ガラクタの世界


　 　『翼』







　砂に１人の暗部があった。
　その実力、５影にも迫るという屈指のもの。
　誰１人正体を知らぬというその忍。
　手配書には只一言こう記される。


　月翼


　と。







　森深くに秘された家屋の中で、２人の小さな子供は、将棋の駒をぱちりぱちりと鳴らしながら向き合う。
　まだ本当に幼い少女と少年。
　７・８歳ほどの、濃厚な金の髪を背に垂らした少女は、その体つきに似合わない、深く怜悧な瞳で駒を打つ。
　５・６歳ほどの、深い黒の髪を一つに縛った少年は、眉間に皺を寄せて、への字に唇を曲げて駒を打つ。

　その２人の盤面を見るものが居たのなら、驚愕に顔を歪めただろう。
　その盤上は、あまりにも高度なやり取りで、深く深く相手の思考を読んだ対局故に。
　彼らの決着は中々着かない。
　その実力は伯仲しているのだ。

「シカマル」

　唐突に、少女は盤面を眺めたまま少年に呼びかけた。
　シカマル、と呼ばれた黒髪の少年は、少女を見上げる。
　少女は薄く笑って、ひどく冷めた瞳で、少女らしからぬ言葉遣いで言った。

「暗部に入ったと聞いた」

　事実か？と、確かに少女は知っているのだろうが、それでもシカマルに確認を取る。

「本当だ」

　静かに頷いたシカマルを、少女は見下ろして首を傾げた。

「何故？」
「ナルトが入るって言ってたし」

　完結なシカマルの言葉に、少女はあっさりと頷いた。
　その暗部の噂もすでに耳に届いている。

「ああ。そうか。あいつもだったな」

　金色の髪の少年を思い浮かべて、少女は正座の状態から後ろへ身体を倒す。
　シカマルは少し慌てたように、将棋盤の横を回り込んで、少女の顔を覗き込む。
　少女はいつも冷たい光をその翠の瞳に宿しているが、今はその瞳を少しだけ翳らせて、天井を見上げている。

「テマリ？」

　シカマルは急に不安になって、テマリの手を握り締めた。

「いや。なんでもない。それよりもシカマル」

　だが、テマリと呼ばれた少女は一瞬にしてその翳りを消して、シカマルの瞳を捉える。

「何？」
「暗部名は決めたのか？」
「…まだ」

　少し不満げに唇を尖らせて、シカマルは言った。
　自分で好きな名前にしろ、と、火影には言われている。
　テマリは目を細めてシカマルを眺め、極自然に立ち上がる。

「テマリ？」
「飯にする。何がいい？」

　あっさりと会話の内容を逸らして、テマリは笑う。
　シカマルもテマリの会話の転換の素早さには慣れているので、至極自然に考えて、矢張り自分の好物を持ち出した。

「…サバの煮込み」
「…相変わらず爺くさい。だが、サバはなかったぞ。買いに行くか？」
「…めんどくせぇ…んじゃなんでもいい」
「ったく仕方のないやつだ。」

　笑って、台所に向かったテマリについて、シカマルもそれを追いかけた。
　普段料理に手を出さない人間の珍しい行動に、テマリは首を傾げる。

「なんだ？」
「テマリの暗部名、意味は？」

　真剣な表情でシカマルが聞いた一瞬、ほんの少しだけテマリは動きを止めた。
　その宝石のような澄んだ瞳を翳らせて、それでも動作は自然に野菜を手に抱える。

「―――"月翼"。静かに冴え冴えと、月のように高くありながら、自由な空を求めて翼を求む」

　すぅ―――と、静かな瞳で、テマリは凄惨に笑った。
　その笑みは、ひどく冷たく、まるで全てを嘲笑うかのよう。
　砂に縛られ、抜け出す事の出来ない空間で、それでも自由を求める自分すら嘲るような笑み。
　シカマルは思わずテマリの腕を握り締めた。
　彼女が、自分の目の前から消えるのではないか、と。
　馬鹿げた事だが、そう思った。

「私は、そう思ってこれにした。お前は自分の好きなようにしろ」

　そう言う彼女の瞳はどこまでも澄んでいて、どこまでもどこまでも冷たかった。