『確証のない全て』
「…俺は、どうすればいいのかな」
小さな声を耳にして、火影は顔を上げる。筆を一度置いて、後ろにいる白髪の青年を振り返った。窓の外、夕暮れに染まる木の葉を背景にして、俯いた青年の白髪が赤く染まる。滅多に自分に弱みを見せようとはしない青年の、弱弱しい姿に火影は思わず腰を浮かした。カタリ、と椅子が鳴って、ただそれだけの音がやけに大きく響く。
「火津?」
「怖いんだ」
「…何、が?」
「全てが」
何もかもが怖いと、白髪の青年は言う。彼がそのように言う理由を、火影は大体分かる。分かっていると思う。青年の自分よりも大きな手を両手で握り締めて、見上げる。火津は身長が高いから至近距離で表情を伺うのは難しい。
「………」
言葉を探して、結局何一つ見つからなかった。空白の時が続いて、火津は小さく、どうしようもなく歪んだ泣きそうな顔をして、それでも無理に笑った。
「俺は何でここにいるのかな。俺はどうすればいいのかな。何をすれば一番いいのかな。…分からないよ…ヒナタ」
「……火津。そんな顔、しないで…」
火影もまた、彼女を知る誰もが見た事がないような静かな、悲しい表情で、首を振る。
「俺は…そんなに器用じゃないよ。彼女はもう気付き始めてる。分からないけど、そんな気がするんだ。…けど、俺にはどうすればいいのか分からない。彼女にどう接すればいいのか分からない。今日だって…っっ! 何も言えなかった!」
時間はあった。けれど、目を合わせる事が出来なかった。そうすることが怖かった。
夕闇が部屋を飲み込んで、表情が分からない。火影の顔も、火津の顔も、どちらも読み取れない。
火影が彼にかけれる言葉はない。ただ握り締めた火津の手を、強く強く握り締める。
分からないのは2人とも同じ。
分からなくて、分からなくて、これでいいのか、これで本当に大丈夫なのか、一歩一歩確かめるように、少しずつ、少しずつ、ここまできた。
だから、これからもそうして進んでいく。迷ってどうすればいいのか分からなくなって、時々戻ったりもして、それでも前に進み続ける。そうしないと、自分達は動けなくなる。
「…ヒナタ。ごめん」
「なんで…謝るの?」
「俺、逃げてるだけかもしれない。あいつが死んだの…認められないのは、本当は俺なのかもしれない」
「…火津…」
どうすればいいのだろう。
どうすればこの状態から抜け出せるのだろう。
何を、したかったのだろう。
その疑問を全て内に封じ込めて、ヒナタは笑った。柔らかく、柔らかく、火津を安心させるように。
「大丈夫だよ」
「…ヒナタ?」
「一緒に居るから。ずっと、一緒だから」
それは何の確証もない言葉で、何の確証もない笑顔で、ただ、火津を安心させるだけの笑顔で、ヒナタは無性に泣きたくなった。
何を望んだの?
何が欲しかったの?
何がしたかったの?
―――もう、分からない。
2007年4月8日