「2月14日…か…」

 日めくりカレンダーを見ながら、ポツリと落とした言葉。

(あいつは…多分分かってねぇだろーなぁ……)

 ―――それでも、やっぱり男としては……


(欲しいなぁ…)




『2月14日という日』




「………?」

 台所の普段ないすさまじい光景に、思わずルウは一歩引いた。
 普段は、アメル以外は立たない静かな台所だが…今日はトリスを始めとして、ミニス、モーリン、ケイナ、カイナといった、ユエルとパッフェル、アメル以外の女陣全員がここに揃っている。
 それだけならまだいいが、なにやら戦闘開始前のような、殺気だった空気が流れている。

「あ、ルウっ!!ルウはチョコ作らないの!?」

 どちらかというと殺気立ってないミニルが、台所の入り口で立ちすくむルウに声をかけてくる。

「?」
「アメルはもうみんなに配ったんだって。パッフェルさんは、バイトしてるケーキ屋さんのあげるんだってっ。ユエルは…分かってるのかなぁ?」

 ルウにとっては、わけの分からない言葉ばかりが、ミニスの口から飛び出してくる。
 どことなく、他のみんなの意識も、ルウとミニスの2人の会話に向けられている…。
 よく分からないが、とても重要なことらしい。

「…何の話?」
「えっ!?」
「…って……もしかして、ルウ分かってないの!?」
「あっきれた…」

 トリスとモーリンの言葉や、ミニス達の驚いた顔から、何やら常識知らずなことを言ったのかと不安になるが、何がいけなかったのか分からなくて、ルウは首をかしげ唇を尖らせた。

「ルウ!今日はねバレンタインなんだよ!!」
「ばれんたいん…?」

 トリスの嬉しそうな表情を見ながら、聞きなれない言葉に、ルウはオウム返しに呟く。

「ほんとに知らないの?」
「………知らない…」

 すご〜く不満そうに呟いたルウに、カイナとケイナが苦笑して教えてくれる。

「バレンタインってね。女の子が年に一度、勇気を出して好きな人に告白する日なの」
「好きな人以外にも、お世話になった人や大事な人に、感謝の気持ちをこめてチョコレートを送るんですよ」

 2人の言葉に、不思議そうな顔になって、ルウは眉をひそめる。

「大事な人…?…ルウはみんな大事だよ…?」
「その中でも一番大事な人には一番大事なものを送るの」
「…一番…大事な人…?」
「そうよ…」

 ―――一番大事な人?
 ふっ―――と、思い出したことがあってルウは呟くように聞く。

「カイナはカザミネさんにあげるの?」
「………ええええええっっ!!!!」

 突然すぎるルウの言葉に、カイナの顔が赤く染まる。

「あ〜やっぱりそうなんだぁ〜〜〜〜」
「カイナったら…」
「ああああああっ!!ル…ルウさんっ!!どどどどうして、そんなことを!?」

 からかいの言葉に更に顔を赤く染めながら、カイナは矛先を変えようと必死になる。
 他の人はともかく、まさかルウに見破れるとは思ってもみなかったのだ。
 自分のこぼした言葉が、こんなにも大きな波紋になるとは思わなくて、ルウは呆然とする。

「あ、え?…えっと…バルレルが言ってたの…」
「バルレルがぁ!?」

 突然出てきた、自分の護衛獣の名前にトリスが声をあげる。
 1つ思い出すと、ルウの頭の中にたくさんのことが思い出される。

―――ニンゲンはなぁ―――

「トリスは、ネスティにあげるんだよね?…ケイナはフォルテで、モーリンはリューグで、ミニスはロッカ…?」

 そのセリフに…―――

―――大きく間が空いた。


「み、ミニス!!あんた、そうだったのかい!?」
「も、モーリンこそ!!!聞いてないわよっ!?」
「姉さまは知っていらしたのですか?」
「は、初耳よ!?」
「し…知らなかった…モーリンはそうかなって思ったけど、ミニスが…ロッカだったなんて…」 

 ほぼ公認の2人はおいといて、蜂の巣をつついたような騒ぎを起こしたルウは、相変わらずきょとんとしたまま女陣の光景を眺めている。

(……一番大切な人?)

