ガラクタの世界 『第一の試験』 視界に映るあってはならないはずの姿に、少年は深く眉間にしわを寄せる。それは既に条件反射。 「何を、していらっしゃるのですか?」 氷よりもなお冷ややかな声に、少年にとって従姉妹にあたる少女はびくりと肩を震わした。声をかけた少年は、それを目のふちに捉え、苛立つ感情を隠そうともせずに足の止まった少女の背に近づく。 少年は、丁度中忍試験会場に向かう最中だった。そこで、年近い従姉妹の姿が目に入ったのだ。待ち合わせでもしているのか、視線をきょろきょろとさ迷わして、落ち着きのない姿。 少年の声に、苛立たしいほどにゆっくりと、おずおずと振り返った少女は、絶対に目を目を合わさないままに、手を落ち着きなく組みながら聞こえないほどの小さな声を絞り出す。 少年にとって、腹立たしい存在の塊。 「あ、あの…きょ、今日は中忍試験が…ある、ので…」 「…………中忍試験?」 貴女が? と言外に含む声音に少女は目を伏せた。少年は冷たく瞳を細め、その様を観察する。 この自分の足元にも及ばないような宗家の甘ちゃんが中忍試験? 少年、日向ネジでさえも、1年待ったというのに? ジワリと沸き出でる感情に蓋をする。 「フン…。貴女のような人間が中忍になどなれる筈がない。早い内に棄権するんだな」 言い捨て、ネジは少女に背を向ける。 もう2度と振り返ることはなかった。 いつもそう。 だからネジは気付かない。 様々なことに。 様々なことに。 決して気付かない。 ネジの姿が見えなくなったころに少女はようやく踵を返す。 最早そこに用事などないのだといわんばかりに。 ―――用事は確かに終わったのだから。 中忍試験の会場は、建物の3階にあった。 小さないざこざもあったが、それは大したことではない。中忍を目指すものならば、簡単に見破れなければ困るような、もの。それに引っかかるようならば既に中忍の資格はない。 ただ、会場で起こった事に対しては、興味を引かれた。 だから、当たり前のように会場の人ごみに混じり、状況を静観することにする。 薬師カブト それは木の葉出身の忍であり、音のスパイであり、大蛇丸の部下。 鼠色の髪を一つにまとめ、特徴のない平凡で、平和そうな顔立ちの男。 齢19。身長170超。忍者登録番号012140。医療部隊隊長の養子として引き取られる。医療忍術に優れた平凡な忍を装ったスパイ。 薬師カブトのデータを頭の中に描き出し、笑った。 誰にも気取られる事なきよう。静かに、静かに、笑う。 音隠れの下忍に一撃をくらい、嘔吐するその表情は誰からも見えない。 ただ、ほんの一瞬立ち上ったどす黒い殺気に気付いた者だけが僅かに顔色を変えた。 平凡な下忍という認識から、要注意人物へと。 春野サクラとうずまきナルトは目配せを交わし、奈良シカマルは僅かに目を細めて薬師カブトを観察する。 カブトはそれに気付かない。 「静かにしやがれどぐされヤローどもが!!!!」 中忍試験管の登場によって騒ぎは収束する。 それでも薬師カブトは笑っていた。 誰にも表情が伺えないように。ただ、ただ、静かに。 観察されていることに薬師カブトは気付かない。 そして、また、観察している者たちも、観察されていることにはまるで気付いていなかった。 くるり、と鉛筆を回して、奈良シカマルはため息をついた。 配布された問題を見て、最初に起こした行動がそれだ。 紙に記された問題は9問。 9問ともども、難しいなんてもんじゃない。確実に出来ない問題だ。 答えを求める能力ではなく、情報収集能力を見る試験。 既に幾人かは答えを見つけ、動いているのを感じる。 (………このぐらいなら、簡単に解ける…が) シカマルは問題を見ることを放棄し、音の試験者の三人と、薬師カブトの観察に入る。 