しばらく任務が続いていた。幾つかの任務で一日丸ごと潰れる事も多く、久しぶりに今日は休みだった。
任務の前や後には、暇があればいのを探したが、普段やかましいくらいに現れる彼女は捕まらなかった。下忍第10班は今木の葉外に出ているようで、数日は帰ってこないと聞いた。今日の午後には帰る筈、とも。
彼女が渡した鬼灯は今もサスケの家に置いてある。
あのあと、帰る前に図書室によって花言葉を調べた。
出てきたのは、たった2つの単語。それが、サスケの全身を縛った。
何が"偽り"だったのか。
誰が"欺いた"のか。
答えは簡単すぎるほど簡単で。
手足の震えを殺すことが出来なかった。
あのうちはイタチに抱いた、鮮明な死に対する恐怖。
それとは違う種類の、気持ち悪さ。純粋な恐怖。
どこまでが"本当"で、どこまでが"偽り"?
考えても、思い返しても、いのの顔で思い出すのは笑顔が多い。それでないなら、サクラと言い争っている顔か、シカマルとチョウジを従わせる偉そうな顔。
そのどれもが嘘のようで、どれもが本当のようで。
あの鬼灯を渡したときの笑顔が"偽り"だというのなら、人はあんなにも笑顔で"欺く"事が出来るのかと、空恐ろしくなる。
「…くそ」
あれからずっと、簡単な任務でも、ただ普通に生活しているだけでも、得体の知れない恐怖が身にまとわりつく。
疑いもしなかったナルトやサクラの表情。カカシの表情。大人達の表情。
―――それが、全部"偽り"だとしたら?
「…気持ちわりィ…」
人間不信とはこのことだろうか、と、自嘲気味に笑った。
―――吐きそうだ。
ごろりと転がると、鬼灯の朱色。
山中いのという人物は、何故、サスケにこれを渡したのか。
「くそ…っ」
イライラして、置きっ放しだった茶碗を投げつけた。ガチャンと茶碗が割れて、鬼灯の実がその血のように周囲に転がった。
障子戸から差し込む光がそれを照らして、きらきらと輝く。
カタリ、と音が鳴る。
「……!?」
何の音だ、と神経を尖らせ、磨き途中だったクナイを手に取った。
音がしたのは玄関の方だ。
気配を殺し、玄関方向を探り…ほぅ、と息をついた。
手紙が一枚、届いていた。それだけの音だ。いやに神経過敏になっている。
扉の間に差し込まれた封筒を引き抜いて、ひっくり返した。差出人を確認する為だったが、そこは何も書かれておらず真っ白で、眉を潜める。
表には、うちはサスケ様、と書かれているが、やはり差出人の名前はない。
イタズラか? と、警戒しながら封を切ると、2つ折りにされた、極々普通の便箋が出てくる。
その便箋を開いた瞬間、サスケは玄関を開けた。
あまりよろしくなさそうな音が大きく鳴り響くが、サスケの耳には届かない。
周囲を見渡し、誰もいないのを確認して、もう一度便箋に視線を落とした。
便箋に書かれたのは明日の日付と時間、それと一つの場所。
差出人の名前はなかったが、それが誰の出した物なのかはすぐに分かった。
便箋の背景に描かれたイラストは鬼灯そのものだったから。
「くっそ……なんなんだよ…っ!」
握り締めた両手の上、便箋が潰れた。
答える者はどこにもいない。
潰れた便箋を広げて、時間と場所を確認した。
午前11時に火影岩の上。
一つ息をついて、その便箋をポケットの中に突っ込む。
今現在午前10時45分。
ちょうど15分前だ。
一体何のつもりなのか、考えても分かるはずがなく、結局迷いぬいた末に手紙にしたがってここにきた。
一日中散々考えて、結局中途半端な情報しか持っていない事に改めて気付いた。
あの男達が言っていた"あいつら"とは、一体どういう集団なのか。一瞬だけの血の匂いは、"あいつら"の仕業なのか。そして、山中いのは、"あいつら"なのか。
「おーサスケじゃん! 何してるんだってばよ!」
ひょっこりと現れたのは、サスケが待ち望んでいた存在ではなくて、けれど、何でこんなところに彼が現れるのかと、ぎょっとする。
見慣れた明るい金色の短い髪に、空のように透き通った青い瞳。にんまりと笑ったその姿は、同じ下忍第7班の、うずまきナルトそのものだった。
「お前…なんでこんなところに…」
「俺ー? 俺ってばこれからピクニックだってばよ! あーもしかしてサスケも?」
「はぁ!? なんで俺が…」
「いや、その通りだ。ナルト」
