ガラクタの世界


　 『第二の試験』











　中忍試験の始まったこの森の中で、少女が１人、無防備にたたずんでいた。
　特徴的な白い瞳を持つ少女は、その血の能力を惜しみなく使い、現状を把握する。
　木の葉の忍、砂の忍、音の忍…。
　そして、自分の精巧な影分身とその仲間。
　すべてを見据え、そして、動き出す。

　彼女の目的はただ一つだけ。

「さて、と」

　特徴的な音が弾け、一瞬後にそう笑うのは女。
　長い長い黒髪を高く結い上げ、日向一族特有の真っ白な血継限界をもつ女だ。
　うすっぺらな笑みを整った容姿に貼り付けて、額宛てを巻く。

「行きましょうかね、誰かさんの望むとおりに」

　踊りましょう踊りましょう。
　誰かさんの望みを叶えるために。

　とても楽しそうに、とても楽しそうに、女は言って。

　けれどもその眼がどこか焦りを含んだものであることに、彼女自身がまだ気がついてはいなかった。








　雨が降る。
　チャクラで統制された千本の雨。
　とてもとても綺麗な刃の雨嵐。

　それはテマリにとって見る価値のないものだった。
　そんなものに我愛羅の絶対防御が破られる筈もなく、この戦闘での勝利は確実だろう。

　第一そんなことよりも。

　テマリは意識を集中させる。
　茂みに隠れた三人と一匹の気配。
　その感情も状況も手に取るように風が教えてくれる。

（………日向、ヒナタ）

　テマリではなく、砂の風神、月翼として日向家には思うところがあった。
　シカマルに告げたとおり、砂の任務で日向を探ったことがある。
　そのとき月翼の前に立ちはだかったのは、日向の精鋭でも木の葉の暗部でもなく、ただ一人の少女。

　血をまとい、炎をまとい、ただ鮮やかに刀を振るう少女。
　顔立ちなど定かではない、体格など分からない。
　真っ黒の忍装束に浮かび上がる顔は血に濡れすぎて分からず、特徴のない黒い髪はざんばらに乱れていた。
　第一命をかけた戦闘中にそんなものを観察する余裕があるはずもない。

　テマリは暴走しがちな我愛羅を止めながら呟く。

「…それが、お前か？」

　誰にも届く筈のない小さな呟き。
　届く筈も、ない。

　そこを立ち去ってからも、遠くなる気配をいつまでもテマリは追い続けていた。






　寝ているサスケをサクラは手で頬を支えて見守る。気が張り詰めているのだろう。その表情は険しく歪んだままだ。

「ナルト」
「…何？」

　今の今まで大蛇丸から受けた傷で苦しみ寝込んでいた筈の人間は、サクラの頭上から返事を返した。
　かといって寝込んでいるナルトがいなくなったわけではなく、矢張りサスケの隣ではうずまきナルトが苦しんでいる。

「大蛇丸以外の音はどう？」
「とりあえず潰した。真っ先にサスケを狙ってたみたいだしな」
「そっか…」
「あと、８班が近くに来てる。夜になったら合流するだろ」
「…うん。そうね」

　大蛇丸に関してだけは、自分達の勝手で動くわけには行かない。
　今回は演技を忠実に守りきったが、また次に大蛇丸が襲ってきた場合、うまくいく可能性は低い。
　かといって、実力を出したところで、サクラ一人では大蛇丸に太刀打ちできないだろう。
　力を持つからこそ、その実力差を肌で感じることが出来る。
　大蛇丸は、確かに強い。
　その実力は五影と並ぶだろう。それは三忍として木の葉にあったときから言われていたことだった。

「ナルト」

　顔を上げて、立ち上がった少女はそのまま影分身を作り、２人へとわかれる。
　あまりにも自然なその分裂に、彼らを知るものがいたらそれはそれは驚いたことだろう。

　影分身はそのままうちはサスケを眺めて、本体のサクラはうずまきナルトの隣へと舞い上がる。

「何？」
「私、今、すっごーーーーーーっくムカついているわ！！！」
「はぁ？」

　既に春野サクラの表情は下忍時の少女のものではなかった。
　感情に眼をぎらつかせ、残忍かつ凶悪な笑みをその顔に張り付かせている。
　もともと豊かな感情を隠そうともしていない。

「ってわけで、ナルトお」
「嫌」

　お願い、という前にナルトは強引にサクラの言葉を打ち切った。

「まだ全部言ってないでしょ！」
「どーせ憂さ晴らしにそこらへんの下忍狩るつもりだろ。止めとけって。大蛇丸も暗部も中忍もそこかしこにいるんだ」
「正論言ってんじゃないわよー！！！」
「いや、言うだろ。第一黒羽がいる」
「―――っ。そう、だけどっ」

