が飛びたいと夢一杯に叫んだその日は夢にも見たくない日になりました









「空が飛びたーーーーーーーーい!!!!!!! たーーーーーいたーーーいたーい」

 屋上から、思いっきり叫んでみた。
 さすがに山彦は返ってこないから、自分で言ってみる。
 もう放課後で、外にいるのは部活生ぐらい。
 手すりに身を預けて、その様子を見下ろす。

「今日も諸君頑張っているよーでっ!」

 野球部と、サッカー部が半々。グラウンドを縦横無尽に動き回ってる。
 これぞまさに。

「見ろ! 人がまるでゴミのようだ!!!!」

 高らかに笑って、ごろんと仰向けになる。
 空は高くて、雲がゆるゆると流れている。

「あーあ」

 ごろごろごろ、っと転がって、うつ伏せになる。
 ふと、屋上の白いアスファルトが黒く影って、空を見上げた。

「何?」

 目を細めて、眩しい空を見る。
 太陽の中に、黒い点が見えた。小さな小さな点が、次第に大きくなっていき、その正体が、目の前に落ちてきた。

「いいっっ!?!?!?!」

 とっさに頭を庇って、目を瞑る。
 ぶわっ、と、風が通り抜けた。
 恐る恐る、目を開ける。
 最初に見えたのは、ひらひらとした布だった。真っ黒な、レース布。幾重にも重なったレースが夕日にすける。

「こんにちはおねーさん」

 にっこり笑顔が、レースの上から覗いた。
 唖然としたまま、見上げる。
 目の前の黒レースの存在は、まだ幼い女の子だった。三つ編みにした長い髪。黒いレースは女の子のスカート。繊細なレース生地が幾重にも重なって出来たふくらはぎまでのスカートは、ふわふわと、柔らかそうに揺れる。そうして何故か、頭にはつばのあるとんがり帽子。その帽子にもレースが縁取られていて、妙に可愛らしかった。
 そして更に、右腕に抱えた2メートルはありそうな、巨大な竹箒。一体どこで売っているんだ、こんなレトロな箒。

「おねーさん。口、そんなに開けてるとべろ入れちゃうよー?」

 閉じた。
 なにやらひどく不穏な言葉を聞いた。あんまり認めたくないような言葉だった。

「あーあ。残念。キスの1つでも奪おうかと思ったのにー」
「あああああああああっっ!!!!」

 聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。
 必死に叫んで、耳をふさぐ。
 何でこんなまだ幼稚園行ってます☆なお年頃の子供にファーストキスの危機を感じなければならないのだ。いや、正確に言うのならファーストキスは近所のバカ犬に奪われたし、セカンドキスも近所の野良犬に奪われたが。
 人間外はカウントなしに決まってる。

「ああああああ、あんた、何!? なんなのっ!?」
「おねーさん、パンツ見えてるよ☆」
「ぎゃぁあああああああっっ!!!!」

 スカートを押さえ、ずりずりと変な体制で後ろに下がる。

「もー色気がないなぁ。悲鳴を上げるときはもっと可愛らしく"きゃあ"って上げなきゃー」
「う、うううううるさいっっ! な、なんなのよーーーーっっ」

 涙目で、へたり込んでいる身体を、ひょい、と持ち上げられた。勿論それは、目の前の女の子の仕業ではない。もっとがっしりとした、大きな感触。
 ちゃんと立たされて、恐る恐る振り返る。

「大丈夫か?」

 ひぃやーーーーーーーーーっっ!!!!!
 と、心の中で叫んだ。
 やけにきらきらしい男がそこにいた。ほりの深い顔立ちは、美青年と呼んで差し支えないだろう。絶世の…というわけではないが、やけにきらきらしい男。
 それが目の前の長至近距離にあったのだ。恐慌状態に陥ったとしても仕方ないことだろう。