「……シカマル?」
割り込んできた声の持ち主は、相変わらずの面倒くさそうな顔で、大儀そうに息を吐いて手に持つバスケットをナルトに見せた。
「いののヤツだろ?」
「………」
「ふーん? ま、どーでもいいってば。それよりヒナタは?」
「後ろ」
そう彼が示す先では、黒い髪がふわふわと揺れている。真っ白な瞳が、勢いよく手を振るナルトを捉えて、幸せそうに細められた。柔らかな、見た事のない日向ヒナタの笑顔に、サスケはまず驚く。
「な、ナルト君っ。…おはよう!」
「おう! おはようだってばヒナタ!」
ナルトとヒナタは、にっこりと笑い合う。途端蚊帳の外となったサスケは、唖然としてその光景を見ていた。ナルトの笑顔なんて普段から見慣れているはずなのに、何故かいつもと違う気がして。何よりもヒナタがナルトの顔をまっすぐに直視しているという、それだけの事に驚く。
かの少女は、サスケが見ていた限り、ナルトと視線を合わしたことなど一度もない。
楽しそうに会話を交わす2人は、サスケの怪訝そうな顔にも気付かず、にこにこと笑い合う。
「あいつら…あんなに仲が良かったのか…?」
シカマルは、呆然としたサスケの呟きに、ちろりと視線を上げて、また面倒そうに下げた。彼にとっては目の前の光景などどうでもいいことなのか、サスケに答える事はなかった。
「はーい。おっまたせー。全員揃ってるわねー」
その声が3人に届いたとき、ちょうど時計の針が11時を指した。見事に時間通りの到着である。
「きょーのおべんと係はヒナタでーす。荷物係はシカマルでーす。準備はよろしいですかー?」
「「「はーい」」」
幼稚園の先生みたいな言い方で、今から遠足に行きますよーみたいなノリで、明らかにおかしいのに、明らかに意味が分からないのに、誰も何も突っ込まない。サスケ以外は至極当然といった顔で、軽い足取りで歩き始めたいのを追う。
1人取り残されて、4人の後姿を見たまま呆然と立ち尽くす。
大体、このメンバーの意味が分からない。
ナルトはシカマルとよくつるんではいたけれど、いのやヒナタとの交流はそんなにないはずだし、シカマルといのは幼馴染でいいとしても、この2人が揃うならばチョウジがいない方がおかしい。もっと言うならば、ヒナタがいるのにキバやシノがいないのもおかしいし、いのがいるのにサクラがいないのもおかしい。
「サスケくーん、置いていくよーー?」
「………」
いのの声に、ようやく足を動かす。意味が分からないが、いのに会えたことは間違いない。
現れたそのときから、いのは楽しそうに笑っていたが、はたしてそれは"偽り"なのかどうか。
それを確かめる為にも、この積もり積もった疑問と苛立ちを解消する為にも、サスケは彼らに従った。
子供5人の足取りは軽く、あっという間に目的地だ。森の、かなり奥深くに位置する場所で、木と、木の葉と、草花以外に何もない。遠く水の流れる音がする事から、川が近いのだろう。鳥のさえずりの中、いのとヒナタは気持ちよさそうに深呼吸を繰り返す。シカマルは早々に手ごろな石を見つけ、腰を落ち着ける。腰のポーチから取り出すは一冊の小説本。ナルトは何故か準備体操をして、走り始める。
「……マジかよ」
いやに楽しそうにしている同期の下忍達を見て、妙に気が抜けた。どっ、と疲れがきた気がして、草の上に座りこむ。天然の絨毯が疲れた身体に優しい。
結局ここに来るまで、一言も喋らなかった。
目の前の4人を観察して、それだけ。
彼らははっきり言って奇妙な組み合わせにしか見えないけれど、妙に息が合っているようにも見えた。1人1人を見ていると何も思わないが、4人一緒に見ると何故か、急に生じる違和感。
"偽り"でも"欺き"でも、なんにしろ、自分の知らない顔をした仲間達がそこにいた。
「疲れたー?」
「……いの」
にひっと笑った少女は、サスケと向き合うように腰をおとす。
「…この前、第3演習場にいたんだろ…」
「いたよー」
「…っ! じゃあなんで…!!」
「じゃあなんでサスケ君はそんな事を気にしているの?」
返された言葉に、動きが止まった。
ほんの一瞬の血の匂い。
いのの気配が読めなかったこと。
男達の話。
そのどれもが、大した事ではない。気の迷いだとか、全然違う話だとか、そう思えばいいだけの話なのに。何故か、あの時はその全てをつなげてしまった。
