『小さな問題』






 火影岩に新たな5代目火影の顔岩作りが始まった頃、シカマルは木の葉の入り口まで来ていた。門の上から火影岩を見やり、感慨深く頷く。火影岩の周りに大勢の職人が集まり、設計書を持って作業に没頭しているのが分かった。ここに至るまでにどれだけの時間がかかったことか。
 これまで落ちこぼれという演技をしていた日向ヒナタが、5代目火影となるにはかなりの時間を要した。もっとも、元々彼女は火影であったわけだが、表面上は3代目がそのまま火影であったから。

 以前、日向の長老らの一部による、3代目誘拐事件があった。それを解決した後、ヒナタは表にその実力と性格を隠さなくなった。その実力から日向家当主へ、という声もあったが、ヒナタは3代目よりじきじきに火影の座を言い渡された。
 このとき若干14歳のヒナタはそれに応え、5代目火影、となる。これが木の葉史上もっとも若い火影の誕生であった。

 そして、それを追うように砂の国で我愛羅が風影となる。こちらも若干14歳。他国に同じ年の5影の誕生により、忍でないものは納得した。あまりに若い火影に。それでも納得しない忍には遠慮なしに実力を見せつけ、ようやく彼らは"日向ヒナタ"を認め、5代目火影として認めた。

 それはひどく長い道のりであり、当時上忍であった元下忍10班のメンバーは必死で奔走したものだ。今では火影の補佐となり、特別上忍扱いではあるが、下忍時から名乗っていた暗殺戦術特殊部隊第10班"礼花"の地位もそのままだ。仕事はほぼ2倍となるが、表の立ち位置も裏の立ち位置も気に入っているので止める気はない。

 シカマルは本来の目的を思い出し、息をついた。
 目的の人物は気配を隠しておらず、すぐ近くに居るのが分かった。視線をめぐらせ、見つける。
 中忍試験で戦い、その後も幾度も合同任務を共にした相手だ。

 高い木の上にたたずむ彼女を見て、僅かに、息を呑む。

 折れそうだ、と思った。
 何故かは知らない。相手は忍としては充分に強いし、性格だって気が強いわ残酷だわで儚いイメージなんてこれっぽっちもない。

 そのはず、なのに。

 1人で木の葉を見下ろす彼女は、あまりに細く、あまりに小さく。
 まるで、消えてしまいそうだと、思った。

 その考えを振り払い、シカマルはテマリの居る木に移動する。

「テマリ」
「―――ああ。お前か」

 大きく一呼吸分置いて、テマリは振り返った。

「新火影様から伝言。"ありがとう"だと」

 テマリはシカマルの言葉に面食らったように目を瞬かせ、小さく笑った。

「そうか」
「…っつか、何のことだよ」
「…小さなことさ。本当に、な」

目線を木の葉に戻し、静かに微笑む姿は、いつもの大雑把で乱暴なイメージとは結びつかない。眉を潜め、同じようにして木の葉を見下ろす。

「何が、見えるよ」
「…ああ。木の葉が」
「何もおもしれーもんなんてないだろ?」

 そんなに悲しそうで、切なそうで、それでいて愛しそうな、複雑な目で見るものなんて、どこにもない。

「…そうだな」

 テマリはそう言って、けれど木の葉を見るのを止めない。一向にこちらに戻る事のない視線に焦れて、その腕を掴む。驚いたようにシカマルを見上げたその視線に、ほんの少し、心拍数が上がる。それを誤魔化すようにして、強い口調で言った。

「何も、ないんだろ?」
「…………ああ、そうだな…」

 何もない、なんて顔をしていないのに、テマリはそう言って笑う。それに、どうしてか、腹が立つ。
 シカマルの心情など知らず、テマリはもう一度木の葉を見て、首を振った。

