり直しなど求めない。
そんなもの、何一つ価値はないのだと、教えてくれた人達がいた。
だからアルトリア・ペンドラゴンは幸福であり、満足して死ねた。
聖杯に拘らなければ実にあっけないその最後。
それを迎えるためになんて遠回りをしたことか。
「だから望みなどないと思っていました。ですが、私は心のどこから望んだのだと思います。…タクティシャン、貴方たちのように、パートナーと共に人生を駆け抜け、笑い、喜び合う、そんな幸福を」
だから、それがきっと召喚に応えた理由。
遠回りした挙句の、とんでもなく贅沢でとんでもなく分不相応な願い。
それを口にすることは、セイバーにとってとんでもなく勇気のいることだった。
これはきっと王としての言葉ではなく、アルトリアとしての言葉。国の平和を夢見た挙句聖杯を頼った少女の、新しく夢見てしまった願い。なんて自分勝手で、傲慢な―――!
それなのに、タクティシャンはただ穏やかにセイバーを見ていた。
温かに、穏やかに、嬉しそうに。
まるでセイバーの全てを見透かすように。
ひどく恥ずかしくなって、俯くと同時に言葉を紡ぐ。少々早口なのは愛嬌というものだろう。
「それで、タクティシャン。貴女の望みはなんなのですか? 聖杯に望むものがあるとは思えないのですが」
「あー…んー、そうね。私も実ははっきりしなかったりするんだけど、聖杯よ」
「はい?」
「聖杯に望むんじゃなくて、聖杯を望むの。だってそれが悲願だったんだもの。後は混沌の渦だとか、魔法への到達ってところじゃないかしら。
―――どうにも捨てれなかったみたい。あ、勿論後悔はしてないのよ?」
慌てて手を振るタクティシャンに、セイバーは気遣わし気な視線を向ける。
かつて彼女は聖杯を求めた。それだけははっきりとした事実。
そしてそれは成らなかった。それも確固とした事実。
「あーでも、あのバカに会ったら、こう、あの歪んだ思想を真っ向から踏み潰したくなったわね」
ぶつぶつと言いながら浮かべる悪魔の笑み。
それに気おされながらも、なるほど、とセイバーは頷き、苦笑した。
その気持ちは分からないでもない。
「それとね、アイツに会ったら、あの捻くれた顔を矯正してやりたくなったわ」
これは紛れもない苛立ちを込めて。
けれどひたすらに決意に燃えたまっすぐな瞳は妙に頼もしい。
セイバーはあまりに懐かしい彼女の姿に、心から安堵を覚える。
「セイバー、貴女の目的は結局受肉なわけよね?」
「あ―――いえ、確かにそうなのかもしれませんが、もう一つ、ここに来てから望みが出来ました」
「え、何?」
「イリヤスフィール・アインツベルンの救済です。―――救済、などとはおこがましいですが、彼女の幸福が私は欲しい。彼女が笑って生きる未来が欲しいのです」
「―――ふぅん、どうやら上手くやっているようじゃないのよ。まぁあの子が折れて貴女と協力出来るのは正直嬉しいし助かる」
「はい。私もです。話が出来ればシロウとの協力は叶うとは思っていたのですが、その話をするという選択肢がイリヤにはなかったので、なんとか初回の戦闘で様子を見ると約束しました」
「それが約束がどうこうって言ってたヤツね」
―――と、2人は同時に視線を入り口へと向ける。
そこにはまだ誰もいない。
そう、今はまだ。
だが。
「時間切れ、か。私は聖杯の様子を探るわ。というか、今回の聖杯をセイバーはどう見てる?」
「分かりません。アインツベルンで教えられた情報は大したものではなかったので。ただ、第三次の時点でアンリ・マユは呼び出されているようです」
「そっか。じゃあそれをどうにかする方向で調べるわ。それまではできるだけサーヴァントの脱落者は出したくないわね」
「はい、イリヤにも相談してみます。聖杯が既に汚染されているというのなら、アインツベルンの目的とも外れますから」
「お願い。―――アルトリア」
「はい―――■」
「それ禁句って言ったでしょ」
「はい、タクティシャン」
早口の応酬は終結し、2人は実に満足そうに微笑んだ。
微笑む、というよりはどう何事か企んでいるような、こう、周りに不安を抱かせる某あかいあくまの見せる笑顔。
がっちりと合った視線。
お互いの瞳の中にお互いを見出し、彼女らはパシン、と高く手を合わせた。
それでお終い。
それで全ては通じる。
語りきれなかったことも、まだまだ足りない情報交換も、その全ては横において、旧友同士の語らいはここに終結し、今この時から同じ目的を抱く同士として協力し合う者となる。
そうして2人、道場と外を繋ぐ唯一つの出入り口へと向かう。
守るべきマスターがそこに居るのだから。
2015年3月26日
もうすぐアニメの二部が始まるのですよ。昔やってた方のフェイトアニメも好きなんですよ。びみょーって思っちゃうとこもあったけど好きだった。やっぱりライダーさんのミニスカはひらひらしてちゃいかんと思うの。