「………お前、何者なんだ」
どういうか散々迷って、結局口にした言葉はそれだけ。その、普段の強がった様子のどこにもない、やけに素直な響きにいのは驚いて、その大きな瞳を瞬いた。
悩める美少年は元来絵になるものだとは思うが、サスケの場合はどうにも幼くなってしまいそうはならない。
「サスケ君の欲しい言葉を、私があげたとしてー…。そのとき、どうするのー?」
「え………」
「うん。まー、いいや。考えといてねー。どうせそのために来たんだしー」
立ち上がって、くるりと背を向けたいのに、ヒナタと何かしていたナルトが大きく手を振った。いのはそれに手を振り返して、「何々ー?」と駆け寄る。
その背を見送って、深く、深く、息を落とした。
「んで、いのは何したいんだってば?」
「何よ急にー」
「私も、聞きたい…。サスケ君はただの下忍だよ?」
「弱いし、脆いし、アホだし、かっこつけたがりだし、見栄っ張りだし、別に見られるリスクおかしておとりにしたって良い事ないってばよ?」
「そうねー。でも面白いわよー?」
他にも色々と理由はあるけれど、一番の理由はそれだ。普段感情を奥に引っ込めて、かっこつけているサスケの顔が歪みに歪んで崩れるのは面白い。
それを伝えようか伝えまいか考えて、結局中断される。
付きまとっていた気配が強くなって、3人は同時にサスケを見た。
つい先ほどいのが見た状況と全く同じで、草の上に座りこんだまま考え込んでいる。
気付いてはいない。
「ナルトー」
「おー。んじゃヒナタは結界を、いのはサスケの護衛を、俺とシカマルは全部引きずり出すってば」
「殺すんじゃないわよー」
「分かってるって。それでいいってば? シカマル」
いつの間にか3人の近くまで歩いてきていたシカマルに、ナルトは問いかける。彼の持っていた小説は既にしまわれたのか、手には何も持っていない。
シカマルが無言で、面倒そうに頷いたのを受けて、その場にいた全員の姿が消えた。
「…な、なんだ…?」
「サスケ君はー、動かないでねー」
いつそこに来たのか。いつからそこにいたのか。
サスケの横に立ったいのの姿に驚愕し、息を飲む。その次の瞬間、ぞわりと、鳥肌が立った。鮮烈に死を想像するような、叩き付けられるような殺気に足が竦む。全身が金縛りされたかのように動かない。動けない。密度の濃い殺気は、下忍になって戦ったあのザブザよりも強い。
きぃん、と、刃と刃がこすれ合う音がした。静かな森に無粋な音がいくつもいくつも鳴り響き、サスケのすぐ近くでも鳴った。
無造作に握ったクナイを振るっているのは紛れもなくいので、敵対する者の残像がいくらか掠めて、やがて消える。男が1人いのの前に現われ、そのまま倒れた。それと同時に姿を消した3人の下忍の姿が現れる。
3人が3人とも、忍の身体を抱えていた。小さな子供が、まるで荷物のように大の大人を担ぐのは、かなり滑稽だった。
「はい、おかえりー」
「ただいま」
どさどさどさ、と忍達が投げ捨てられ、同じ場所に一塊になる。一体何をされたのか、外傷は特にないのに白眼を向いて泡を吹いているものもいれば、腕はちぎれ、足はちぎれ、瀕死の態でわずかな息をするだけのものもいる。
何が起こったのか分かるようで、何も分からず、サスケはただその現実離れした光景を見ていた。
「ヒナタ、一応サスケに結界はっといてってば。もういらないとは思うけど」
「うん」
そう、落ちこぼれと認識していた少女は、あのはたけカカシをもしのぐスピードで術を構成する。小さな小さな音と同時に、サスケの周りを一瞬だけ四角く切り抜き、そして消えた。見た事もない忍術。我に返った、というよりも、知らない術を見て、惰性のように写輪眼を発動した。
「抜け忍の数は35。新旧揃って木の葉に進入たぁいい度胸だよな」
「うん。この前逃がした忍に間違いないよ」
「そ、んじゃ、さっさと始めるってばよ」
「ちょっとーやるのは私でしょー? あんたじゃないってのー。全く。大体あんた手加減下手すぎー」
「手加減出来るようになった分マシだって」
「ナルト君は殲滅向きだよね」
小さく笑ったヒナタに釣り込まれるようにして、4人が笑って、サスケは唖然としたままそれを眺めた。
偽っていたのは、誰?
