「…どこ行きやがった?」
バレンタイン騒ぎで大賑わいの屋敷の中をうろつきながら、少女の姿を求める。
あちこちで香る甘い匂い…。
―――別にいいけどよ。
「あ。バルレル〜〜〜!!はい、チョコ」
「……ケッ……」
「な〜によ〜。うれしくないの?」
「てめぇが作ったもんなんか食えっかよ…」
「むぅ…ちゃんと味見したもん」
「ケッ、どーだか」
それでもちゃんと受け取った、小さな四角の包装された包みを、空高く放りながら彼女に背を向ける。
「へへへ…。ま、ちゃんと食べてよね。おとーと」
「あぁ?おとーとぉ?てめ、この格好のオレに向かって言うか?!」
「うん。じゃあね」
小さな背中を見送って、苦虫を噛み潰したような顔をしたバルレルを、4人分の瞳が凝視している。
「どどどどーしよう…渡しちゃったよ!!」
「渡してしまいましたわね…」
「…別にいいんじゃないのかい?ありゃあ家族チョコだろ?」
「そっ…そうよね…。それよりバルレルのあの格好久しぶりですわね…」
「あれはどー見ても弟じゃないよねぇ…?」
「あれを弟と呼べるトリスがすごいですわ…」
「ていうか、あたいら…かなり怪しくないかい?」
「確かにそうだね」
「「「「…………………………………ギ…ギブソンさん?」」」」
突然聞こえてきた自分達以外の声に、全員ともども一瞬完璧に固まって、ぎこちなく声の方へ振り返った。
予想通り、穏やかな笑みを浮かべた青年がそこにいた。
「何をしているんだい?」
笑みを深めて、ギブソンが首を傾げる。
「え〜…っと…?」
何を?と聞かれると答えようがない。
視線を4人で交わす。
「そういえば君たちはちゃんと渡したのかい?」
その言葉に、全員がピシリ―――と固まった。
そこにいる全員ともが素直に相手に渡すことが出来るような人間ではない。
4人が4人とも自分達の現状から目を逸らし、トリスのチョコの行く末を見守る、という大儀に現実逃避していた節がある。奇妙にハイテンションなのも空元気そのもの。
「早くしないと日も暮れるよ?」
「………そ…うよね…」
「そうですわね…」
「…行こっか…」
「そうだね。…行くしかないね」
4人そろって大きなため息をついて、その後モーリンが気合を入れて拳と手のひらを打ちつけた。
「よし。行ってくるよ」
「おお〜さすがモーリン…」
「行きましょうか…」
「そうね…あの馬鹿どこにいるのかしら?」
「…ああ。フォルテ君なら庭でカザミネ君と共に剣を合わせていたよ」
「…って…!!」
「行ってらっしゃい。ああ。ロッカ君はリューグ君と道場にいるんじゃないかな」
「……っぇえええええ!?」
もしかして、この人全部分かってるんですか?
そんな視線を3人で交わす。
ギブソンの穏やかな笑みは崩れない。
「行ってらっしゃい」
非常に穏やかな笑顔と共に少女達は背中を押され、その場を後にした。
と、いうか、ひどく静かな青年の気迫に押されて、動くしかなかった。
「青春だね。ミモザ」
その声に何気なく曲がり角の先で様子を窺っていたミモザが顔を出す。
「そうねぇ。若いっていいわ〜」
「君もまだ若いだろ」
「そうは言ってもねぇ…今更、あんな思春期真っ盛りな真似は出来ないわよ」
少女達の背中の消えた方を暖かに見守って、ミモザは肩をすくめる。
いくらなんでも若すぎる。
「ミモザ」
不意に、男の声が近づく。
両腕がミモザの細い腰にまわされる。
「なによ?」
「チョコは」
「なんで今更あんたなんかに渡さないといけないのかしら?」
「それはひどいな」
ひどく平然と言うミモザに、ギブソンは少し傷ついたかのように顔を歪める。
「あんたにはこれで充分」
ギブソンの腕を抑えて、ミモザはつま先を伸ばして、自分の真上にある顔に口付けた。
一瞬呆気に取られたギブソンは2・3瞬きを繰り返して嬉しそうにそれに応える。
幾らか角度を変えて、それが繰り返された後、ミモザが呟いた。
「………なんであんた、口の中そんなに甘いわけ…?」
「ん。さっきまでチョコケーキ食べていたからね」
「………やっぱりあんたに渡す必要なんて全然なかったわね………」
呆れたような彼女の顔に、ギブソンはもう一度口付けた。
「つ…っかれたぁーーーー!!!!」
玄関に辿り着いた瞬間に、ルウは思わず声を上げた。
その後にげっそりとした表情のイオスも続く。
10にも満たない少しのチョコを買うだけに、何時間掛かったというのか。
この肌寒い時期にかかわらず、全身に汗をかいた2人は、大きく息をつく。
「あら、2人とも遅かったですね。お帰りなさい」
パタパタとスリッパを鳴らして、2人を出迎えたアメルはどこまでも上機嫌だった。
首を傾げてその浮かれっぷりを2人は見つめる。
後ろに花どころか花園が見える勢いだ。
「アメル何かいい事でもあったの?」
「ふふふーーー」
にこにこと満面の笑みを浮かべる聖女に、何となくイオスは上司の無事を確認したくなった。
大丈夫だろう。大丈夫だと思う。…大丈夫…か?
「あ。アメル。ギブソンさん達とトリスとルヴァイドがどこにいるか知ってる?」
「ギブソンさん達なら居間ですよ。トリスさんはネスティさんの部屋です。ルヴァイドさんは部屋ですよ」
どうやら彼女の浮かれぶりは絶好調、これより上はないと言うほどのものらしい。
ご機嫌でルウの言葉に答えて背を向けた。
足取りも軽くスキップをせんばかりの勢いだ。
「………アメル。大丈夫かなぁ……」
「……………………………多分」
心の中では上司の無事を心配して、イオスは引きつった顔で少し笑った。
「イオス、付き合ってくれてありがとう」
つい今しがた買ってきたばかりの袋をがさごそとあけて、ルウはイオスにチョコを渡した。
「どういたしまして」
そのチョコを買う現場にはイオスもばっちりいたので、今更中身はどんなのであるか確かめる必要もない。
満面の笑みに笑い返して、その頭を軽く撫ぜる。
「バルレルのところに最初に行くのを進めるよ」
さっき、彼女はバルレルの居場所をアメルに聞くような事はしなかったけど、一緒に買い物をしていたイオスにはバルレルの分がちゃんとあったのを知っている。
ただ、彼女自身も気付いてはいない感情が、敏感に小さな悪魔から逃げようとしているだけで。
「……あ…うん」
かぁ、と赤く顔を染めて、それでも彼女はその理由に気付いていないのだろうけど、小さく小さく頷いた。
「行ってらっしゃい」
穏やかな声に後押しされて、ルウは足を踏み出した。
何となく、彼の居場所は分かっていた。