一族とは違う異能を持つ自分。
 他に、蔑まれること、疎まれる事を余儀なくされる能力。
 家族は受け入れてくれたが、矢張り違う者としての壁があった。





 他の生き物の生命力をその身で触れることによって、奪うことの出来る能力―――。





 始まりはキバの生まれた瞬間。
 キバを取り上げた助産婦は、急に体調を崩した。
 ほんの少しキバと名づけられた赤子に触れるだけで、どこか疲れたように身体が重くなるのだ。
 恐れもあっただろう。

 近づけば、触れるかもしれない。
 さわる事も出来ず、近づく事すら出来ない"家族"
 一族から疎まれ、一族を背負う身でありながら一族の恥と蔑まれ、一族の一角から出ることを
決して許されなかった。

 この、異能という存在を抱えながら、外に出ることが出来たのはアカデミーに通うため。
 一族の者は忍になるというしきたりのおかげ。

 そして、主な要因は、能力の封印だ―――。

 3代目火影による、能力の封印。
 背に刻まれた封印術は解けることなく未だそこにある。
 封印を施されてからも、人に触ることは恐怖でしかなかった。
 犬塚だから、という理由で一族から押し付けられた赤丸も、恐怖の対象でしかなかった。

 触れてはいけない。
 触れることは罪だ。

 生まれた時より刻まれた禁忌。
 人に触られると、思わず身が震えた。

 禁忌だ。
 してはいけない。
 けれどもその怯えは人に奇異に映る。

 ―――変に思われてはいけない。

 そう、思った。
 もし、キバの人とは違う能力が他に知られたら、きっと一族の中に戻される。
 一族に閉じ込められる。





 嫌だ―――!!






 だから、犬塚キバ、という人格を作り上げる。
 明るくて、前向きで、馬鹿で、悪戯好きで。

「キバー」
「うっわ!さわんじゃねぇよ!男に触られてもちっとも嬉しくねぇっての!!」

 そうして、人が近づくと、逃げた。
 逃げてもいい人格を作り上げた。
 悪がき4人組み、と名高い犬塚キバ。
 ナルトにシカマルそれにチョウジ。

 ナルトとは同士だった。
 共に、封印を施された人とは違う者。
 3代目に封印を施された後、一族には秘密で、キバとナルトは出会った。
 共に学び、修行をした。
 冷酷で頭の切れる、強引で自分本位なナルト。
 弱気で全てに怯えるばかりの繊細なキバ。

 けれども、何故か気は合った。
 火影はナルトが一方的にキバを振り回すのではないか?
と危惧していたようだが、2人は仲が良かった。
 ナルトも、人に触れられるのを恐れる。
 幼い頃より一方的な暴力を受けてきたが故に。
 人との接触=暴力と定義づけられているが為に。
 人に触れるのも、関わるのも恐れた2人は、2人で馬鹿をやって2人で世界を遠ざけるつもりだった。

 …それなのに。

 いつの間にか、一緒にシカマルが怒られていて。
 気が付けば、チョウジが笑って傍に居た。
 あれだけ怖かった筈なのに。
 彼等と触れるのは気にならなかった。




 ナルトとキバは、暗部に入った。
 自分達にとって恩人である火影に恩返しするため。
 2人とも、人を殺したことはすでにあり、ためらう事は無かった。

 ―――罪悪感と、胸を焦がすような恐怖は収まる事を知らなかったが。

 暗部に入って一番驚いたのは、シカマルがそこに居た事。
 彼は大分前から情報解析のプロとして働いていたのだという。
 これは、正直嬉しかった。
 本当の自分を知っている気の合う仲間が、2人から3人になって、表でも裏でも触れられる事は怖くなくなった。

 赤丸に対する恐怖も消えた。




 やがて、アカデミーを卒業する事になって、下忍になるところでまた恐怖した。
 ナルトはまた卒業失敗のふりをするつもりだろう。
 下忍班は上忍1人と下忍3人で構成される。
 誰も、知らないメンバーだったら?
 いや、シカマルも、チョウジもそこにいなかったら?
 すぅ、と足元が崩れていくような感覚に襲われた。

 そうだ。

 犬塚キバという人間は、ナルトが、シカマルが、チョウジが居たから恐怖を消すことが出来た。


 けれども。


 彼等が居なくなる―――?





