『いじめっ子いじめられっ子』







 参謀を2人、後ろに従えた火影に、暗部が報告書を渡した。
 火影はそれを見ることもせずに参謀の1人に渡し、数枚の紙をもう1人の参謀の手に渡す。
 参謀はその紙を音もなく暗部へと渡した。

 ―――否。押し付けた。

 火影は暗部ににっこりと笑いかける。

 慈悲深い、全ての恨み辛みを忘れてしまうような、心が洗われる笑みだと他里にまで知れ渡っている火影の笑顔。

「行ってらっしゃい」
「じゃねぇえええええええええええええっっ!!!!!!!!!!!!!」

 ぐしゃりと紙を握りつぶした暗部は、その面を勢いよく剥ぎ取り、火影の座る目の前、机の上に叩きつけた。


 バッシッ――――ンッッ!!


 と、素晴らしく大きな音が鳴り響き、どんな任務でも傷一つ負うことのない完璧な強度を誇る暗部面が、パキリと割れた。
 この突然の事態、しかも反逆行為としか思えないような暗部の行動に、火影、それに参謀の2人はピクリとも動かない。
 ただ、3人揃って、ぴくぴくと頬を引きつらせた。

 暗部の怒声が火影の執務室に響き渡る。

「やってられっかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっ!!!!!!!!!!! いい加減にしやがれ!!!!!!!!なーんーーでーーー!毎日毎日俺だけ連日連夜仕事なんだ!!!!!めんどくせーーーーーっての!!!いいか!?俺はな!ここ2週間ほどほとんど寝てねぇんだよ!!お前らはなんだ!?あれか!?お前らはあれか!?俺に死ねと!?そう言いたいのか!?」

 何度も何度も何度も机を叩きつけながら、暗部面を完璧に粉砕してのけた暗部はそう一気に怒涛の如くのたまった。
 荒く息をつく暗部の青年に、一度はしん、と、執務室が静まり返り―――。



 ぶっぷぷぷーーーー!!!!!

 と、参謀の1人が噴き出したのを合図に、もう1人の参謀、それに火影が、一斉に腹を抱えて笑い始めた。

「あはっ!!はははっっ!!!!もう駄目ー!!!!おかしい!!面白すぎる!!!!!さいっこーーーーー!!!!」
「シカっマルっって!ははっっ!もうほんとっ!!シカマルだよねーーーーー!!!!!」
「あはははははっ!!!!!も、もうダメっっ!!!!!ははっっ!!ほんっと、笑わせないで!!!!」

「……………はああああ??????」

 火影、参謀と参謀の爆発的な笑い声の中、1人ぽかんと口を開いて、暗部、奈良シカマルはそれを見た。
 彼らの笑いは止まらない。むしろシカマルの反応が更なるスイッチを押してしまったようで、涙までこぼして笑い続けている。

「なんなんだよっっ!!!」

 そのわめき声は彼らには届かない。

「えーっと、2週間でキレたからーチョウジの勝ちねー」
「そうね。3週間くらいはもつと思ったのに…。根性が足りないわ」
「それじゃあ後でお金頂戴ね」
「ちぇーーーーつまんないのー。シカマル根性なさすぎー」
「仕方ないなー」

 この、笑いを堪えながらの会話に、ようやく話の見えてきたシカマルは、呆然として、目の前の3人を見守る。
 これは…このやりとりは…。

 ようするに。

「お前ら…勝手に人で賭けしてんじゃねぇぇーーーーーーーー!!!!!!!!!!!」

 本日3度目の絶叫が、執務室に響いた。





「火影様…また、奈良上忍で遊びましたね…」

 やけに荒れた執務室を見て、長い白髪を持つ青年はため息をついた。

「…だって、さー」
「だってもなにもありません」
「えーーー?」

 真っ二つに割れた火影の机を、どうしたものかと検証する。見事に真っ二つだ。
 散らばった紙は既に拾った。
 被害はどうやら奈良シカマルの暗部面と火影の机のみのようだ。
 こうなる事は十分に予測できているのだから、机に結界をかけておけばいいものを。
 第一暗部面だって一人一人特注なのだ。それを壊したとなると1からまた作ってもらわなければならない。
 暗部面は特別な素材を使っている。その素材を扱える職人は数少ない。
 …だから金がかかるのだというのに。

「それで、奈良上忍はどうしているのですか?」
「自宅謹慎ー」

 火影室で暴れたのだから、何の処分もないなんてありえない。
 自宅謹慎+減棒だろう。表上の処置は。

「お二方は?」
「<礼花>の任務」
「そうですか」

 聞きながら、修復は無理と判断を下し、机の中に入っていたものを全て取り出す。
 次の机が来るまでは結界の中に放置だ。
 その処分の手続きと、新たな机を手配するのはこの青年の役割だ。

「はぁ…。私まで巻き込むのは止めてください」
「…でも、分かっているでしょう?」
「分かっていますよ。むしろ私も参加したいくらいですし」

 青年の言葉に、壁に背を預けていた火影は、ほんの少し、唇を尖らせた。
 だったら止めるな、と言いたげに。

「奈良上忍も災難ですね」

 苦笑して、白髪の青年は火影に向き直る。
 手には幾つかの見積書。

「ま。私を巻き込まない範囲でいじめてくださいね」
「はーい」

 火影の子供のような素直な返事に、白髪の青年はにっこりと笑った。


 奈良シカマルの災難はまだまだ続くようだ。
2005年10月2日