『過去の残滓』
「あーつーいーだーるーいーしーぬー」
聞いているほうが嫌になるような、呪詛じみた声が、木の葉隠れで最高権威を誇る人物の部屋から響いた。
どろ、と、溶けそうな勢いで、机に突っ伏した状態から、軟体生物の如き動きで、いすの上に崩れ落ち、更には床になだれ落ちた。
いすの上に足だけをのせて、ごろんと両手を広げる。首を逸らせば窓が見えた。
窓の下には木の葉の里が広がる。
それは、己が治める土地。
「…そんなものが欲しかったんじゃ…ないのにな…」
呟いた言葉は、誰にも聞かれることなく響いて、くっ、と自嘲気味に笑った。
だが、この道を選んだのは自分。
もとより彼の夢をかなえるためについた地位だ。
後悔はしていない。
…後悔するとしたら…。
右腕を持ち上げて、手の平を見る。
「…私は貴方達の夢を叶えることが出来た?」
右腕が、赤く染まった気がして、瞳を閉じた。
思い出してはいけない。まだ、その時ではない。
彼らがかの死を乗り越えるそのときまで、忘れていなければならない。
自分はそんなにも器用ではないから。
あの、下忍時代に比べて髪が大分伸びた。じっとりと、汗ばんだ身体に髪がまとわりつく。
楽しかった。
心の底から。
4人でいたあの頃が最良で、最高の日々だった。
それは、遠い、遠すぎる過去の残滓。
窓の外から涼しげな風が時折入る。
とても、慣れ親しんだ気配がして、瞼を開いた。
「ただ今<礼花>戻りましたー」
「任務終了ー」
「お邪魔しますー」
窓の外からよっこらせ、と入ってきた面々ともろに目が合った。
時が凍る。
入ってきた時の表情のまま、固まってしまった面々に、にっこりと、笑顔を向けた。
「…火影…さま?」
おそるおそる…と、いったふうに、暗殺戦術特殊部隊"礼花"隊長、幻華の砺埜が声をかけた。
火影が床に仰向けで転がり、足だけをいすに乗せている状況なんて、誰も見たことがないだろう。
火影はまたもにっこりと笑って、それに答える。
「<礼花>に特別任務。砺埜はとりあえず報告書頂戴。それから書類整理。威志は街まで行ってアイス6個。○●堂の。柯茅はこの部屋涼しくして」
「「「………は?」」」
「あついの。だから早くして欲しいな」
他国にまで慈悲深い、心が洗われる澄んだ笑みだ、と知れ渡っている笑顔が<礼花>の面々に向けられた。
火影の本性を知る<礼花>の面々は知っている。
この顔は、本気で言っているのだと。
「「「りょ、了解!」」」
数刻後、白髪の青年が火影の執務室に入ると、まるで冬のような涼しさに迎えられ、大分書類の減った机の向こうから、笑顔の火影にどこぞの高級アイスを渡されることとなった。
2005年10月2日
暗部を超私利私欲で使う火影サマ。
○●堂のアイスは最高級品らしいです。多分威志の自腹。
アイスの数は火影と礼花の3人と、前火影と白髪青年の分で6個。
れ…幻華の砺埜(げんかのれの)
い…無影の威志(むえいのいし)
か…澄神の柯茅(ちょうしんのかち)
です。
名前の一文字目が礼花の中の一文字。二文字目は本名の中の一文字です。