この程度の試験、いのがどうにかしてくれるだろう。 薬師カブト、という下忍の名を初めて知った。 薬師カブト、という下忍を初めて見た。 あれは、異質だ。 平凡に見せかけた、異端。 先ほど一瞬だけ立ち上った殺気は、下忍程度では気付けないような軽度の物に過ぎなかったが、ひどくどす黒く、狂気をはらんだものに他ならなかった。 「……何者だ」 小さく、呟く。 視界の端に映る鼠色の髪。 その表情は伺える角度ではない。 音の試験者はあの殺気に気付かなかった。音の3人組の力は大したものではない。精々が中忍程度。 だが、薬師カブトはそうではない。上忍…いや、暗部程度の実力か。 (きなくさい話になってきやがったぜ…くそめんどくせー) どうやら思っていたよりも厄介な事になっているようだと、シカマルは小さく嘆息した。 ナルトはえんぴつを置いた。 元よりまともに受ける気などない。 任務としてこの先に進む必要性はあるが、しなくてもいいことをする必要などどこにもない。 この9問はブラフ。 森野イビキという忍の性質から考えても、プレッシャーを与える事が最大の目的。10問目が本題だろう。 ただ、演技を一応は続ける。 サスケの視線と注意が思いっきりこちら側を向いているから。 こんな面倒な事になるなら、矢張り影分身を使えば良かった、と後悔。 日向ヒノト探しを続行した方が余程有意義だ。 白々しい演技をする必要もない。 「………」 ふと、隣の少女の腕が目に入る。 分厚いパーカーのから出た指先が迷いながら答えを導き、少しずつ回答欄を埋めていく。 それを意外に思い、軽く目を見開いた。 日向ヒナタ。 それは日向宗家の後継ぎの少女であり、親から見離された少女。 データとして知っている少女は、体術、技、知識に優れてこそいるが、どれもある程度までしかもっていない人間。器用貧乏、ともいえるだろう。 なんにしろこんな極度に難しい問題が解けるはずはない。 日向ヒノトと同じ日向の下忍でありながら、なんて違う事だろう。 ほんの一瞬、日向ヒノトの正体を知らないだろうか、と考える。 考えて、その可能性の無さにあっさりと否定した。 ヒナタは宗家。分家の下忍とは話す事すらないだろう。 日向宗家と分家の確執は深い。 分家の存在にとって、日向ヒナタを快く思う人間はいない。 宗家という格上の存在でありながら、自分たちよりも明らかに劣っているからだ。 遥かに劣っている人間に頭を下げ、仕え、その犠牲にされるとなれば、憎悪したくなるのも仕方の無い事だろう。 ナルトの視線に気が付いたのか、少しだけ、ヒナタが視線を動かす。目が合いそうになった瞬間、すぐにそらされた。 特徴的な白い瞳は、落ち着きをなくしながらも何とか問題用紙へと戻る。 しばしその様子を観察して、ナルトは1つの事に気が付いた。 日向ヒナタ、という少女から視線を感じることはややある。それはどういう理由を伴ってのものなのかは知ったことではないが、害意はないようなので気にしたこともない。 気にした事はないが、そうして見られていることは知っているのに、ナルトはほとんどまともに日向ヒナタを見たことが無い。 目が合ったことなど一度だけか。しかもそれはつい最近、日向分家を尾行している時に会ったときの話だ。 「………」 無意識に、眉間に皺が寄る。 ああ、この感情はなんというものだったか。 つい最近散々味わっているくせに、ナルトは思い出せなかった。 興味がなかったから。 自分が火影以外の人物に興味を抱く、という行為自体が意味のないことだったから。 これ以上余計な事に興味を持ちたくは無かったし、その必要性も感じなかったから。 だから、気付かった。 一瞬だけ通り過ぎた感情に。 気付かないまま、試験は10問目へと移り、第一の試験の合格を言い渡された。 |