少女は真白い瞳と真黒い髪を持つ。


 少女は里でも有数の血継限界を守る一族の者。


 少女は一族を背負うために生まれた者。






 そして私は―――。


 少女を守るために生まれてきた者―――。









『ガラクタの世界』









 全く無表情な顔をした少女と、同じくらい無表情な顔の男が向きあう。
 ひどく静かに。そしてひどく冷たく。
 少女は下座。男は上座。
 一生変わることのない関係を如実に表す。
 少女が会話の口火を開いた。

「この度、暗部入隊と成りました」

 男はただ眺める。
 言うことなどどちらも分かっている。
 これはただの確認事項。

「日向専属ではなく火影専属となりますが、日向ハナビの護衛任務は続けさせていただきます」

 暗部とはすなわち火影の忍。
 火影によって動き、火影によってのみその任を受ける。

「それから、アカデミー卒業後の下忍任務も受けさせていただきます」

 初めて男の顔が動いた。

「…演技を忘れるな。無様に正体をさらすことがあればお前の先は無いことを覚えておくがいい」
「承知しております。それから日向ネジの処遇はいかがしましょうか」
「あれも所詮は日向。そしてお前と同じで出来はいい。日向の血をよくするために使える。今までどおりに接しろ」
「分かりました。宗家と分家につきましてはいかがします」
「あれの聞く耳が出来次第誤解を解く。放っておけ」

 その言葉に、初めて少女は無表情以外の顔を見せた。
 くすり―――と、笑う。
 感情の欠片もなく笑う。

「何だ」
「いえ―――。あながち誤解でもないでしょうに」

 宗家の娘を攫おうとしたあの忍を生かして、記憶をいじることも出来たのだから。

「知らぬな」
「そうですね」

 どちらにしろ分家のあの男は消される運命にあった。
 自分で死を選べただけマシだろう。

「それと―――」
「まだ何か?」
「ええ。私の演技につきまして。まず、うずまきナルトはどうしましょう」
「お前の想い人―――か」

 くすり、くすり、と笑う。
 同じ笑い方で少女と男は笑う。

「ええ。私の想い人です」
「そのまま続けろ。班員は誰になる」
「犬塚キバと油女シノ…それに夕日紅といったところでしょう」
「犬塚の油女か。分かりやすいチームだな」
「諜報が主になるのでしょう。日向のおちこぼれを役立たせるためにも」
「火影らしい気遣いだ。適度に影響を受けろ。信頼させろ」
「分かりました。では最後に、日向ハナビに対する態度はいかがしましょうか」
「関わるな」
「それでは父上、この日向ヒナタ改め日向ヒノト―――。命に掛けて、その命お受けいたしましょう」

 すぅ―――と、流れるような動作で頭を下げる。
 男はそれを感情のない瞳で眺め

「日向の名において許可する」

 それだけを言った。
 そうして上座をおり、部屋を出る。
 残された少女は、頭を下げたまま哂う。

 日向の名において?
 違うだろう?
 日向ヒアシの名においてだろう?
 長老なんてすでに貴方の操り人形だろう?

 日向ヒアシの退出によって、周囲に気配が戻る。
 張られた結界が消えた。
 ヒナタは顔を伏せて、もどかしいほどゆっくりとした動作で部屋を出―――。
 廊下に出た途端に早歩きでその場を去る。
 いかにも、叱責されたための涙を隠そうとするように…。









 日向の地域から出て、少女はこらえ切れないようにうずくまる。

「は…はっ!!あはははははははっっ!!!」

 笑えた。笑えた。哂えた。
 まるで滑稽な人形劇を見ているよう。
 登場人物は自分達。

「あははっ!あはっあははははは!!!!」

 狂っている。
 全てが狂っている。
 この世界はネジが外れたカラクリ人形。
 ピースの足りない広大なパズル。
 ガラクタの世界。
 日向の上で踊る操り人形。

「さぁ。踊ってあげよう。シナリオの通りに」

 くるくるとその場で回って、止まったときは全く別の姿へと成り代わっている。
 長い黒髪を高く結った女性。
 年齢にして20前。
 その瞳は日向一族のみの特徴である瞳孔のない真っ白な瞳。
 端正に整った容貌と、ひどく整ったスタイル。
 ぴったりと身体に張り付くノースリーブの着衣に、足もあらわな短いスカート。
 肩口には暗部をしめすマーク。
 纏う黒衣がそれらを覆い隠す。
 黒衣から取り出す面は狼。
 
 これが、日向ヒアシによって与えられた、暗部としてのヒナタの姿。
 暗部第8班所属となった日向ヒノトの姿。
 本来この名を持つものは、とっくの昔にこの世から去っている。
 もう一度、ヒノトはくるりと回って己の姿を確認する。

「戯れには付き合いましょう」

 さぁ―――ガラクタの上で踊りましょう。














2005年2月12日