 そして、その恐れは、現実となってキバに襲い掛かる。

「下忍第8班、油女シノ、犬塚キバ、日向ヒナタ」

 ………足元から崩れおちた。


 怖い。

 怖い。

 怖い。


 かつての恐怖が、忘れた筈の恐怖が呼び覚まされる。
 表面上だけではなんとか取り繕って、けれどもナルトとシカマルから感じる大丈夫か、という様な視線に、泣きたくなった。

 大丈夫じゃない。


 助けて。



 すぐに紅、という女の担当上忍が来て、自分達を連れて行く。
 一度だけ振り返った。
 ナルトとシカマルは瞳に頑張れ、と、大丈夫だ、と浮かべて。
 それを最後にキバは彼等と別れた。



 怖くて、怖くて、それでも何とか表面上は繕い続ける。
 下忍第8班のメンバーはいきなり人に触ってくるようなやつ等ではなかったけど、それでも任務で一緒に居るのは怖かった。


 ―――そして。

「あ」

 と、日向ヒナタが小さく声を上げた。
 油女シノとキバは2人して後ろのヒナタを振り返る。

「キバ君、手、何か付いてるよ…?」

 そうして、己の手を取ったヒナタを…。


 思いっきり振り払ってしまったのは―――。
 もはや反射的なものだった―――。


「―――きゃ」


 そう、ヒナタが小さな悲鳴を上げて倒れたのに、キバは彼女に声をかける事も、助け起こす事も出来なかった。
 驚いたように2人を見たシノが、ほんの少しためらいながら、ヒナタを助け起こす。
 それに、ようやくキバは我に返った。

「…あ…わり……」

 堅く強張ったその声にヒナタは慌てたように首を振る。

「う、ううん。私も、ごめんね…キバ君。キバ君もシノ君も人に触られるのが嫌いなのにね…」

 何気なく言ったヒナタの言葉に、キバもシノも唖然としてヒナタを凝視した。
 その、2人の強い視線に、ヒナタが戸惑った顔で首を傾げる。

「な、んで…?」

 普段のやかましいキバの声が、呆然と、弱弱しい響きを持ってヒナタに問いかける。
 シノもそれを気配を持って促していた。

「キバ君も、シノ君も…絶対人に触ろうとしないから…誰かが触る前に距離を置いて、逃げるから…」

 ち、違った? と慌てる少女に、2人の少年は絶句する。
 気づかれていないと思っていた。
 現に、誰にも追求された事は無い。

 それが、まさかこの少女に見破られていたとは―――。

 信じられない、と言う思いを込めて、ヒナタを見つめる。
 その、白く輝く瞳が、白眼、と言う様々なものを見透かす瞳だという事を、強く実感した。
 …正直、嬉しかった。
 触れることを嫌っている事に気付いていながら、何も言う事もなく、ただそれを受け入れてくれていた事が。
 シノもまた人に触れられる事を恐れていた事が。


 そのときから、キバは彼等が好きになった。


 また、触れられる事が怖くなくなって。
 彼等と過ごすのが楽しくなった。
 裏を持つ後ろめたさもあったけど、ナルトとシカマルと過ごす事が、それらを忘れさせてくれた。
 シノとヒナタは、下忍としては充分強くて中忍レベルくらいはあったが、彼等に傷をつけさせるのが嫌だった。

 初めて自分のことに気付いて、受け入れてくれたヒナタ。
 そして、同じように心に傷を持つ、同士であるシノだったから。
 任務の時は自分から突っ込んで、先に危険を減らした。

 楽しかったから。
 守りたかった。






 ―――守りたかったのに。







  

 お題「赤い手」の続きです。
 そしてまだ続きますuu
 キバの過去話。


 空空亭/空空汐