　それ以上の言葉を探し出せず、サクラは結局黙り込む。
　視線の先にはうなされ続ける少年の姿。
　彼に治療を施すのはサクラにとって容易なことではない。
　結局は任務の一環。うちはサスケを自分たちの裁量で判断することは出来ない。
　特に大蛇丸が関わっている今は。

　春野サクラはうちはサスケに絆されているのだと、うずまきナルトは知っている。
　他人に興味のないナルトでも、春野サクラは任務達成について必要な仲間だ。
　そう。仲間なのだ。
　例えば演技で空々しく謳う、仲良しこよしの関係ではないが、それが任務に必要な以上、うずまきナルトとて春野サクラを個人として認識しざるを得ない。
　そして必要な存在の情報を正確に把握するのは、どんなことにおいても当然のこと。

　うちはサスケを見る。
　確かに、この年にしては出来る方だろう。
　技も知識も状況判断能力も、一人の割にはよくやっている。
けれどそれだけだ。
　うちはサスケの保護も任務ではあるが、今回に関してだけは下手な動きは避けるよう言い渡されている。大蛇丸が関わっている時点で、ただの護衛任務とは姿をかえているのだ。

　影分身の方に意識を飛ばす。
　この異例だらけの中忍試験を円滑に進めるのもまた、自分たち暗部第３班"有翼"の役割だ。音は先に潰したから、警戒すべきは大蛇丸のみ。大蛇丸は森の一角で休んでいるようだった。





　ざわざわと。
　ざわざわと森が鳴る。
　全ての空間から切り抜かれた世界。
　結界に遮られた数百メートル四方の世界で、男と女は向き合う。
　それは、一瞬の出来事だった。
　男、大蛇丸が気付いた瞬間にはこの結界が張られ、その中に取り込まれていた。
　そして、目の前には女。
　黒い髪の、白い目の、女。
　ひどく整った容貌をしている。
　ひどく整った肢体をしている。

「こんにちは」

　にこり、とその女は笑う。
　満面の、見るもの全てをとろけさせるような、極上の笑みで。
　それはそれは美しいものだった。
　大蛇丸は、この生き物に驚愕し、そして、見惚れた。
　極限まで研磨し、磨きぬかれた宝石に心躍らぬ人間などいない。

　だが、大蛇丸の背には一筋の汗が伝い落ちる。

　全身が、警告を発していた。
　キケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケン

　―――キケン…！！！

「怯えているの？　蛇にも可愛いところがあるのね」
「―――なっ」
「初めまして、というべきですか？　今日は私の主からお話がありまして参りました」
「話をするような―――態度かしら、これ」

　だらりと下げていた腕を組んで、大蛇丸は表面上だけは冷静を装う。
　目の前にいるのはただの女。
　何の変哲もない、―――否、ただ美しいだけの、女。
　何を怯える必要がある。
　何を警戒する必要がある。
　全身を走る警告。
　目の前にいるのは、本当にただの女か？

　その威圧感。
　その存在感。
　この圧迫感。
　この凍てつくような殺気。
　気付いてしまった。
　目の前の女は大蛇丸よりも、格上の相手だ。
　―――全盛期ならまだしも、衰えた今の大蛇丸では戦うだけ無駄というもの。

「…参ったわねぇ」

　あまりにも圧倒的で、逆らう気にもならない。
　女は大蛇丸の変化に、薄く笑う。

「―――話を聞く準備ができましたか？」
「そうね。何をお望みかしら？」
「………大蛇丸という忍の全てを。正確にはその頭脳と研究データ、術と結果、サンプル提供実験解剖……あともろもろ、といったところでしょうか」
「…むちゃくちゃね」

　一歩間違えれば激烈な愛の告白な内容に、さすがに大蛇丸の頬も引きつる。
　だが、女はまるで構わない。
　大蛇丸がどう思ったところで興味もないのだろう。
　必要なのはその返答と結果。
　女は優雅に刀を腰から引き抜き、大蛇丸へと突きつける。
　とんでもなくゆっくりとした、子供でもかわせそうな動き。
　それでも大蛇丸は動けない。見えない重圧が圧し掛かる。
　冷や汗だが増えていく。

「悪いようにはしませんよ。木の葉だって潰したいなら潰せばいい。うちはが欲しいなら奪えばいい。人が殺したいなら殺せばいい。―――もっとも私の邪魔になるなら話は別ですが」
「………」
「さぁ、どうします？」

　ふふ、と薄く、冷たい笑みを女は顔に貼り付けて、大蛇丸を見据える。
　
「――――――」

　その答えは―――。

　そして笑う。
　ガラクタの世界で少女は笑う。
　楽しそうに。
　おかしそうに。
　狂ったように
　ただただ笑い続ける。