『火影』








「日向など、所詮我等の手の内。我等の食い物でしかないわ」

 くっくっく、と一定のリズムで喉を鳴らす。

「そう、ですか」

 笑う老人を中心に大多数の人間の中に、ぽつりと座り、頭をひれ伏す女が1人。
 長き髪をさらりと流して、女は顔を上げた。
 現れた面は紙よりも白く、深い黒髪が対照的に縁取る。
 整った容姿に浮かぶ、はかない表情は、何故だか妙に艶っぽい。
 す、と姿勢をただし、周囲を見渡す女に、ごくり、と息を呑んだ。
 何か、彼女には、全てを黙らせてしまうような、奇妙な迫力があった。
 ピッタリとした忍装束から惜しげもなく覗く肌が、彼女の周りを明るく染める。
 たわわに実った胸に、多くが視線を釘つけられる。

 女の表面を舐めるようにして彼らの視線が行きかっているのを、女は気付いているのかいないのか、ともかく、女は笑った。
 柔らかに、慈愛、という言葉がこれほど似合う笑みも他にないだろう。
 女は立ち上がり、すらりと伸びた長い足をさらす。
 笑えるような状況ではないはずであった。

 けれど、女は笑って、

「その言葉、待ってましたよ」

 そう、言った。




 パキ。




 小さな音がどこかでした。
 本当に小さな、かすかな音。
 けれどもそれを始まりに、屋敷全体を強力な結界が囲んだ。

 きん、と硬質な音がして、外界と内界の空間が割れる。

「な―――!!!!」
「何事じゃ!」

 彼らの言葉に答えるようにして、ふすま戸が開いた。

 ―――否、弾けた。

 扉の破片を宙に舞わせながら現れたのは3人の忍。
 老人たちにも見覚えのある、女の同期。
 中心に立ち、不遜に唇を吊り上げて、酷薄な笑みを浮かべる黒髪の男は、冷たく、けれどどこか楽しげに口を開いた。

「尻尾を現した犯罪者。火影様より捕縛命令が出ております」

「な、なんじゃと!?」
「そんな―――」


 有り得ない―――!!!!! 


「そんな?」

 男がにっこりと続きを促す。
 失言だ。

「そんなことは有り得ない?―――何故なら火影様は自分達の手の内にあるのだから―――?」
「―――!!!!!」

 誰もが、息を呑んだ。
 自分達の捕らえた火影が命令など出せるはずがないだろう?

「所詮、あんた達は信用なんてされていなかったってことよねー」
「な、に…を…」

 喘ぐように言葉を漏らした老人には答えず、男の右隣に立つ女は笑った。
 くすくすと、本当に面白そうに笑う。

「それは、仕方ないよ。こんな屑、使う価値もない」

 にこにこと、満面の笑みを浮かべて、辛辣な言葉を吐く男は、黒髪の男の左隣に立つ。
 猪鹿蝶と名高き忍達は、笑って頷きあう。
 そこに、もう1つ笑い声が加わる。
 3人が扉を吹き飛ばした時も、その後も、ただそこに立ち、悠然と事態を眺めていた女。
 くすくすと笑いながら、毅然と背筋を伸ばす。

「奈良シカマル、秋道チョウジ、山中いの、ご苦労様でした」
「どーいたしましてー」
火津 ひづ はどうしました?」

 彼女の言葉に、何故か3人が3人とも不機嫌そうに眉を潜めて、けれどもシカマルが短く答える。

「前火影様の救出へ」
「そう。分かった。さて、任務だよ3人とも」

 女の言葉に、心得ているといわんばかりに、頷く。
 後はただ指示を待つのみ。
 周囲の面々は動けない。女の空気に威圧される。

 何だ?どうなっている?

 ―――この女はなんだ―――?
 
「暗部第2小隊 礼花、 砺埜 れの 威志 いし 柯茅 かち …この場の制圧を言い渡す。逆らう者は殺してもいい。ただし、そこの1人は残しておいて」

 礼花。

 木の葉暗部が誇る3枚の札。
 大輪の花を咲かす闇の使徒。

「砺埜了解!」

 山中いのの満面の笑み。

「威志おっけー」

 奈良シカマルの不適な笑み。

「柯茅了解です」

 秋道チョウジの冷たい笑み。 

 言うが早いか周囲に3人は霧散する。
 3人の楽しげな笑い声と老人等の叫び声が響く。
 たった1人、喧騒から逃れた老人は呆然と女を見上げる。

「ま…さか…」

 火影は、いない。
 だが、暗部に対する命令は火影にしか出しえない。
 だから、まさか…。

 魂の抜けた風体の老人に、女はくすりと笑った。

「まさか、何?」
「ま…さか貴様は…!」


 くすり、と、笑った。

 この愚かな老人に教えてあげよう。
 真実を。


「そう。私が火の国、木の葉隠れが長



                     ―――五代目火影よ」





 日向ヒナタは、冷たく老人を見下ろした。
2005年11月3日
日向に根付いていた老人たちの内、過激派の一掃。本当に上層部でかなり幅利かせていた人物たち。
三代目をさらい、薬によっての服従にて里を操ろうとしていたとか、そんな。