を背負って笑う王女様の姿が頭に焼き付いて離れなくなった









「わたくし、常々思っていたのですわ」

 そう、幼馴染であり婚約者でもある蜂蜜色の輝かしい髪色を持つ王女様が言ったので、ルーク・フォン・ファブレは不機嫌そのものの顔をスライドさせて、その横顔を伺う。
 自分よりも小さな王女様は、ルークよりも遠く、遥かな遠くの空を見上げていて、その視線を意識せずに追った。
 追った先は、どこまでもどこまでも広がる青い空。
 一面の大地と、地平線と、そこから上る青のグラデーション。
 緑がかった深い青空と、眩しいまでの太陽と、真白い雲。

 ふわりと真正面から風が吹き、ナタリアの髪と、ルークの長い髪とを揺らす。2人は同じようにして目を細め、それでも視線は逸らさなかった。

「とても、空は広いのだと…。とても、世界は広いのだと」

 風が吹き終わるよりも早く、澄んだ響きをもつ凛とした気高い声がルークの耳へと届き、もう一度視線をスライドさせる。

 ナタリアの言った事は、至極当たり前の事で、何も改めて確認するようなことでも何でもなくて。
 ―――それでも、なぜか重く、ルークの胸の奥へ沈む。

 それは、ルークにとって当たり前ではなかったことだから。

 屋敷の中から見える空はいつも同じに見えた。同じ角度、同じ距離、ファブレ邸という檻の中に切り取られた空。
 今見ている空とはまるで違う空。

 ナタリアは大きな瞳をきらきらと輝かせて、空を見つめる。
 目を離してしまえば、空は消え去ってしまうとでもいうように。

「いつか、ルークにも見せたいと思っていました。このどこまでも広がる青い空を」

 こんな形で叶うとは思っていなかった望み。ルークが外に出れるよう、何度も王に進言した。ファブレ公爵とも話した。返ってくるのはいつも同じ反応。同じ答え。
 一国の王女よりも、遥かに厳重な警備対象。
 何故、と思っていた。今でも思っている。何故、あんなにも頑なにルークを外に出そうとしなかったのか。
 問うたところで、答えは返らないと知ってはいるけれど。
 拳を握り締めて、僅かに表情の強張ったナタリアにルークは訝しげに口を挟む。あくまでもつまらなそうに、面白くなさそうに。

「…んで、何なんだよ。いきなり意味わかんねーし」
「こうしてルークとこの広い空を見ることが出来て幸せなのです。そういうお話ですわ」

 振り返りざまに見せた、その笑顔は、あんまりにも無邪気で楽しそうなものだったから。
 いつものふてくされたような彼女に対する態度も忘れて、不覚にも見惚れてしまった。