『お話合い』














 時計は既に11時を示していた。
 一気に狭くなったように感じる居間に座るのは、俺、タクティシャン、遠坂、アーチャー、イリヤスフィール、セイバー。
 とんでもない事に、聖杯戦争の参加者の半数近くがここに揃っているのである。

 あの後俺達は速やかに公園から撤去した。
 公園の惨状はそのままだ。家に帰ってからすぐに遠坂が電話していたので、恐らくはそのフォロー関係だろう。

 聞きたいことも言いたいことも山ほどあったが、ただただ無言で家に帰ってきた。
 アーチャーとセイバーは目立つので霊体化し、この家に入ると同時に姿を現した。サーヴァント同士は戦える。結局セイバーという最強のカードと相対しているのは変わらないのだ。

 にらみ合い、と言うほどではないが、ぴりぴりと空気が張りつめている。
 
 そりゃそうだろう。
 それは仕方ない。
 だが、それとは関係なく、なぜ、誰も話さないのか。

 ずらりと座ったがいいが、誰もが黙り込んでいる。

 居たたまれない。
 とにもかくにも居たたまれない。

 というか考えてみれば、皆が皆揃って正座で座り込む必要性はなかった気がする。
 ただまぁ雰囲気に流された。ちなみにイリヤスフォールは足を投げ出している。外国の小さな子供に正座は厳しかろう。
 不意に、タクティシャンが席を立つ。

「た、タクティシャン?」
「お茶でも入れようかと思いまして」

 そういえば、この緊張のあまりお茶すらも入れていない。客人を招いた主人としてあるまじき失態だ。いや、客人というわけでもないわけだけど。
 言われてみれば確かに喉が乾いていた。
 当然だ。家を出て飲まず食わずであの状況。

「あ、ああ。俺がやる」

 ぎこちなく立ち上がると、何故か遠坂に睨まれた。
 何でだ。
 というか、イリヤスフィールはずっと膨れてセイバーの服を握っているし、セイバーはそれに苦笑と共に応えている。マスターとサーヴァントというよりも、仲の良い姉妹のようである。
 遠坂は思案気な表情で時折ぶつぶつ言い出すし、アーチャーは我関せず、という顔で腕を組んでいた。ただ、時折何事かを思案するかのように真剣な顔になる。

 話し合いする気が本当にあるんだかないんだか。
 台所に入ると、何故かタクティシャンが付いてくる。

「タクティシャン?」
「…お茶菓子でも出しましょう」

 どうにも素っ気ない態度で、タクティシャンは戸棚を空ける。
 タクティシャンがいたるところから貰ってきたお菓子は健在だ。
 お湯を沸かしながら、その背を視線の端で追う。
 赤い外套。纏め上げた黒髪。細い背中。
 傷なんて、何処にも見えない。
 だが。
 ―――左手が、痛い。
 そのじくじくとした痛みはあの戦いからずっと続いている。
 無視できない程の痛みではないが、無視してはいけない痛みだ。
 だから、お湯を沸かしながら問いかける。
 そっと居間を伺いながら、できる限りの小さな声で。

「…なぁタクティシャン」
「はい」
「お前、怪我はもう良いのか?」
「―――大丈夫。…と言っても納得するような顔ではありませんね。まぁ、一部繋がっているんだし、当然といえば当然か」

 小声でぼそぼそと聞き取れない言葉。
 お茶菓子を皿に盛りながら、タクティシャンは俺に向き直る。
 視線を居間にやって、彼らが黙り込んでいるのを確認。黙り込んでいるが、恐らくはコチラの様子を伺っているのだろう。そういう空気だ。

「一先ずお茶を飲んで、それから疑問には答えましょう。まだ聞きたいことは沢山あるのでしょう? シロ」
「う―――」

 それを言われると辛い。
 言葉に詰まった俺を、タクティシャンは優しい目で見てる。
 時折見せるあの氷のような鋭い目からは想像も付かないような、それ。

 湧いたお湯を一度冷ましながら、急須に茶葉を入れる。
 タクティシャンはタイミングを合わせようというのか、お茶菓子を持ったままに立っていた。
 菓子は全て個包装になっているので、フォークもスプーンも関係ない。