欺いていたのは、誰?
―――こいつらは、誰?
気持ち悪い。
いのが一塊になっていた男を1人蹴り飛ばして、長い印を組み始める。途中男の1人が気が付き、わずかに声を漏らしながら、必死に印を組もうとする。けれどその動作は決して完成しない。横から飛んできたクナイが、男の両手を綺麗に地に縫いとめたから。
写輪眼を使ってはいても、全く見えなかった、それだけの動きをしていながら、ナルトは何でもなさそうにヒナタと話している。
男の上げる悲鳴なんて、誰も気にしない。手のひらからどくどくと流れる血に見向きもしない。その匂いに顔をしかめる事もない。
やがていのの印が完成したのか、彼女が男の頭に手をかざす。
かざした、だけ。
それなのに、男の身体はビクリと痙攣し、目をかっぴらくと同時に絶叫した。
耳を突き刺す大音量の、あまりにも異常な裏返った声。思わずサスケは耳をふさぐ。それでも漏れ聞こえる苦痛の声に鳥肌がたった。今にも暴れだしそうな声でありながら、その身体はほんの少しも動かない。気がつけば、男の周りを取り囲む黒い影が、先ほどまでに比べてずっと濃くなっている。明らかに自然でない影がにょろりとシカマルの影に繋がっていた。彼は絶叫する男などどうでもいいのか、いつものように空を見上げて、ぼーっとしている。
不意に、ナルトと話すヒナタが顔を上げて、自然な動作でクナイを放り投げた。男の方なんて、全く見ていないのに、そのクナイは男の声帯だけを切り裂き、遠くへ突き刺さった。絶叫が途切れ、かすれたような、荒い息が続く。
少女は楽しそうにナルトと話している。話題は新しく出た忍術書と医術書のこと。
それら全てにいのは頓着せず、唐突に立ち上がった。
「外れー。どーやらナルトのお相手が隊長さんみたいよー」
「あーマジで? 殺さなくて良かったってばよー」
「本当だね。ねぇ、いのちゃん。それじゃあその他のはもういい?」
「どうにもこうにも大した情報もないみたいだから、好きにしちゃってー」
「うん。そうするね」
にこりと白い瞳の少女は笑って、ポーチの奥から幾つかの丸薬を取り出した。カラフルな飴にも見えるそれを、メモ用紙と見比べて、赤い丸薬を自分の口に含んだ。白眼を剥いて泡を吹いている、ヒナタ自身が担いできた男の顎を持ち上げて口付ける。男の喉がこくりと唾液と共に丸薬を飲み込むのを確認して、ヒナタは口を離した。
「…もしかして拷問・尋問部隊の新薬?」
「うん。試薬品。効果を試してみて、って頼まれていたから」
わくわくと、効果が出るのを楽しそうに待つ少女から少し離れて、憮然とした顔のナルトにシカマルが問いかける。
「不満?」
「何で? ヒナタの色仕事なんて見慣れてるし、大した事じゃないってば」
「本音は?」
「………やっぱ何回見ても嫌」
ぶす、っとした顔で言い放ったナルトにシカマルが笑う。
いのは先ほどと同じ印を組んでいて、目の前には手足のない瀕死の男がいた。
誰かが動くたびに濃度を増す血の匂いに、サスケは今朝食べた食事がこみ上げて来るのを感じた。目の前の光景は胸糞悪いものばかりで、頭もまともに回転しない。
自分は一体何が知りたかったのか。
何でこんなところに来てしまったのか。
目の前で繰り広げられるのは、サスケの想像を超えた世界。
血が飛び、肉片が転がり、屍が増えていく。
それなのに誰も気にする事もなく、いつものように笑って、いつものように話して。
その全てが、常識では起こりえない、異常な光景。
―――ああ、こういうのを、狂乱、というのか、と、何とはなしに思った。
ぐらぐらと身体が揺れて、ひどくなる吐き気が堪えきれなくなって、思いっきり吐いた。胃にあるものを全て吐き出して、嘔吐物の強い酸の匂いに胃液がせり上がった。喉が焼けるような痛みを発して、涙がこみ上げる。
