を見上げる理由は我ながら情けないもので、笑ってしまうのも当たり前でしょ









 空を見上げるのは、友人の教え子の専売特許かと思っていたのだが…。

「最近お前空見すぎだろ…。シカマルじゃあるまいし…どうしたよ」

 その友人に煙草をふかしながら聞かれて、呆然としてしまった。なんだそれ。

「…おいおい。まさか自覚なしかよ…相当だな…」

 何が相当なんだか意味不明だ。
 ああそう言われてみれば暇さえあれば空を見上げていたような気もするのだ。
 確かにこれは相当なのかもしれない。
 もっとも何が相当なのかわけが分からないが。

「……っていうかさ、なんで俺空見てるわけ?」

 本当に自覚が無かったから、空を見ている理由なんてさっぱり分からない。
 心底不思議に思って聞くと、俺が知るかよと面倒くさそうに返された。
 もう少し友人の行動の意味を考えて欲しいものだ。



 とにもかくにも、そうして自覚してしまえば確かによく空を見ていた。
 7班との監督任務中とか、歩いてる時とか、窓際で飯を食ってる時とか。

「あーーーーなんだろ」

 青い青い空。
 ふらりふわり流れる雲。
 隠れたと思いきや現れて目を貫く太陽。
 鳥とか鳥とか鳥とか、現れては消える黒い点。

 ぼーっと見上げていると平和だなーとか思って眠たくなる。
 うとうとするだけであって実際眠る事はないのだが。

 ぼんやりと空を見上げていると、空にある黒い点の一つが次第に大きくなっていくことに気付く。

「…あーーーー」

 点は次第に大きくなって、風を切って雲を払うようにして降り立つ。
 ぶわり、と盛大に風が吹いて、黒い点の一つは目の前でにぃ、と笑って見せた。

「お久しぶりですね。はたけカカシ上忍師」

 言葉ほど丁寧でない態度で頭を下げたその姿、は。
 太陽みたいなあたたかな金色の髪とか、春に芽吹く新芽のように生き生きと輝く緑の瞳とか、不敵に吊りあがった珊瑚色の唇とか。

 認識して。
 認識したら、何にも考えないで抱きついて、腕の中に閉じ込めた。

 ぎゅう、っと抱きしめると、清涼感のある柑橘系の香りが漂う。それは彼女が好む香水の一つだと知っている。

「は、な、せ! こんな場所で何をする!」

 思いっきり力を込めて突き放されて、苦笑する。
 愛しい彼女は怒り心頭だ。
 それも仕方ないのかもしれない。いつ誰が通るともしれない道端で、ついうっかり抱きついてしまったのだから。
 木の葉の上忍と砂の上忍が付き合っているなんて、新聞の一部を飾るくだらないゴシップだ。
 そもそもテマリは人に騒がれるのが好きではない。
 今は運良く誰も見ていなかったので一安心。

「今日は任務で?」
「いや、休みが3日ほど取れたから視察名目で遊びに来た」
「え、じゃあ、木の葉に泊まるの?」
「そのつもりだ」

 テマリの弾んだ表情に、ぐっ、と握りこぶしを作る。
 勿論彼女には気付かれないように。
 なんとも都合のいいことに明日は任務が休みで。
 明後日は第7班のDランク任務が入っているが、一緒に行けばいい。

「じゃあ、じゃあ、うちに来るでしょ?」
「宿は火影様が配慮してくれたからな、そっちに泊まる」

 あっさりとした言葉に、がっくしと頭が下がった。
 まぁ、一人暮らしの男の下に泊まったなんて外聞が悪いし、仕方ないといえば仕方ないのだが。

「ま、とりあえず今日のところはお前の家だな。こんなところじゃゆっくり話せたもんじゃない」
「!」

 よし、と思ったら、ついうっかりまた抱きつきそうになったので慌てて自制する。
 なんでこんなにがっついてるんだろうとか思ってしまう。
 初めて女と付き合うわけでもあるまいに。
 
「どうした? 行かないのか?」

 なにやら挙動不審だったのか、訝しげに眉をしかめる相手に、慌てて首を振った。
 テマリは背負った巨大扇子を広げ、ぶわりと宙に浮く。扇子の上から手を差し出すので、手を取って扇子の上に乗った。
 風が一気に地上から空へと押し上げる。

 さっきまで立っていた場所があっという間に小さくなって。
 今空にいるんだなとか思ったら、唐突に気がついた。

 ああそうか、って。

 この扇子が浮かんでいないか確かめるために、いつも空を見上げていたんだって。
 我ながら、笑っちゃうくらいにべた惚れでしょ?