『奈良シカマルは見た』
奈良シカマルが火影に呼び出されたのは、丁度書類整理が終わったときのことであった。書類を火影に提出する必要があったので、いいタイミングだと頷いて火影室へ向かったのだった。だから、どんな理由で呼ばれたのか知るはずもなかった。
「奈良シカマル、入ります」
言って、扉を開ける。
開けると同時に、また閉めた。
奈良シカマル。まだまだ命が惜しいお年頃だ。
「見てない」
火影室の扉を背で押さえ、深く深呼吸。
そう、見てない。
見てなんかいない。
書類という書類が床に散らばっていたこととか。
火影室にある机が真っ二つになっていたこととか。
大事な文書の死骸の上に火影が殺気を振りまいて立っていたこととか。
その後ろで書類を拾い集める白髪の青年が口だけ笑って目が全然笑っていなかったこととか。
そんなものシカマルは見ていない。
そんな恐ろしいものは世の中にあってはならないだろう。
だらだらと流れる汗を止める術もなくて、シカマルは小さく笑った。
「何も見てない。俺は何も見てない」
引きつった不気味なまでの笑顔は、はたから見れば相当怪しいものであろう。シカマルにとって幸いなことに、周囲に人影はなかった。
ふぅ、と息をつく。
シカマルは気持ち悪いほどの満面の笑顔を浮かべて、立ち去ろうとした。呼ばれていたことなんて関係ない。書類のことなんて関係ない。時期を見計らわなければ命を失う。
「奈良シカマルとっとと入れ!」
「入れません!!!!!!!」
背後から聞こえた命令に思わず逆らった。あんな恐ろしい光景に割り込むつもりなんてない。というか2度と見たくない。けれど、シカマルがつい先程まで背中で押さえていた扉からにゅうっと手が伸びて、彼を捕らえる。
「うわっ! やめ! 離せ火津!」
「火影命令なもので」
抑揚のない声で白髪の青年はそう言って、あっさりとシカマルを確保し、火影室へ放りこむ。パタンと扉が閉まる音に、シカマルは絶望的な気持ちに陥った。彼の目の前には、先程見たのとほとんど変わらぬ光景があった。違うのは、白髪の青年がシカマルの後ろに居ることと、火影が壊れた机の後ろで椅子に座っていること。一番の違いは充満していた殺気がないことなのだが。
火津の表情は窺えないが、火影の表情は見た限りいつもどおりだった。ただ、空気が冷たいのは気のせいか。そもそも何故に机が真っ二つなのか。書類は真っ二つにしたときに吹き飛んだものなのか。いろいろシカマルの頭を過ぎる。
「な、奈良シカマル参りましたっ!!」
やけくそで宣言すると、火影は重々しく頷いた。火影はしばし瞳をさ迷わせて、意を決したかのようにシカマルを見上げた。
普段ない火影の動作に、シカマルはこれから先一生味わうことはないであろうと思われるほどの緊張をしていた。
「聞きたい、事がある」
「はいっ! 何でしょうか!」
火影は大きく息を吸ったようだった。おかしい。おかしい。こんな火影はここしばらく見たことがない。シカマルの不安を更に駆り立てるように、火影は瞳を閉じた。一刻も早くこの空間から開放されたいシカマルとしてはとにかく早くして欲しい。
「……奈良、シカマル。砂の風影長子、テマリ姫と付き合っているというのは本当か」
火影の言葉は、あまりにもシカマルの意表をつくもので。あまりにも現実離れしているように思えたので、シカマルはただ立ちすくんだ。それが火影にどう見えたのかなど分かるはずもない。
「……下がっていい」
「はっ?」
「下がれ」
後ろで扉が開く音がした。シカマルは唖然としたまま、火影室を出て、ようやく火影の言葉の意味が頭を回り始める。
「いやっ! ちがっっ!! っつか何すかその質問!!!!!」
慌てて閉まった扉の向こうに叫ぶと同時、中で、破裂音がした。
「っっ!?」
ドンだかバンだか知ったことではないが、ひどく重くて明らかに何か壊しているだろう音が鳴り響き、それで火影室の結界が機能していないことを知る。知ったところでどうなることでもないのだが。
とりあえず、反論の余地は残されていないのだと、シカマルは知った。
2007年3月4日