何度も何度も胃液を吐いて、ようやく顔を上げたとき、4人の子供達に自分が囲まれているのに気付いた。
背中に誰かの手が添えられていて、目の前にナルトといのがいて、シカマルが横からコップに入った水を差し出していた。
今だけはそれに素直に感謝して、コップを受け取る。それと同時に、いのが小さなカプセルを取り出す。病院で渡される薬と同じ形の物。
「吐き気、収まると思うわー」
もう何が嘘で真実かなんてどうでもよくて、この気持ち悪さからとにかく解放されたかった。いのの手から薬を受け取って、水で飲む。そういえば、どこからこんな極普通のコップを調達したのだろうか。
一瞬水を戻しそうになったが、口を手で押さえ、なんとか飲み込む。
しばらくそのままにしていると、ようやく吐き気が収まってくるのを感じた。零れっぱなしだった涙を拭く。
「大丈夫…? サスケ君」
優しい、全身に染み渡るような身体を労わる声に、なんとか頷いた。それに答えるようにして、背をずっとさすっていた手が離れる。サスケの後ろから回りこんできたヒナタは、ナルトといのの隙間から顔を出した。
頭に霞がかかったような状態のまま、周囲を見回す。
むせ返るような血の匂いも。
積み重なっていた忍も。
もう何もない。
先ほどまでの光景など、最初からなかったかのように。一番最初にここに来た時と同じ、木があって、草花があって、水のせせらぎが聴こえて、鳥の鳴き声がする。
目の前の、自分が吐いた物以外、あの狂乱する世界を示すものがない。
それでも、サスケの脳裏にはしっかりと焼きついている。
―――あの狂った世界の光景が。
「お前ら…変だよ…。なんなんだよ…あんなん、狂ってるだろ…普通じゃねーよ…」
サスケの落とした声に、4人は顔を合わせ、首を傾げた。
「普通、って言われても」
「俺達、生まれたときからずっとあんなんだしさ、これが普通だってば」
「うん。私もそう。これが普通だと思うな」
「私達からしてみればーあんた達の方が狂ってるわよー? 忍のくせして、かんったんに騙されるしー、すぐに表情に出るしー、人を殺そうとはしないしー」
「変だよな」
「うん。変」
「変だってば」
「ほら、おかしくないじゃないのよー」
胸をはってそう答えたいのに、サスケは絶句した。
一体全体こいつらはどういう教育を受けてきたのか。
こんな、人の道を外れたような事、普通なわけがない。
「…くそ。ありえねぇ」
1人ごちたサスケに、手が差しのべられた。真白い、長い指。顔を上げると、いのが笑っていた。その手に捕まって立ち上がると、回りの3人も一緒に立ち上がる。
「私達はねー、暗殺戦術特殊部隊の中のー抜け忍専門の死体処理班所属の忍よー」
「…暗部…」
「そう。それで、サスケ君に会ったあの日は任務中でー、"うちは"の血をを狙った元木の葉の忍を始末してー、気付かないとは思ったんだけどー、一応ねー誤魔化しに行ったのよねー」
「そうそう。したらやっぱサスケってばなんかちょっと警戒態勢だったし? ちょっと焦ったってば」
うんうんと頷くナルトにいのが笑って。
「なんでかサスケ君が疑ってるしー。別にねー誤魔化しちゃってもばらしちゃっても、どっちでもいいかなーって思ったのよねー」
「それであの鬼灯か」
「あー花言葉、調べても調べなくてもいいかなーって思ってー」
「したら次の日からみょーにサスケの態度おかしかったってばよ」
「うん。だからナルト君が、いのちゃんに何かなかったか聞いたの」
「それで、サスケの花屋での不審な行動を面白おかしく聞かせてもらった」