「入りたい、のに、入れないんだ」
「はぁ?」
「…木の葉に入ると、ひどく懐かしくて、嬉しくて、それなのに…………気持ち、悪い。…怖くて、怖くて、一人だと動けなくなるんだ」

 身体が震えて、気持ち悪くて吐きそうになって。何が怖いのかなんて分からなくて、それなのに、足がすくんで、動けなくなる。意味もなく泣きたくなる。

「…んだよそれ」
「なんで、だろうな」

 ひどく不思議そうに、首を傾げるその様は、あまりにも小さく見えた。

「テマリ」

 呼ぶと同時、彼女の手を掴んで、木を飛び降りる。突然のことにバランスを崩したテマリだが、危なげなく着地する。どれだけ呆けてはいても、彼女は忍で、しかも上忍だ。

「危ないことをするな」
「お前なら問題ねーし」

 小さく笑って、手を掴んだまま門の方へ歩く。

「奈良シカマル?」
「フルネームで呼ぶな。一人でなければいいんだろ? どーせ俺の任務はあんたの出迎えだからな」
「そういう問題じゃ…」
「そういう問題なんだよ。俺にとっては」

 どうして、なんてシカマルに解決は出来ない。どれだけ頭が良かろうと、テマリのプライバシーに土足で上がりこんで、解決策を導くことなんで出来ないし、彼女だって十分頭はいい。彼女に出来ないことを他者が出来るはずがない。
 だから彼女が一人で出来ないというのなら、それを横から手伝うだけでいいと、シカマルは思う。横から挟んだ言葉で彼女を癒すことなんて出来ないから。

「……お前は、変なヤツだな…」
「はぁ?」
「ところで女性をエスコートするにあたっては、当然食事は奢りだろうな?」
「はぁっ!? ちょ、何だそりゃ! っつーかお前何しに木の葉に来たんだよ!」
「火影の就任祝いだ。風影からの封書つきでな」
「んじゃとっとと火影んとこだろ!?」
「当然その後の話を今はしているのだが」
「あー聞こえねー」

 木の葉を少し歩くと、テマリが繋いでいた手を離した。問うように目線を向けると、テマリは小さく笑って頷く。

「お前が居るから、大丈夫そうだ」
「………そか」

 なんだか妙に照れくさい言葉に、シカマルは頭をかいた。
 テマリの顔に影はなく、全くいつもどおりに見えたから、安心して笑った。
 多分、心理的なものなのだろう。何かが木の葉にあって、それがテマリの感情に影を落とす。それだけのものだと、シカマルは思った。その何かが分かれば苦労はしないのだが、知る方法もない。テマリ自身が分からないなら避けようもない。
 だから、木の葉にテマリが居る間だけは、必ず共に居ることを決める。彼女のあの、今にも消えてしまいそうな、儚い空気は嫌いだから。あんな、泣きそうな顔は2度と見たくないから。

「んじゃ、行くか」
「ああ」

 2人の後姿は、すぐに木の葉の雑踏に紛れた。
 若干14歳の5代目火影の顔岩が、少しずつ、少しずつ、作られていた。

 幼い火影が歴代最強と呼ばれるようになるのは、もう少し先のことだった。
2007年1月14日
 幼くて、それも今まで落ちこぼれと蔑まれていた弱い忍が、火影になるにはかなり周囲が煩いと思われます。上忍すっ飛ばして火影ですから。でも忍社会は実力主義でしょうから。実力見せれば問題なし。
 まぁ、それでも14歳は若すぎだと私は思うんですけどね。
 最初17・8くらいで火影になる予定だったんですよ。したら第2部で我愛羅が14歳で風影になっちゃったから、馬鹿ーーーーっっ!!!って感じで設定変えて…。うーん…って感じです。

 ええと、一応今の設定ではヒナタが火影になったのが14、礼花と戯れている系のちゃんと火影しているあたりは18歳です。これ以上変化はしないと思う。色々昔のヤツ矛盾してるから書き直さないと。