『死した者 想う者』
目の前の紙は白紙。
だるいなぁー。面倒くさいなぁー。
白紙を避けて、ばったりと机に突っ伏す。
見ている者にすら伝わってきそうなそのだるそうな空気に、目の前でそれを見守っていた人物が大きな息をついた。
火影の机に入れたばかりのお茶を置く。
「火影様…仕事なさってください」
「………えーーーーー?」
火影のいかにも嫌そうな声に、白髪の青年が苦笑した。
色素を失った真っ白な、けれども白眼とは質の違う瞳が火影を映す。
目の前の火影は、もっとも年若く火影の名を告ぎ、歴代の中でもっとも有能で敏腕なカリスマ火影な筈だ。
けれども、今目の前で仕事をする火影はそんな噂を蹴散らしてしまいそうな姿。
―――コンコン。
控えがちに、扉が叩かれた。
とたんに火影はしゃっきりと背筋を伸ばし、羽ペンを握る。
火影がはい、と答えるのと同時に、青年が扉を開けた。
自分が開くよりも先に開いた扉に、来訪者は驚いたようだったが、青年を見て頷いた。
火影の付き人である青年に頭を下げて、来訪者、上忍の1人は執務室に入る。
青年が扉を閉めて、上忍は床にひざまづいた。
「はたけカカシ上忍、何か?」
「………うずまきナルトの事で、少しお聞きしたい事がありましてお邪魔しました」
火影の眉間に1つ、しわが寄る。
白髪の青年の肩が震える。またか、と言うように。
「うずまきナルトのことは第一級極秘扱い。口に出すのは禁じているはずだが?」
「…分かっております…が、彼の居場所を…!」
「うずまきナルトはもういない」
「…っっ。分かって…ます。しかし、彼の眠る場所だけでもっ!!」
「うずまきナルトの墓があることを、里人が知れば、どうなると思う?」
「…っっ!」
「それくらい分かるだろう?はたけカカシ上忍。そう春野サクラとうちはサスケにも伝えておけ」
「………貴方は…もう、忘れられたのですか…?あれだけ好きだった、うずまきナルトのことを…」
カカシの言葉に、火影は冷ややかな視線を送る。
それは、昔の火影を知る人物なら、想像もつかないようなもの。
そう、下忍として、共に任務についてきた彼らには、知る由も無かった、本当の顔。
「…愛しているわ。今も、昔も。私はうずまきナルトを愛している」
「っっ!」
「…っ!!」
青年と、カカシが息を呑む。
真っ直ぐな、火影の目。それは、里人を、忍を導く火影としてのものではない。唯1人の女として、男を想う、もの。
「ヒナタ…お前…は」
カカシの呆然とした言葉に、火影…いや、日向ヒナタは小さく哂った。
愛している。
例えその相手が墓の下であろうと。
「…さて、はたけカカシ。もういいだろうか?」
「…は。失礼します…」
カカシが来るのを青年が扉を開けて待つ。
青年の横を通りすがりざまにカカシが頭を下げて、
「君は…代わり、なのだと…思っていた」
そう、言った。
「…そんなもんですよ」
わずかに昔のうずまきナルトに似た、白髪の青年は静かに笑った。
うずまきナルトとは全く別の、複雑な微笑み。
カカシの驚愕の表情が扉の向こうに消えた。
「愛してる。いつまでも」
歌うように、涼やかな声が、扉を押さえた青年の耳に届いた。
とても、とても幸せそうな。
―――日向ヒナタの声が―――
2005年9月4日