荒れた大地の空の下、渡り鳥は笑顔で旅を続ける
なんとなく呼ばれたような気がして、ジェーンは後ろを向いた。
そこに広がるのは、延々と続く荒れ果てた大地。草木の一本さえもなく、ただただ乾いた大地と、厳しく吹き付ける横殴りの風。
道なき道を行く者達をあざ笑うかのような、かんかん照りの太陽が眩しく空に浮かぶ。雲の一つもない晴天ぶりを、ジェーンは猫のように目を細めて空を仰いだ。
「お嬢様?」
「…何でもないわ」
自然と止まっていた足を動かし、遅れていたマクダレンとの距離を縮める。
なんとなく後ろ髪を引かれる思いで、もう一度後ろを振り返る。
「………マクダレン」
お嬢様、と付き従う主の厳しい声に、マクダレンはすぐさま剣を引き抜ける体勢を整えた。ジェーンが視線を送る一点に、小さな小さな点があった。荒野のようにどこまでも何もない大地だからこそ、魔族や人間のように動くものは目に捉えやすい。
黒い小さな点は、見る見るうちに大きくなっていき、ジェーンのARMに力がこもった。
照準が狂わぬよう、両腕でARMを支え…そして―――
「………………………………………何あれ」
一気に力が抜けた。
それはマクダレンも同様で、細い目を小さく見開いて瞬きを繰り返す。
点は3つ。次第に明確になっていく輪郭はジェーンたちもよく知るもので。
それはそれはものすごいスピードで走っていた。ジェーンとマクダレンの姿を目にして嬉しそうに瞳を輝かせながらも、そのスピードを落とさないのはどこぞの王女様。その後を追いかけながら片腕を上げてきたのがどこぞの長髪リボン男。その頭にしがみついて落ちないように必死な小動物。2人と1匹から大分遅れてえっちらおっちら走っているのがどこぞの騙されやすい純真無垢少年。
「こんにちは! お久しぶりですジェーンさん! 今は急ぎの用がありますので、また街でお会いしましょう! お話できるのを楽しみにしていますね!」
話している時間すらも惜しいと言わんばかりに、少女は早口でそうのたまって、一礼と同時に走り出す。少女が走り去るのと同時、長身痩躯の長髪リボン男がたどりつき、片手を上げて見せた。
「よぉ、お2人さん。わりいな。今の姫さんには焼きそばパンしか見えてねぇみたいでよ。ロディと一緒にのんびり来てくれよな」
「ザックー早く行かないとセシリアが見えなくなっちゃうよ」
「おお分かってるって。じゃあなお2人さん」
来たとき同様慌しく男は駆け出して、その後姿を見送っていると、ようやく最後の少年がたどり着いた。
「ジェーン久しぶり! 会いたかったよ」
なんのてらいもなく、ひどくきらきらしい笑顔でそう言い放つので、ジェーンは挨拶をするのも忘れて、口をぽかんと開いたまま固まってしまう。その頬が見る見る間に赤く染まっていくのに気付いて、少年は首をかしげた。
ジェーンが言葉を取り戻すよりも先に、マクダレンがとりなすようにして穏やかに問いかける。
「お久しぶりですロディ様。ところで、先のお2人は一体どうなされたのでしょうか? ひどく急いておられたようでしたが」
「ああ、うん。焼きそばパンの食べ放題やってるんだって」
そう苦笑して、ロディは2人と1匹の走り去った方へ視線を送る。
「セシリア1人で走り出しちゃったんだけど、それはさすがに危ないから追いかけようと思って、でも僕の足の速さだと追いつくのは無理だからザックに任せて、後から行く事にしたんだ」
ロディはあまり素早くはないから、本気を出したセシリアやジェーンの足の速さにはまるで敵わない。ただ、セシリアが一人で荒野を突っ走るのと、ロディが一人で荒野を歩くのと、どちらがより危険かは火を見るよりも明らかだ。しかも今のセシリアには殆ど魔法を使うだけの力が残っていないのだから。
「あっきれた…。何やってんのよあんたたちは…」
嘆息したジェーンは、もう一度説明しようと口を開いたロディを止める。
「それはもう分かったわよ。セシリアが突っ走ってるのもあんた達がそれを止めれなかったのも十分よく分かるわ。…それで、早く行かなくていいわけ?」
「うん。ジェーンたちも行くところは同じみたいだし、一緒に行ったほうがずっといいから」
この先には街が一つあるだけで、近辺には村も遺跡も何もない。だからジェーンとマクダレンが同じ方向に歩いていたのなら、それは同じ目的だ。
「ふぅん…そっ」
幾度か瞬きを繰り返してから、ジェーンは金色の髪をふわりと回して歩き始める。唐突な動きについていけなかったマクダレンとロディは顔を見合わせる。
「お、こらせちゃった、かな?」
「いいえ。お嬢様は照れているのでございます」
「マクダレン! 余計なこと言わないの!」
「恐れ入ります」
見慣れたようなそうでないような、お馴染みなやり取りにロディは苦笑して、先行くジェーンを追いかけた。そんなに距離が離れていたわけではないから、すぐに追いつける。
「ジェーン!」
「な、何よっ」
「最初に言ったこと、本当だから」
隣を歩きながら、ロディは楽しそうに笑っていた。
言いたい事の意味が分からず、ジェーンはただ眉を潜め、ちらりとロディを窺った。
まるで、それを待っていたかのようなタイミングで、ロディはゆるりと微笑んで。
「すごく、ジェーンに会いたかった」
その一言で折角冷めてきていたジェーンの頬の熱が、一気に再熱したのだった。