久しぶりにゆっくりでも眺めたいなとぼんやり思った









「今日で、何日目?」

 ここ最近ほとんど任務についていると知っている人間の姿を見つけ、思わず疑問を口に挟んだ。
 自分も相当酷使されているほうだと思うが、彼よりはまだ少ないに違いない。

 机の上に突っ伏した少年は、ぼんやりと顔を上げる。
 その口元にはしっかりとよだれの後がついていたし、広い額には枕にしていた書物の後がくっきりとついていた。
 悪いとは思うがつい笑ってしまう。

 くすくすと笑うヒナタに、少年、シカマルはようやく我に返り、慌てて顔をこする。そうしたところでよだれのあとが消えるわけでも、顔の痕が消えるわけでもないのだが。

 あられもない姿を見られたシカマルは罰が悪そうに視線をそらしながら、自分の処理した書類を確認した。

「中忍勤務なしの20日連続勤務中」
「…お疲れ様」

 しみじみとそう言ったヒナタにシカマルは長々と息をついて見せた。

「お茶入れるから、少し休憩にしない?」
「おーーー頼むーーーー」

 暗部暗号処理班はデスクワークがとにかく多い。火影に行く前の書類は全てここで処理されるからだ。
 もしも暗号文が隠されていた場合、それを解析しておかなければならないし、全く必要のない書類は処分しておかなければならない。

 書類の山を一通り整理して、備え付けの洗面所で顔を洗う。鏡に映る自分の姿は、見事なまでにやつれていた。しかも無精髭伸び放題だ。勝手に置いていた剃刀で髭をそって、深く深く息をつく。ゆっくりとご飯を食べて、ふかふかのベッドでぐっすり寝たい。忍であるまえに人間だ。それくらいの望んだって罰は当たらない。

「大丈夫?」

 ひょっこりとヒナタは洗面所を覗いて、シカマルを伺う。鏡の中で、2人の視線が丁度かみ合った。安心させるようにして、シカマルは笑う。
 最近はまともに会う機会もほとんどなかった。
 シカマルは暗部の中でも暗号処理班専属だが、ヒナタはナルトと組んで大規模な殲滅中心の第1班所属だった。
 その任務種類の違いから、暗部任務が入ろうとも殆ど会うことはない。
 中忍勤務も今は他のメンバーで組んでもらえるよう火影に配慮してもらっている。シカマルはもとより書類解析や雑務の多い中忍だったし、ヒナタも医療技術班の手伝いに借り出される事が多かったので、下忍時の仲間たちは特に不審にも思わないだろう。
 未だにシカマルもヒナタも自分自身の力と、暗部である事を隠している。
 それはついこの前までのうずまきナルトも同様だった。

「ナルトの奴、生き延びてるといいが…」
「……大丈夫だよ」

 思いがけずはっきりした返事が返って、シカマルは瞬きを繰り返す。鏡の中で、ヒナタはにっこりと笑った。その表情には不安など微塵もなく、本気でそう信じているからこその言葉だった。

「っても…結構ギリギリだったんだろ?」

 ナルトを追い忍として処理したのはヒナタだ。
 第1班でその実力を知らしめた暗部であるうずまきナルトに対抗できるような忍は、ヒナタくらいしかいなかったから。もっともヒナタとナルトがよく組んでいたのは、2人が本来誰であるのか知らない者たちにとっても周知の事実であり、そのため手心を加える事などなきよう5人の見張り兼用の暗部がついた。
 その中でヒナタはナルトを追い詰めるだけ追い詰め、砂の大地に放り投げてきたと言うのだ。
 最後の止めだけはご丁寧に作った身代わり人形を丸焦げに焼き尽くす事で果たした。
 その最後の瞬間くらいにしか、ナルトと身代わりとを入れ替えることが出来なかったのだ。

 だからヒナタはナルトが生きている事を知っている。そして何もない砂漠のど真ん中に、瀕死で捨て置かれている事を誰よりもよく知っている。かろうじて生きている状態の人間が、何にもない砂漠で生き延びるなどありえない。

「だって、あの位置なら、30分以内にはテマリが巡回する筈だもの」

 初めて聞く情報に、シカマルは思わず振り返って、ヒナタの笑顔をまじまじと見つめる。

「…や、でもテマリが見つけるとは限んねーだろ? 大体見つけたとしても殺す可能性の方が高いんじゃないのか?」
「大丈夫。テマリは絶対に巡回のコースを変えないし、目が良いから変なのが落ちてたら絶対気付くもの」
「…………っつか、なんでそんなテマリの事知ってるわけ?」

 呆然と立ち尽くすシカマルに、ヒナタは少しだけ視線をそらし、誤魔化すようににっこり笑う。

「女の秘密だよ」

 お互い暗部として戦った事があるとは、まさか言えない。しかも私闘だった。
 それがきっかけで仲良くなったのだから、別段後悔など全くしていないのだが。
 意味が分からないという顔のシカマルに、座って話そうと仕草で示し、書類だらけの仕事室へと戻る。

「テマリね、ナルト君のこと結構気に入ってたもの」

 ヒナタの後ろ姿を追って部屋へと戻ったシカマルは、耳が捉えた言葉に足がもつれそうになった。自覚はないが連日のデスクワークで相当弱っているのかもしれない。

 指定席に座って、ヒナタが置いたシカマル好みの渋い茶を飲みながら、頭の中を整理する。

「全然、気に入っているようには見えなかったぞ」

 改めて考えてみて、結局そう思う。
 ヒナタはシカマルの隣の椅子に座って、面白そうに足をぶらぶらと振る。どこか子供っぽい仕草に小さく笑ってしまった。

「でも、気に入ってたわ」

 断言してくすくすと笑うヒナタの姿に、めんどくせーと小さく呟いて伸びをする。
 ヒナタがそう言うのならそうなのだろう、とシカマルは納得する。白眼なんてものを持って生まれてきたかもしれないけど、ヒナタは他の人間の感情にひどく聡いから。

「………ヒナタさ、どれくらいで仕事終わる?」
「半日もあれば十分かな。報告書の確認と任務書の作成、後は研究結果のまとめと報告くらいだから」
「あーじゃあ、終わったらどっか息抜きでも行こうぜ?」
「……どこに?」
「どこにでも」
「…2人で?」
「当たり前」

 断言すると、ヒナタは何度も何度も瞬きを繰り返してから、力いっぱい頷いた。
 その表情は2人でいる時にしか見ることの出来ない、とてもとても幸せそうな笑顔で。
 だからシカマルは久しぶりに心から笑った。