 引っかかる言葉。
 ルウの大切な人はトリス。
 たくさんのことを教えてくれて、ルウにいろんな世界を見せてくれた。

「それじゃあ、ルウはトリスにチョコを作るね!!」
「………へ?……あ、あたしっ!?」
「そう。ルウにとって大事な人だもん!!」

 裏表のない素直な笑顔で言われて、トリスはなんとなく照れてしまって、にへら…と相好をくずす。
 どことなくほのぼのとした気分でそれを全員で見守っていると、さっきまでの殺気だった気配は完璧に消えた。 
 カイナがまだ赤く火照った頬を押さえ、ルウに尋ねる。

「バルレルさんには…あげないのですか?」
「……ルウが?バルレルに?」
「ええ」

 カイナの言葉にルウが小さく首を傾げる。


(と…トリス!!あの2人ってそーだったの!?)
(し…知らないわよ!!)
(でも、あの2人よく一緒にいるわよね?)
(な…仲がいいなぁ〜…とは思ってたんだけど…そうなの?)
(あたいに聞かないでくれよ!!それにしてもバルレルのヤツ、ルウにあたいらのこと教えてたのかい!?)
(そういえば、あいつ悪魔だから人間の感情読めるんだっけ?)
(…全く。たまんないね)


「ルウは…あげないよ。……だって―――バルレルの大切な人はトリスでしょう?」


 …………

 …………

 …………


『えええええええええええええええっ!?』



 今日何度目になるか分からない驚愕を全員で受けて、呆然と立ちすくす。

「へ?ち、ちがうのっ!?だって、バルレルはトリスの護衛獣だし、誓約は解けてるのに帰ってないし………」
「違う違う違う!!絶対違うよ!!!あいつはそんなんじゃなくてっ!!…………」
「じゃなくて?」
「………なんだろ?」
「トリス?」
「へっ!?いや、だって、あいつと私の関係って護衛獣抜いたらなんだろーって…」

 やけに真剣に悩みだしてしまったトリスに、ルウは複雑な視線を向ける。
 多分本人は気付いていないその表情。



(お姉さまお姉さま!!)
(へっ!!な、なに!?)
(ルウさんは、やっぱりバルレルさんのことが好きなのではないですか?)
(あっ、カイナもそう思った?あたしもそうじゃないかな〜って今思ったんだ)
(そうかい?あたいにゃ分かんないね)
(も〜〜〜っ!!モーリン鈍いよ〜〜〜!!)
(でも、いつの間にそんな風になったのかしら?)
(お姉さま。今は、それより……)


「ルウは、やっぱりバルレルにもあげたほうがいーよ!!」
「ミニス?」
「トリスにはネスティがいるし、ルウがくれたら、バルレルもきっと喜ぶよ!!」
「う〜ん…。そうかな?」

 煮え切らない様子のルウに、ミニスは子供特有の大きな笑顔を見せる。

「うん。絶対喜ぶ!!」

 断言した、その様子にルウはなんとなくほっとして、顔を緩める。

「分かった、ルウもバルレルにあげるね」
「も…ってなんだい?」
「だって、トリスもバルレルにあげるでしょう?」

 そこで、全員がトリスに注目したが、トリスはいまだ物思いにふけっていて、全く気付いていない。

「大丈夫です。トリスさんはバルレルさんにはあげません!!」

 力いっぱい断言したケイナにモーリンが呆れた顔を向ける。

「そう?……でももう、作ってる暇ないかな…。ちょっと商店街行ってくるね!!」

 軽い足音を立てて出て行くルウを、優しい笑顔で見送って、ようやく自分達に残された時間があまりないことに気付き、ルウが来る前のように殺気だった空気が発生した。
 嵐のようにチョコと声とが飛び交う中で、ようやくトリスは物思いから覚めて言った。

「………そっか、きっとバルレルって私にとって家族みたいなものなんだ。弟なんだ」

 その言葉を聞いた人間は、だれもいなかったけど。
 ようやく見つけた答えと、家族という言葉のくすぐったさに満面の笑みを浮かべた。



「うわあ………」

 商店街は正にバレンタイン一色で、最近外に出ていなかったルウはその華やかさに呆ける。
 どこを向いてもチョコチョコチョコ…それに群がる女の子に圧倒されて、ルウは立ち尽くす。
 ちらりと見えるチョコの山は、可愛らしくラッピングされていてなんとなく照れくさい。
 このままでは、何も買えないのでは…という危機感に陥って、慌てて女の子達の後ろから背伸びするが、こんもりとしたチョコの山には全く近づけそうにない。

「ルウさん?」
「へ?」

 後ろから聞こえた涼しげな声に目を向けると、お馴染みの少女が立っていた。

「あれ?アメルも来てたの?」
「ええ。ルウさんはお買い物ですか?」
「うん!!今日はバレンタインって言うんだってっ。だからチョコ買うの!!」
「あら、どちらにお渡しするのですか?」