「さて、いい加減話を始めましょうか」

 最後の湯飲みを置いてタクティシャンが言った。
 6人それぞれの目の前には日本茶入りの湯のみ。更にその目の前にはお茶菓子。

「―――ええ。そうね。それで、タクティシャン、貴女はセイバーと何を話すつもりだったのかしら?」
「それは後ほど彼女とゆっくりと話すとしましょう。それよりも今はイリヤスフィールについて話すべきでは?」
「…そうね。正論だわ。イヤになるほどね」

 遠坂とタクティシャンは、どうにも相性があまり良くない。視線がひたすらに剣呑だ。
 名前を呼ばれたイリヤスフィールは、非常に不機嫌そのもの顔でセイバーの服を掴む。

「なによ。令呪は渡さないわよ」

 むーっと眉を顰めるイリヤスフィール。

「マスター。貴方は彼女をどうしたいですか」
「え? 俺―――?」
「ええ。貴方はイリヤスフィールをどうしますか?」

 突然話を振られて混乱する。
 鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔の少女を見る。多分、俺も同じ顔をしてる。
 いや、どうするって…それは―――。

「協力すればいいんじゃないのか?」
「な―――」
「え―――?」

 う。そこまで呆然としなくても。
 パクパクと口を開いて閉じる遠坂。イリヤスフィールはまだ固まっている。
 タクティシャンはただお茶を飲み、セイバーはじっと俺を見ている。アーチャーは心底興味なさげである。
 いや、何も変なことは言っていないはずだ。

「…というか、タクティシャンはそのつもりだったんじゃないのか?」
「―――何故?」
「何故って…だって、セイバーを倒すのにアーチャーと協力する気なかっただろ」

 わざとセイバーと肉薄し、アーチャーを踏み込ませる隙間を持たせなかった。
 不利だと知りながら、あえて近接戦を挑んだ。
 アレだけの攻防の中、弓で踏み込むことなど出来ない。
 それこそ、両者共に消そうというのでない限り―――。

「―――」

 いや、アーチャーはそれをしかねない。
 今更ながらその可能性に気づいてぞっとした。
 なんせサーヴァントを一気に始末できる絶好のチャンス。
 何故アーチャーが弓を射なかったのか、という事の方が余程不思議だ。

「―――くっ。小僧が言ってくれる。それで、タクティシャン。君の言いたい事はマスターと同じかね?」
「―――そうね。確かに、セイバーみたいな強力なカードをここで失うのは惜しいわ。協力できる可能性がある相手なら余計にね」
「どの道セイバーに私達は殺せない。手を組んでも悪くはない、か。そうね、いいわ。私も士郎に賛成よ」
「私は問題ありません。イリヤスフィールに従うまでです」
「―――ふむ。今更私の意見は必要ないな。マスターに従うまで、か」

 そうして着々と意見は出揃い―――。
 視線はイリヤスフィール…なんとか、という少女に集中する。
 少女は先ほどまでの驚愕も困惑もなかったような仕草で…というよりもふてぶてしい堂々とした態度で湯飲みを傾け、一気に日本茶を飲み干した。

「う、にが…」

 どうやらお口には合わなかったらしい。しまった。確かに子供向けの味ではない。牛乳でも温めるべきだったか。
 後悔しても遅い。不機嫌に少女は唇を突き出したあと、コトリと湯飲みを机に置いた。
 緊張の一瞬。ぴんと空気が張りつめる―――

「―――ん。いいよ。協力すればいいんでしょ」

 あっさりと。
 そう、聖杯戦争のマスターは頷いてくれた。
 その後の沈黙はなんというか、表現しがたい。

「…驚いた。どういう心境の変化かしら? イリヤスフィール」
「だって、別に私がすることに変わりはないもの。最後まで生き残ればいいだけだし、それに、私の目的のためには都合がいいわ」

 目的? 聖杯のことではないのだろうか?
 何故か目があう。
 敵意、だろうか。なんとなく気おされる。
 …恨まれることをした記憶はないのだが。

「イリヤ…貴女はまだそんな事を」
「とーぜん。いいじゃない。セイバーだって昔の知り合いと共闘できるし? わるいコトなんて一つもないでしょ?」
「それはそうですが…」
 