「おい、あんまり遊ぶなよ」
「えーいいじゃんいいじゃん。だってすごい面白いんだもん」
「その意見は賛成だが…」

 美青年と幼女という謎の組み合わせの2人組みは、なにやらごちゃごちゃと話していたと思ったら、急にこっち側を向いた。ぐるりと。
 一斉にっっ。
 なっ、何事っ。

「空が飛びたいのか」

 唐突過ぎる問いかけ。
 頭が真っ白になって、止まる。

 さっき、一人で叫んでいた言葉。

「―――っっ!!! きっ、聞いていたのっっ?!!?!??」
「自演山彦までばっちりとー☆」
「人がまるでゴミのようだと。某アニメ映画の名シーンをパクる台詞とかな」
「素敵な高笑いとかーーー」
「全部じゃないのよぉおおおおおおおおおおっっっ!!!!!」

 ひぃいいっ、と頭を抱えてのけぞった。
 幾らなんでも恥ずかしい。恥ずかしい…。恥ずかしすぎる!
 ああいうことは誰もいないから出来る事であって、見られることを前提にするものではない。

「いやそんな今更恥ずかしがられてもねー。こっちはおねーさんお茶目だなーって微笑ましい目で見てたんだから、もっと堂々としようよー」

 ぐっ、と親指を握り拳から突き出して、いい感じの笑顔。…5、6歳くらいにしか見えないロリ少女が。
 …なにやら夢とかなんとか色々壊れそうな感じがして、こめかみに指を当てた。

「結構今暇だし。おい」

 爽やかな笑顔で幼女に呼びかける青年。歯でもきらりと光りそうな、えらく爽やか笑顔だ。
 それでもって、満面の笑顔で頷く幼女。

 なに。
 なに何々?
 どうして、そんないい笑顔でこっちを見るわけ?
 なんでそんな素敵ににじり寄ってくるわけ?

「ちょ、な、なんか、お、おなかが痛くなってきたんで帰っていいすか」
「あ、うん。大丈夫。妊娠の気配はないから」

 なんで妊娠なんだ。そんな気配あるわけない。っていうかお腹が痛いと妊娠になるのか。半ば涙目で一歩下がる。
 笑顔で二歩進む幼女。

 がし、っと掴まれる。
 自分よりもずっとずっと小さな、可愛らしいもみじのような手のひら。
 愛くるしい幼女の満面の笑顔。
 ………なんで圧迫感があるんだ。

 助けを求めて辺りを見回す。
 青年と目が合う。

「スパッツは穿いているか」

 …………………………ちょ。

「なーに言ってんのさー。さっきおねーさんパンツ丸見せだったじゃん?」
「それは見てないな」
「どーせ今から全開になるよー」

 ―――なんですと?!

 ぐい、と引っ張られた。小さな手の平に力がこもって、驚くほど強い力で引っ張られて、あっという間に幼女に抱きかかえられる。
 …抱きかかえられる?

「うっ、うえぇええええええええっっっっっ!?!?!?!??!!?」

 ぐるんと視界が回転して、確かに抱きかかえられて、頭はもう地面スレスレ。髪の毛がアスファルトをこする。

「えっ、えっ、えっーーー!! あ、ありえないーーーーっっ」

 自分の体重の半分もないような幼女に抱きかかえられてしまうなんて、そんな経験、初めてだ。っていうか普通無理だ。絶対不可能だ。
 涙目で少女の服にしがみつく。黒いワンピースの綺麗な生地を引っ張った。

「いっくよーーーーー」
「えっ、えっ、ど、どこに!!!? っていうか、何っっ。どっ、どうなって…!!!!」
「ばっびゅーーーーーん」
 
 そんな間抜けな音とともに。
 私は音速を超えた(と思う)

 風が耳元をゴーゴー吹き抜けて、まともな音なんて何にも聞こえない。叫んでも叫んでも、あっという間に空に吸収される。
 さっきゴミのようだと思った黒い粒粒があっという間に見えなくなって。
 



 ああ、それは私のパンツが世界のさらし者となった瞬間だった(意味不明)