 可愛らしい微笑みになんとなく圧倒されてしまった。一歩だけ下がる。

「あ、あの。トリスとバルレルにあげるのっ。あと、ギブソンさん達とルヴァイドとイオスにも。」

 ぴくっ―――と、アメルの眉が片方あがった気がした。

「トリス達とギブソンさん達は分かりますけど…なぜ、ルヴァイドさんとイオスさんにも?」
「へ?…あの…こないだ迷子になってるの助けてもらったし…お話一杯聞かせてくれるし…」
「へええええええ〜〜〜。お優しいんですねぇ」
「あ、あの!!……アメル?」

 にっこり笑ったアメルは、後ろを振り向いて手で誰かを招く。
 その大きな袋を下げた誰かを見て、ルウは顔に満面の笑みを浮かべる。

「ルヴァイド!!イオス!!2人もお買い物?」
「……ああ」
「…無理矢理連れてこられたんですよ…」

 いつも無愛想なルヴァイドと不満顔のイオスに、アメルがにっこりと微笑む。
 なんとなく、2人の顔が引きつった気がした。

「お2人とも…ルウさんには随分と優しいようですわね…」
「んな…」

 何かを言いかけて…汗を流し始めたイオスと、無表情ながらも眉がぴくぴく動いている気がするルヴァイド。
 その2人を見て、きょとんとしていたルウだが、

「ルっ、ルヴァイドもイオスも…ちょっと待ってて!!ルウ、今買ってくるから!!」

 本来の目的を思い出して、ルウは果敢にも女の子達に割り込んでいく。
 だが、その明らかに流れに逆らった行為に押し返されてしまい、簡単に弾き出される。

「っっ!!」
「…………っ!!」
「ルウっ!!」
「ルウさん!?」

 4つの息を呑む音と同時に、ルヴァイドの左手がルウの右肩を支え、イオスの右手がルウの左肩を支える。
 2人に同時に抱きとめられたルウは、脱力してずるずるとへたり込む。

「…はぁ…びっくりしたぁ〜〜〜〜……」
「全く…驚いたのはこっちだよ!!」
「……気をつけろ」

 子供に言い聞かせるように、2人は座り込むルウに目線を合わせる。
 まだ、肩を抱きとめたままだ。

「うん。…ごめんね…。まだチョコ買ってないの。絶対…絶対後から渡すから!!」

 肩を落として2人を見つめるルウに、ルヴァイドとイオスはあまり見せない優しい微笑みを見せた。

「いいんだよ…。ルウは、ルウの一番好きな人にもうあげたの?」
「え?あ…っと…。」
「………私たちのことは気にしなくてもいい。……バルレルに…あげるのだろう?」

 暖かくて静かな瞳に、釣り込まれるように頷いた。
 2人の置いた手がとても暖かい。

「…………うん…でもっ!!やっぱり後から渡すから!!」

 ルヴァイドの暖かくて大きな手が、ルウの頭を撫でる。
 それがとても気持ちよくて、ルウはくすぐったそうに顔を緩める。

「イオス……お前はルウに付き合え、護衛が必要だろ?」
「…そうですね」

 女の子達の塊を見てげっそりした顔で、ルウの手をとる。

「…行こうか?」
「え、でもいいの?お買い物」
「大丈夫だ」

 ルヴァイドの強い言葉は、いつもルウを安心させる。

「行ってくるね!!ルヴァイド!!」
「行って参ります…」

 中の良い兄弟のような2人の背中を見送りながら、ルヴァイドはだらだらと流れ落ちる嫌な汗を止めることが出来なかった。
 なにやら、不吉なオーラが後ろから発生している。

「アメル…悪いな。イオスを行かせて…」
「ほほほほほ…。い〜〜〜え…気にしてませんとも。ええ。気にしていませんとも」

 そこで、笑みを絶やさぬままに大きく深呼吸すると、ルヴァイドの前へ回り込む。

「ところで……い・つ・か・ら・ルウさんとは、あれほど仲良くなったのでしょうか?」

 言うだろうなと思ったことを、はっきりと言い切って微笑を浮かべた聖女より悪魔の方が怖くないな。なんて、どうでもいいことを一瞬考えると、大きなため息をついた。

「……妹なんだ。私とイオスにとって…」

 無邪気な笑顔で、自分達に色々な昔話をねだってきた彼女。
 迷っていたのを偶然発見した時に見せた、信頼しきった笑み。
 ふと、顔を見せてお菓子を渡していったり、気まぐれに話をしていく彼女。
 あんなにも、素直に自分達を受け入れてくれた―――。
 気がつけば、家族のように思えていた。
 優しい眼差しを、2人の消えた雑踏に向けるルヴァイドに、アメルはつまんなそうに頬をふくらます。