 不満げにイリヤを睨むセイバー。
 イリヤは澄ましてそれを受け流す。
 むむ。どうやら奇妙な上下関係のようだ。
 それはそうと。

「タクティシャンとセイバーってどういう知り合いなんだ?」

 気になっていたことを一つ、聞いておく。
 それは彼女たち以外の全員が気になっていることのようで、視線がスライドした。
 タクティシャンとセイバーはお互いに顔を合わせ―――。

「従者よ」
 と、タクティシャン
「主です」
 と、セイバー。

 ………………………………………………。
 いや。

「ちょ」
「ちょっと待ちなさいよ…あんた達。大体、どう見ても同じ時代の人間じゃないじゃないのよ…っ」

 …そう、その通りだ。
 言わんとすることを遠坂が言ってくれた。
 おかげで俺の口はパクパクと開閉するばかりだ。

「そもそも、王様の上に人が立てるワケないじゃない」
「い、イリヤっ」
「いいじゃない。セイバーの正体なんて宝具使った時点でバレバレよ」
「う―――そ、それはそうですが」

 確かに、俺はセイバーと呼ばれる彼女の正体に心当たりがある。
 というか、皆分かっているのだろう。誰もが平然としているのが良い証拠だ。
 エクスカリバー、それは見る者の心さえ奪う黄金の剣。
 あまりにも有名すぎるその真名。
 ―――約束された勝利の剣。
 イングランドにかつて存在したとされ、騎士の代名詞として知れ渡る騎士王の剣。
 それがセイバーの持つ、英雄の証だった。
 それならば、セイバーの真名はただ一つしかないだろう。…まぁ、かの騎士王が女だった、などと誰が想像し得ただろうか。

「ほらセイバー分かったらお菓子でも食べたら? あんたの為に用意したようなもんなんだから」
「うっ! た、タクティシャン…貴女という人は。別に今は魔力生成など行わなくてもマスターよりキチンと供給が行われています。食べなくても大丈夫です」
「ふぅん? そう。ならいいのね? ケーキもあるんだけど、セイバーには必要ないか。じゃあ、食べましょう、アーチャー」

 顔を赤くしながらふん、と宣言したセイバーに、タクティシャンは意地悪く笑って同じサーヴァントであるアーチャーに呼びかける。
 そう、タクティシャンもアーチャーも魔力供給のあるれっきとしたサーヴァントである。
 …ある筈だが。

「―――は? た、タクティシャン?」
「―――ふむ。よかろう。種類も多種多様であったな。どれを食べても構わんのだろう?」
「ちょ、ちょっと待ってください。貴方達は何を言って…」
「ええ、勿論よ。マスターたちは明日食べるでしょうから、3つ残して食べてしまいましょう」
「―――っっ!!」

 ……………セイバー、涙目だぞ。
 いいのか。最強のサーヴァントがこれでいいのか。
 というより、イングランドの騎士王様がこれでいいのか。

「―――呆れた。変なのはうちのセイバーだけかと思ってたのに、リンとシロウのサーヴァントもなのね」
「イリヤスフィール?」
「イリヤって呼ぶのを特別に許してあげるわ。シロウ、リン」
「じゃあイリヤ、どういう意味だ?」
「そのままの意味よ」

 そうして視線をサーヴァントに送る。
 冷蔵庫から出してきたケーキを食べるタクティシャンとアーチャー。
 ちなみにモンブランとショコラケーキ。セイバーの視線は2人の皿に釘付け―――もとい、なにやら射殺しそうな視線である。うん。物騒だ。
 美味しい美味しいとにまにま笑うタクティシャン。ふっ、と満足げに笑うアーチャー。
 …なんだかなぁ。

「遠坂」
「……何よ」
「…サーヴァントって、本当に何も食わなくていいんだよな?」
「ええ、間違いないわ。アーチャーもそう言ってたし」
「……………そうか」

 理解した。
 ようやっと理解した。
 間違いなく、あいつらは間違っているんだな、と理解した。
 パクパクとセイバーの恨めしげかつ羨ましげかつ妬ましげな視線に、ものともせずに食べていたタクティシャンが、不意ににやりと笑う。赤い悪魔様のご降臨だ。
 タクティシャンのフォークがケーキを一刺し、稲妻のごとき鋭さでセイバーの口の中に突っ込まれた。

