たまには姉弟3人でゆっくりとの旅に出かけようと思います









「広いなー空は」
「…ああ」

 独り言でしかない言葉に、律儀に返事が返ってきたので、テマリはついつい笑ってしまった。失笑、という言葉がふさわしいそれに、我愛羅は小さく眉根を寄せる。
 少年の知る姉の笑い方は幾つもあるが、今回のそれはあまり見たことはない類のものだった。ただ、それは楽しい類ではなくて、けれど我愛羅にはその意味が理解できなかった。

 空をぼんやりと見上げる翡翠の瞳はそこに何を思うのか。
 その視線を追いかけて空を見上げる。
 今日は生憎の曇り空。
 真白い雲の切れ間からちらちらと青い空が覗く。

 恐れ、恐れられの関係ではなく、本当に姉弟として接し始めてからの時間はまだ短い。
 中忍試験が終わった後、少しずつ我愛羅は周囲の人間のことについて考え始めた。それしか道がなかったとしても、そばにいてくれた姉と兄のこと。
 姉弟、兄弟としての関係の事。
 それらは我愛羅にとって未知のことで。
 考えるようになってよく分かった。
 我愛羅はテマリのこともカンクロウのことも何も知らないのだと。
 だから理解しようと思って、我愛羅はよく考え込む。

「テマリ、我愛羅」
「遅いぞカンクロウ」

 よっ、と片腕を上げて笑うカンクロウに、テマリの鋭い叱責がとんだ。カンクロウはわざとらしく肩をすくめて、「悪いじゃん」と言いながら、遅くなったわけを述べる。
 その理由は簡単だ。
 来る途中にバキに捕まり説教を受けた。
 説教と言っても、ささやかな注意とか、近頃の生活態度とか、言動とか、そういう簡単な事で、良かれと思ってバキは言っているのだろうが、こちとらそろそろ一人前と認められたいという意識が芽生えてくる微妙なお年頃。はっきり言ってそういうもの全てがまとめて鬱陶しくなってくる時期だ。話半ばで逃げ出したくなるのも分かって欲しい。急いでいたわけだし。

「お気の毒に…」

 ちょっとばかり苦笑しながら、テマリはバキに同情する。
 ああ見えて情に厚い男だから、カンクロウに聞き流された挙句逃げられて、今頃凹んでいるだろう。

「それより、2人で何見てたじゃん?」

 カンクロウから見たら、丁度2人とも同じ角度で同じ方向を見ていたので、一体何があるのかと思って視線を巡らせたのだが、一向に分からなかった。当たり前であろう。2人が見ていたのは特別な何かではなくて、空でしかないのだから。
 テマリと我愛羅、顔を見合わせて、もう一度空を見上げる。
 一体なんなんだ、とカンクロウも空を見上げる。

 空はただただ薄暗く曇っていて。
 空はただただ広がっていて。

「空は広いなー」
「そんなん当たり前じゃん」

 テマリはそうだなと笑って、よっこいしょと扇子を取り出す。

「空の散歩といくか」
「や、無理じゃん? さすがに3人は無理じゃん?」
「何とかなるだろ」

 そう言うとテマリは、馬鹿でかい扇子を広げる。
 まずテマリが乗り、しぶしぶとカンクロウが乗る。
 それから。

「ほら、我愛羅」
「なんとか…いけるじゃん?」

 そう、我愛羅の兄と姉は手を差し伸べてくるから。
 2人の会話についていけてなかった我愛羅は完全に固まる。
 目の前にある2つの手のひら。
 細くて長い指先と、骨格のしっかりした指先。
 呆然としたまま、兄と姉を伺う。
 テマリの目には、どこか悪戯で楽しそうな色が浮かんでいて。
 カンクロウの目には、早くしろよとでも言いたげな焦れた色が浮かんでいて。
 その、どこにも『拒絶』はなかった。
 どこまでもどこまでも広がる空のように。

 両腕を少し、伸ばす。
 砂は動かない。大丈夫だろうか。この2つの腕を傷つけはしないだろうか。

 伸ばした両腕はしっかりと2つの手のひらに握られて、扇子の上に引き上げられる。
 同時にテマリは術を発動し、扇子はふわりと空へと舞い上がった。
 慣れない突風に、カンクロウと我愛羅は目を瞑る。
 テマリだけは高く高く舞い上がり、そして笑う。

 空は変わらずそこにあり、分厚い雲は無粋に太陽とのご対面を遮っている。

「木の葉までひとっとびだ」

 分厚い雲を突き破るようにして、テマリは扇子を操った。
 いつもよりもずっと重い扇子はいつもより速度が出ないけど。

 手が届く場所に2人の弟がいて、それぞれ誰かしらの服や手を握り締めているので、テマリはどこにでも行けそうな気がして笑った。