「…………私…ルヴァイドさんの返事…聞いてませんよ?」
「……………」

 そっぽを向いて、頬をふくらます顔がほのかに赤く染まっている。 
 つと、手を伸ばす。

「………え?」

 言葉の代わりに、唇に降ったものが理解できなくて、アメルは2・3回目をしばたかせる。

「………返事だ。」

 高い位置から降ってきた言葉にようやく理解した。
 顔が熱い―――。
 体中に広がる喜びをなんとか抑えて、ただ逞しい彼の右腕に自分の腕を絡ませた。
 村を襲った張本人で恨んでいたはずの気持ちが、どこでずれたのかは分からない。
 愛情と憎しみは、裏返しのようでいてひどく近い。
 大きな悲しみと苦しみを知って、それに負けない心を持った黒騎士を、いつからこんなにも愛しく感じるようになったのか…。
 小さく微笑みながら、自分と相手を繋ぐ腕を嬉しく思って、そっと頭を寄せた。

「…帰りましょうか?」
「……買い物は?」
「さっきので終わりです」

 小さく笑って、イオスの置いていった袋を指差す。

「……………」

 ため息をつくと、その袋を今まで持っていたものと一緒に抱え、ゆっくりと歩き出した。
 アメルはそれが自分の歩調に合わせているのだと知っている。

「ルウさんは、バルレルさんのことを好きだったのですね…」

 それはアメルにとって正直意外で、ルヴァイドが彼の名前を出したときは心底驚いた。
 だが、ルヴァイドは曖昧に頷く。

「ルヴァイドさん?」
「いや…バルレルがルウを好きなんだ」
「えっ……ええ!?」

 これには、もっと驚いてしまった。
 あの少年の姿をした大悪魔、彼がルウを好きになっていたとは全く気付かなかったし、だれもそんなことを言っていた覚えはない。
 そもそも、彼は自身のことを話さないし、トリス以外には本当に心を許しているのかどうかすら怪しい。
 はっきり言って、誓約が解けてからもリィンバゥムにいることのほうが不思議だ。
 それとも、自分が気付かなかっただけなのかとバルレルの行動を思い返す。

「いえ、やっぱり分かりませんわ…」
「…あいつは感情を隠すのがうまい」

 年の功なのかどうか、どうでもいいことや不満はすぐ顔にも口にも出すが、本音は中々見せない。

「では、なぜ…?」
「3人で居ると、妬かれるからな…」

 正直最初は気付かなかった。
 彼は隠すのが非常にうまかったから。
 始めは、ルウと一緒に居るとバルレルがどこからかやってくることに気付いた。
 次は、ルウが出来るだけ自分達に触れないようにしていること。
 たまにルウが抱きついてきたりすると、いつものぶすっとした顔が余計に皺がよっていることに気付いた。
 多分これは、ルヴァイドやイオスが優れた軍人だからこそ気付いたことだが、フォルテやシャムロックがルウと話している時など、ぴりぴりとしたかすかな殺気が漏れていることもあった。
 これで、自分達はまだ許されているのだと知った。

「ルウさんは…バルレルさんを好きではないのですか?」
「いや…ルウは気持ちを理解できていない…」

 ―――どうしてかなぁ?

 そう言って、自分とイオスをひどく困らせた。
 多分バルレルは、狂おしいほどにルウを求めている。
 それでもルウがバルレルの気持ちに気付き、理解した時にしか手を出さないのだろう。

(全く…恐るべき忍耐力だ……)

 彼の気持ちを考えると正直感嘆する―――。
 彼らにとって、特にルウが気持ちを自覚するには、このバレンタインという日はとてもいい日かもしれなかった。
 小麦色の肌の少女の心が傷つかないことを祈って、ルヴァイドは隣の少女の小さな手を握った。
 小さく照れて、少女は握り返す。


 2人に降る夕刻の光はひどく優しかった―――。
かなり王道から外れたカップリングを主軸に、王道、普通、マイナー入り混じれてのバレンタイン。
王道好きの皆さんごめんなさいuu
バルルウ・ネストリ・カザカイ・フォルケイ・ロカミニ・リュモリ・ルヴァアメ…続きにはギブミモも出現。
うわすげぇuu
バルルウってのは私しかいないにしても、ルヴァアメっていないのかな?
いそうな気もするんですけど…?
まぁ他は公式かと(…え?)