「う…」

 ―――それは、何というか、その。
 思い出して、しまった。
 頭に血が上るのを許して欲しい。いや、許す許さないもないのだが。
 しかもこうこっちとしてはかなり色々と意識してしまうのだが、ちらりと『あかいあくま』を伺うと、呆れた顔でサーヴァントたちを観察するばかり。う、それは、なんというか、ひどく…不公平な気がするぞ。

「タクティシャンっっ」
「美味しい? セイバー」
「―――っっ。うっ…。おっ、美味しいですっ」
「それで、食べるのかしら?」
「うう…。頂きます…っっ」

 視線の先で、とうとうセイバーが陥落する。完全攻略だ。
 ああ、顔が熱い。

「それで、結局どういう関係なワケ?」
「戦友、親友、家族のどれかじゃないかしら?」
「って、さっきと言ってること違うぞ」

 セイバーはタクティシャンの言葉にこくこくと頷きながら、ひどく満足げにケーキを食べている。見ているほうまで幸せになるような表情だ。
 矢張りサーヴァントとはご飯に一言あるものなのだろう。そういうことにしておく。

「そもそも、何でどう見ても過去の英雄であるセイバーと未来の英雄であるアンタが知り合いなのか、って話なんだけど」
「―――そうだ。タクティシャンとセイバーじゃ生きていた時代が違うだろ」

 どう考えてもおかしいのだ。
 だがタクティシャンは動じない。セイバーに至ってはケーキに集中してコチラのことなど興味がないらしい。

「召喚したのよ」

 さらりと言うタクティシャン。
 そりゃあもうさらりと。
 …って、ちょっと待て。

「馬鹿なこと言わないで! 英霊なんてものを簡単に召喚できるわけないじゃない! どれだけの魔力が必要か分かってるの!?」
「ええ、勿論。それに―――召喚ならあんた達もしてるじゃない」
「これは聖杯の―――っっ」

 がぁーと息巻いていた遠坂が止まる。
 呆気に取られたように、タクティシャンを見上げた。
 息を呑んで、ごくりと唾を飲み込む。その瞳には隠しきれない困惑。

「―――まさか」
「ええ、私、かつての聖杯戦争の参加者だもの」

 ………………………………………………。
 ………………………………。
 ………は?

「な―――っ」
「っっ!」
「嘘―――だろ?」
「馬鹿な…」
「いいえ、本当です。私とタクティシャンは聖杯戦争を共に戦いました」

 ケーキを食べ終わったセイバーの満足げな補完。
 これにはさすがに誰もが驚愕の体でいきり立つ。当たり前だ。
 呆気に取られる。
 ええと、それは要するに。
 タクティシャンがかつてこの聖杯戦争のマスターで、セイバーがサーヴァントだったというのか…!?

「それじゃあ―――…まさか、この聖杯戦争の結果も」
「知らないわ。私の知っているこの時代の冬木の聖杯戦争は、違うサーヴァントが呼び出されているもの。だからもう私の知る史実とは違うわ」
「―――全くの別物、平行世界ってわけ?」
「でしょうね。それにそんな記録もう殆んど覚えていないわ」

 きっぱりと言い切る。
 サーヴァントの前の、生前の記憶は殆んどないのだろうか?
 それにしてはセイバーの事に関してしっかり覚えているようにも見えるのだが。

「私とセイバーはそういう関係だったってワケ。お分かり?」

 にっこりと笑うタクティシャンには、誰も反応できない。
 あんまりにも予想外、想定外な話の連続で、思考がまともに働かない。

 一先ず、協力体制を結ぶ、という事に落ち着いた。
 ここから先ははっきりとタクティシャンのペースで、俺達は押されっぱなしだ。なんせいまだタクティシャンの話のショックが抜け切っていない。

 とりあえず、タクティシャンの話によれば

 一つ、3者のマスター及びサーヴァント同士は敵対しない。
 一つ、協力体制にある間、他マスター及びサーヴァントについて得た情報を出し惜しみしない。
 一つ、この協力体制…すなわち契約関係は他マスター及びサーヴァントを殲滅するまでの期間とする。

