を見上げるという行為に理由はないけれど、理由のある行為も一応存在するのだ









 空を見上げるのはこれが初めてではない。
 …というか、他の人よりも遥かに多いぐらいだ。
 それは下忍の時も暗部の時も変わらない事の一つで、大抵どんな時も空を見上げていたし、それを疑問に思ったこともない。
 その行為に意味はないし、必要だとも思わない。
 ただ見上げると言う行為が、当たり前だと言うほど近しく、いうなればそれは、奈良シカマルのアイデンティティーなのだろう。




「かつお節みたいだな」

 隣の少女の空を見上げたままでの言葉に、奈良シカマルは眉間に皺を寄せることで返した。
 独り言、というには声が大きく、会話にしては声が小さい。しかもあんまりにも唐突で意味が分からない。空を見上げていても、かつお節なんて浮かんでいない。かつお節を連想させるようなものもない、と思う。
 少女は振り返ることもなく、シカマルの様子などまるで興味ないというように先を続ける。

「無味乾燥で、味気なくて、素っ気無くて、吹けば飛ぶような軽さで、ひょろひょろしてて」
「………なんでいきなりかつお節。意味わかんねーし。めんどくせー」
「かつお節みたい、だと言った。誰がかつお節の話をしてる?」
「や、今のどう考えてもかつお節話だろ」

 ようやく振り返り、シカマルの顔をマジマジと見つめて、それからテマリは吹き出した。なんとも失礼なタイミングで笑われて、シカマルは些か機嫌を損ねる。
 元々不機嫌顔のシカマルが機嫌を損ねても、親しい人間以外には対して分からない。
 テマリは確実に分かっているにもかかわらず、屈託なく笑い続けた。

「後、空ばっかり見てるくせに、意味があるのかと思えばまるでない。面倒くさいと言いながら口先ばかりだ。行動が果てしなく軽い。吹けば飛びそうだ」

 分かりやすいような分かりにくいようなテマリの噛み砕いた言葉に、シカマルは合点がいって、ぴたりと止まった後、大きな大きなため息をついた。
 全く持って面白くない。

「動きに理由も意味もなくて、ただそこに在って…おお、まさにかつお節じゃあないか、と、思ったわけだが、どう思う?」
「………お前はくそめんどくさくて、意味わかんなくて、つかみ所がなくて、滅茶苦茶性格わりーって思うぜ」
「褒め言葉か?」
「違う」

 断定したシカマルに、テマリは面白そうに笑い転げた。
 全く初めて会ったときにはこんなに笑い上戸の相手だとは、想像だにしなかった。
 砂色の髪は妙に希薄で、緑の瞳は冷たく細められていた。生きていることに意味などあるのか、と、そう言いきってしまいそうな、つまらなそうな瞳だった。

 ただ、もしもテマリがずっとあの瞳のままであったなら、自分たちはこうも一緒に居なかっただろう。彼女がなんらかをきっかけにして変わって、変わった彼女に周りが感化された。

 空を見上げ、流れゆく雲を眺めるシカマルに、テマリは笑ったまま言葉を付け加えた。

「いい出しが出る」

 それは、かつお節に対しての言葉と思われて。
 けれども、かつお節に例えられたシカマルに対しての言葉とも思われて。

 ただ、振り返った瞬間に見えたテマリの顔に、ひどく優しくて、温かな、幸せそうな微笑があって。
 どちらに対しての言葉か確認するよりも先に手が伸びて、自分とさほど身長の変わらぬ相手を腕の中に閉じ込めた。
 特に理由なんてないけど。

 初めて空を見上げた時、むしゃくしゃした得体のしれない苛立ちがどこかに飛んでいったから、空を見上げることが癖になった。
 そこにはもう理由なんてなくて。

 突然の抱擁に、シカマルの肩口に顔を埋めたままぽかんとしていたテマリが事態を理解して、面白そうに笑った。

「突然何をする」
「……別に」
「お前の行動にはほんと脈絡も理由もないな」

 それは、まぁ事実で。
 任務や将棋以外に頭を使うことは大してないし、意味もなく空を眺めてはぼーっとしてる。面倒くさいと思うのは事実だが、口で言うほどは面倒臭がっていない。あれはあれで完璧な癖で、一体いつから言っているのか覚えてもいない。
 空を見上げるのも、めんどくせーと毒づくのも、日常の一部だ。

「………好きな女を抱くのに理由なんているかよ」

 言いながらも空を見上げたシカマルの耳が赤い事にテマリは気がつく。

「ばーか。理由ならあるだろ」
「はぁ?」
「好きだから、だろ?」

 それが理由だ。
 空を少女は見上げ、少年もまた空を見上げ。


 穏やかに、笑った