シカマルの言葉に、ナルトとヒナタは何か思い出したのか吹き出す。くすくすと笑う2人に、わずかにサスケの頬が赤く染まった。一体いのは何を話したのか、気になるところである。
「それでー、私、さっきサスケ君に聞いたわよねー? 答えを聞いたらどうするのー、って。答えはー?」
「………」
そんなもの、とっくの昔にどっか飛んでいった。既に、あの時何を考えていたか、なんて覚えていない。
ただ。ふと、思う。
あの狂った世界で、自分が普通でいられたなら、あの男に復讐出来るだろうか、と。
「お前達について修行すれば…強く…なれるのか?」
「…100%ではないだろーけどよ、強くなると思うぜ? ま、もし俺達につくつもりなら、さっきみたいなのが普通になる。それでもいいのか?」
「人も殺すし、拷問もするし、何でもするよ? 私達」
「俺達は、そうやって育てられたから今更別にーって感じなんだってば。でも、サスケ。お前は違うだろ? それって結構幸せな事なんだと思うってばよ?」
「そうよねー。家族に愛されていた期間があるだけでも貴重なことよねー」
ごく普通の忍の家庭で、両親健在の筈のいのがそう言うから、サスケは眉を潜める。意味が分からない。
「…お前らは…」
「うん。皆ね、本当の家族は最初からいないんだ。どっかのお偉いさんがね、親とか死んじゃってた忍の子供を集めて、一人一人役目を与えたの。ナルト君は少し違うけど…私は、日向家のおちこぼれ」
「俺は奈良家の後継ぎ」
「私はー山中家の後継ぎー」
「あの人達もそれを分かってるから、演技の時しか話はしない」
「ま、その分自由にさせてもらってるけどな」
「そうそうー。私達は人を欺く為に作られたしー、人を殺すために集められたしー…だから、平気なのよねー。…ずっとそうなるように訓練してきたものー」
いのは疲れたように笑って、嫌になるほどそっくりな笑顔で、ナルト達3人も笑った。同じようにして集められて、与えられる事はなくて、奪う事だけを教えられて生きてきた。
今でこそ生きている事に楽しみを見出せるようになったが、それまでは何の為に生きているのか、なんで生きているのか分からず。ただ、流れるがままに任務を受けて、人を殺して、人を騙して、それだけの世界だった。
あまりに生きてきた環境が違いすぎて、サスケは言葉を失った。
想像もしない世界。
ありえないような世界。
普通の、当たり前の世界の中に、常識外れの狂った世界があって、それに今の今まで気付きもしなかった。
「それでも、いいの?」
ヒナタという役割を与えられた少女の言葉に、サスケはほんの少しだけ逡巡して頷いた。
幼い頃に誓った復讐は、今もなお腹の中で渦巻いている。
そして、今のままでは全く力が足りないことも、理解しているから…。それがどんな道であろうと、力が、欲しい。
「………私達は、"抜け忍"専門の暗部。だからいつか、サスケ君の求める任務はくると思う」
「けど、そのときまでに精々カカシ程度にはなっといて貰わないと、話にならないってば」
「そーそー。今のサスケ君じゃ全然駄目だわー」
「全くだ…」
散々な台詞にサスケの頬が引きつって、大げさなため息が零れる。それを見た4人は、面白そうに頷いて。
せーの、と声を揃え―――
「「「「 狂った世界へようこそ 」」」」
そう、いつもと同じ笑顔で。
前
第12回祝詞お題 『狂乱』
何とかかんとか区切れました。
色々省いたのですが…
サスケをメインで書くなんてほとんどないので、書きにくくて書きにくくて…時間が物凄く掛かってしまって、やっぱり締め切りギリギリ仕上げになりました…。
珍しい形になっていたらいいなと思います。
少しでも面白いなと思っていただけたら嬉しいです。
読んでいただきありがとうございました。
空空汐/
空空亭