 他にも細々とした決まりごとはあるが、この3つが絶対遵守事項だった。
 絶対と言いながらもただの口約。
 タクティシャンはそれ以上の縛りを求めはしない。
 なんとなく、なんとなくだが、タクティシャンはそれを必要とは考えていないような気がする。
 こんないつ誰が裏切っても分からないような口約束で契約なんておこがましい。
 おこがましいのだが、さし当たって反対する者はいなかった。
 イリヤ達にも、遠坂達にも、その方が都合がいいからだ。

 魔術師同士の取引は等価交換。
 だが、今回のこれを果たして等価交換と言って良いものか。
 まぁ、タクティシャンにとっては魔術師がどうこうなんてどうでも良いことなのだろう。
 傍目にも遠坂は不機嫌だが、イリヤは驚くほど大人しくしている。

 とりあえず、俺と遠坂の協力関係にイリヤが増えた、ということなのだろう。

「昼の間は好きなように過ごせば良いわ。夜は、そうね…。イリヤとセイバーは街を回って貰うわ。堂々とね。アーチャーとメイガスはそれの監視と補助。私とシロウはここ最近起きている事件の方を回ってみる。それでどうかしら?」
「―――ちょっと待って。セイバーは実体化したままということ?」
「そうね。敵をおびき寄せるなら霊体化しているよりはその方がいいわ」
「セイバーの格好は幾ら夜とはいえ目立ちすぎるわ。実体化のまま動きやすいのはタクティシャンの方でしょう? 今日と同じで問題ない筈だわ」
「いえ、凛。私は構いません。むしろ望むところです」
「と言うより、セイバーなんて騎士根性丸出しの正面突破タイプのサーヴァントが、こそこそと周囲を探るなんて出来ると思う?」

 とんとんとーん、と進む会話のキャッチボールに口を挟む隙を挟めず、ばりぼりと煎餅をかじる。
 うん。なんというか、昨日も思ったことなのだが、タクティシャンと遠坂がいると方向性がひたすら定まりやすい。
 問題は自分達以外の人間を置き去りにしてしまうことだろう。
 ただまぁ、アイツらの方針は俺にとってもそう悪くないもののようなので、とりあえずは従うべきだろう。そう思ってしまえば決着を付くのをひたすら見守るしかない。
 俺と同じくぽかんとして白熱するやり取りを見ているイリヤに、お茶ではなくミルクを温めて持っていく。
 蜂蜜を入れて甘さも十分だ。

「イリヤ」
「―――っっ。…ぁ、し、シロウ?」
「おっ、おう? 悪い、なんか驚かせたか?」

 きょとんとして見上げてくる眼は限界まで開いている。そりゃまぁ確かにいきなり話しかけた俺も悪かったけど、そんなに驚くことか? ていうか俺の方がびっくりしたぞ。
 しかし、こう、まじまじと見ても、彼女が聖杯戦争の参加者であり、セイバーのマスターだと言うのは未だに信じがたいものがあるな。
 なんせ、こうやって見ているとイリヤは小さくて本当にただの女の子なのだ。

「あ―――いや、ミルク温めたから飲まないか? と思ったんだが」
「―――…」

 呆気にとられたイリヤの顔を見ていると非常に悪いことをした気分になるのはなんでだ。
 そうじっくり見られると面映い。
 照れくささに耐えかねてマグカップを差し出すと、多分反射的に受け取る。

「エミヤシロウ」

 どこかぎこちなく紡がれたのは間違いなく俺の名前だ。ただ、アクセントの付く場所が違う所為で全くそうは聞こえない。修正するべきか迷っているうちに、イリヤはなにやらコクリと頷いて―――

「そっか。うん。シロウ、シロウ―――」
「な、なんだよ」
「ううん。なんでもない。ありがとうシロウ」

 そうしてそいつがみせた笑顔は、なんでか恐ろしいほどに真っ白で純粋な陽だまりのようなそれだった。
2014年11月01日
アニメリメイクというか新作というかもうやばい。破壊力やばい大好きだ。