「初めまして、だね。瀞稜。…ううん。キバ君」

 そう言って、ナルトに連れられてきた黒衣の人物は…ヒナタ、だった。


 また、足元から崩れ落ちたような気がした。
 




 ヒナタ―――?




 あの、自分の好きな、自分を受け入れてくれていたヒナタ、が。

 如何して?

 この冷たい微笑を浮かべる少女である筈があるの―――?



 信じたく、なかったのだ。



 キバにとって、裏の顔を持たずに居ながらキバを受け入れてくれた、チョウジとシノ、
それにヒナタは、何処までも神聖で、守りたい存在、だった…。

 だから。

 失いたくなくて。

 自然と

 黒衣を身に纏い、赤を厭いもしない黒蝶と

 優しくて慈悲深い、暖かな日向ヒナタは


 自身すら気付かないうちに、別の存在だと、判断した。




 黒蝶は、嫌いだ。

 人を殺す事を何とも思っていない、むしろ、楽しんでいるとも思える冷酷な忍。


 ヒナタは、好きだ。

 シノの蟲を怖いと言いながら、ゆっくりと受け入れて、キバに暖かく微笑みかける少女。




 けれど。




「私は私。日向ヒナタも黒蝶も同じ存在。そう。貴方が犬塚キバでありながら、瀞稜であるというように」 

 彼女はいつの間にか絶やす事の無い笑みさえ忘れてしまったように、冷たく凍りついた瞳で
キバの瞳を睨みつけるのだ。

 両手を赤く染めた少女。

 ヒナタの、顔。

 ヒナタの、声。

 かつて振り払った、暖かなヒナタの手。

「俺は―――」

 分かりたくない。

 そんな事、気付かないでいい。

「貴方が、何故人と触れ合うのを嫌うのか私は知らない。けれど、私は、私も人に触れられるのは嫌いだった」

「ひ、なた……?」

 不意に、一瞬だけ、ヒナタの顔が歪んで、次の瞬間にはまた無を思わせる冷たい表情に戻る。

 彼女が、いついかなるときでも笑うことを止めないのは、感情を読ませるのが嫌なのかもしれない。

「日向のおちこぼれ、日向の恥、日向の役立たず」

 その、感情のない言葉に、キバは震える。

 どれもこれも、キバ自身が犬塚という一族に言われ続けたことだ。

「暴力は、日常茶飯事だった。妹が生まれたその瞬間から、私は要らなくなった。
 なじられて、殴られて、足蹴にされて、唾を吐かれて、一族から追放された」

 全くの無表情で、感情など浮かんではいないのに、ヒナタとキバを結ぶ赤い腕がほんの少し、震えた。

「死ねばいい、と森に放り出された事もあった。分家に殺されそうにもなった。
 馬鹿な男に、犯されそうにも、なった」

「ひ、な―――…」

 ぎゅ、とキバの頬を強く挟んで、震えを止める。

「嫌いだ。人に触られるのも触るのも。悪寒が走るっ」

 一瞬高ぶった感情を堪えて、けれどもヒナタはキバから手を離さない。

「ヒナ…」
「だけどっっ!…だけど…」

 キバの呼びかけをさえぎって、ヒナタはキバの瞳を睨みつけた。

「暖かいの。知っているでしょう?キバも。
 こんなに赤く染まった私の手でも、薄汚れてしまった手でも受け入れてくれる人が居て、
 触れて、
 暖かさを、
 優しさを、
 喜びを、
 取り戻して、取り戻す事が出来るのだと教えてくれた人がいた。
 そして、私のこんな手でも誰かに自分が受けただけの事が出来るのだと、
 教えてくれたのは貴方で、シノ君だったのよ?」

 キバが、シノがゆるゆると心を解いて、少しずつ距離が縮まる事が嬉しかった。

 いつの間にか、自然と触れ合う事もあって、けれども、誰もそれを気にしなくなった。

「嬉しかった。貴方とシノ君が、受け入れてくれたこと。
 いつの時か、貴方の正体も、ナルト君の正体も、シカマル君の正体も…気付いたし。
 それを利用したけど。嬉しかったのは本当。貴方が私を軽蔑して、厭うならそれはそれでいい。
 けれど、言いたいの。ずっと貴方とシノ君には言いたかった。私を…受け入れてくれて、ありがとう」

 ふ、と。

 ヒナタの両腕から力が抜けて、両腕がキバから離れた。

 まるで、もう言う事はない、と言うようにヒナタはキバに背を向けた。

 黒蝶、でなくヒナタとなったその後姿は、キバの好きな細い、頼りなさげな小さな姿。

 真っ赤に染まったこの屍の散らばるこの地で、ただ1人の生者。

「ヒナ…ヒナタ!!黒蝶!!!!」

 ヒナタでなく、黒蝶と叫んだ。

 少女はほんの少し、驚いたかのように、けれども表情の浮かばぬ瞳で
キバである瀞稜という暗部を見上げる。

「俺は、俺は黒蝶は嫌いだ!冷たくて、読めなくて、残忍で、笑って人を殺す!」

 けれどもそれはナルトも同じ事。

 やはり、キバの中で引っかかっていたのは、それではなく。

「けれど、けれどそれもヒナタで…!その、赤い手は…俺を…俺を受け入れた…手だ…」

 認めたくは無い。

 けれども、赤を纏いながらも、その手の平の暖かさは変わらない。


 変わることが…無い。


 否定するのと同じくらい深淵のどこかで、キバは肯定もしていた。

 ヒナタは黒蝶で黒蝶はヒナタだと。

 シカマルの時のように受け入れる事が出来なかったのは、あまりに8班という空間が居心地良かったから。

 ヒナタとシノという存在を、自分の全てを晒してしまいたいほどに、好きになってしまったから。


 少女の赤い両の手は、まるで道に見えた。


 何処までも何処までも続く道ではなくて、必ずヒナタと言う暖かな存在に出会える赤い絨毯。

 黒蝶は、嫌いだ。

 ヒナタは、好きだ。

 この相反する感情、いつか溶け合って、混じりあい、消えていく事だろう。

 だから。

「まだ…まだ間に合うなら…」

 受け入れるから。

 受け入れてください。



 気弱で繊細な、犬塚キバという人間の本来の姿が顔を見せた。


 




「………勿論」







 返事はとても明瞭で、赤の道は、途絶えることなくそこにある―――。
















 


 お題「赤い手」の続きの続きです。
 えっと………………こんなスレキバがいかがですか…?
 繊細で怖がりの臆病者ですuu
 あ。キバヒナにあらず、ですuu

 赤い手は過去と今を繋ぐ道であり、瀞稜と黒蝶を繋ぐ道であり、キバとヒナタを繋ぐ道。



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 空空亭/空空汐