に赤い月が輝く夜、真白い瞳の輝きに出会う









「お前………何者だ………?」

 厳しい誰何の声に、ヒナタはゆっくりと振り返り、冷たく冷たく笑って見せた。
 月夜にヒナタの白い瞳は神々しいまでに輝きを放ち、呆然と立ち尽くす少年を捉えた。
 真っ赤に染まった満月は、まるでつい今しがた流された血の証のようで。
 黒い髪の少年はその瞳を恐怖に凍りつかせ、震える足が崩れ落ちないよう懸命に立っていた。その少年の名を、ヒナタは知っている。
 同世代ならば知らないほうが珍しいほど、アカデミーでは十分に名を知られた存在であるから。

 そして、また、少年もヒナタのことを知っているはずであった。
 なんせ一日の大半をアカデミーの同じクラスで学び、過ごしているのだから。

 それでも、少年はヒナタがヒナタであるとは気付かなかった。
 何故なら、今の日向ヒナタはアカデミーの教室に座る日向ヒナタと違いすぎたから。

 消極的で地味でやる事は鈍くて特徴などその瞳くらいしかなくて、どこにでもいそうな、つまらない少女。いつも俯ちがちで、まともに顔なんて見たことないし、常に自信なく小さな声は聞いたこともない気がする。

 それが、少年の知る日向ヒナタという少女。

 こんなにも冷たい瞳で、こんなにも残酷に、こんなにも恐ろしく、まっすぐに嘲笑などしない。顔立ちは同じはずなのに、まるで別人にしか見えない。

「知っているでしょう? 貴方は。私も貴方のことを知っているわ。弱いくせにイタチに復讐だなんて誓っている大馬鹿さん」
「な…っっ。ふざけるなっっ」
「力の差も分からない。 貴方は凄く弱いのにね」
「なんだと!!!!」

 かっとなって、震える手をクナイへと伸ばす。
 そのクナイが引き抜かれるよりも遥かに早く、ヒナタはサスケの目の前まで迫っていた。サスケ目から本の数ミリも離れていない場所で刀は停止する。

「ぅ…うわ! ぁあああっっ!!!!!」

 今度こそ力なくへたり込んだサスケはそのままの格好で身体全体を使ってずるずると下がる。

「今日からあんたのお守り役になった日向ヒナタよ。今まで守られているなんて知りもしなかったのでしょう?」

 ひどく哀れんだその口調にサスケの動きがぴたりと止まり、恐怖に見開いていた瞳が僅かに力を取り戻す。

「ど…ういう…意味だ」
「うちはの血を絶やすわけにはいかないの。それで、分かるかしら?」

 暗闇の中、刀が引かれ、背負った鞘の中へ吸い込まれるようにして納められる。ヒナタがサスケを見る目はひどく冷たく、そして同時にひどく哀れんでいた。それはどういう意味を持つのか、サスケには分からない。

 サスケの血は貴重だ。
 今ではただひとりとなってしまったうちは一族の生き残り。
 言い換えれば、うちはの写輪眼という血継限界の力をサスケしか持たないということ。

 それを狙うものは幾らでもいるだろう。
 何せうちは一族のもつ写輪眼の力は、他国にまでよく知れ渡っているのだから。

 ヒナタの後ろに、サスケの血継限界を狙って襲い掛かった忍の成れの果てがあった。
 サスケが何をどうしても敵わなかった忍が、いとも簡単に倒され…そして、止めを刺された。
 簡単に。
 簡単に。

 ヒナタとサスケの間に壁があった。
 力の差だけじゃない。人を躊躇なく殺せる覚悟。

「…なんで…姿を見せた…」

 これまでも守られていたと言うのなら、ヒナタのような役目を持つ人間がいたのだろう。けれどサスケは気付きもしなかった。
 それはサスケに姿を見せる必要がないということであり、またサスケが気付かないうちに全てを処理出来るような実力者だということ。
 ヒナタと血継限界を狙ってきた忍では力の差が圧倒的だった。赤子の手をひねるように、ヒナタは彼らを始末した。

「守られている分際で一人で生きている気でいる奴が物凄く嫌いだから」

 それはアカデミーで見るうちはサスケの姿。
 自分は強いと力を振りかざし、何もかも一人で出来ると言わんばかりに、差し伸べられた手を振り払う、うちはサスケという少年。

 働いてもいない子供がどうしてアカデミーに通い、日に3回食べるものに困らず、着るものにも困らずに生きれるというのだろう。
 うちはという名前の価値があるから少年は守られているのだ。

「…っっ」

 何事か言い返そうとして、何も言い返せなかった。
 口を開いたまま視線を逸らし、最後は俯いて唇を噛み締める。
 握り締めた両手は激情を隠すかのように震えていた。

「それで、どうしたい?」

 全身を押さえつけるような殺気が消えて、同時にサスケに対する圧迫感も消えうせる。目の前に立つ日向ヒナタはサスケと同じくらいか、それよりも小さいくらいで…。
 それなのに、サスケよりも遥かに強いのだ。

 それはなんて、遠いのだろう。

「…強く、なりたい」
「うん、それで?」
「…………強く、なって、あんたを越して…それで、それで…一人で、生きたい」

 本当の意味で、人を頼らなくても生きれるように。
 他人に守られることなどないように。

 目の前に立つ、日向ヒナタという少女のように。

 そうありたい。

 いつの間にかサスケの震えは止まっていた。
 怯えの濃い瞳に鋭い光が宿って、決意と共に拳が握りこまれる。

「じゃあ…強くなろう」

 あれだけ冷たく尖っていたヒナタの瞳が、ひどくやわからくなって、一度も見たことがないような温かな満開の笑顔になった。

 ヒナタはサスケに手を差し伸べ、サスケはその手をしっかりと握り返す。

 それは赤い月がとても綺麗に輝く夜の話―――。